第21話 ポックリンさんと
元寄宿舎現倉庫である今日の寝床に一旦戻り、買ったばかりの服に着替える事にした。
「ごわついた感触が多少くすぐったいけど意外と着心地は悪くないな。柔軟剤を使って洗えばもっと良くなるかな?」
シャツは袖を通してみると中々の着心地だったのだがズボンの肌触りはあまり良くなかった。インナーパンツを買っておいた方がいいかもしれない。
「膝と又が擦れそうだ・・・・・・う~ん、これはまるでコスプレだな」
着替え終わってスマホで自分を映してみたら違和感が半端無い。思わず苦笑いをしてしまった。
それから再び外に出た。流石にもう腹が限界だ。
「さて飯だけど・・・・・・・そもそも宿屋も無いのに飯屋なんてあるのか?」
ぶらぶらと村内を歩く。目的は飲食店探しだ。
さっきの店にリンゴ以外の食べ物が売っていればよかったんだが、あったのはフルーツの類くらい。日持ちの関係だろう。
「ん、あんたさっきの男か?」
ボケーっとしながら歩いていると、後ろから声を掛けられたので振り返ると、門の所にいたお爺さんがいた。えっとポックリさんだったかな。爺さんのこの名前は色々と危険な気がする。流石にティルルさんに怒られたためか普通の木の杖を突いている。
「あぁ、先程はどうも」
ぺこりとお辞儀。
「ハルさん、だったか。あれだの、何と言うか、普通になったの」
何とも語弊のある言い方だ。
「えぇ行商の方がいたので服を売っていただきました」
「おぉそう言えば来ておったの。ノーティリカ公国から来た商人さんだったのぉ・・・・・」
買った服を摘まみそれを行商人から買ったと伝えると、ポックリンさんなるほどと頷き少し困った様に白い眉を垂れ下げた。
「ところでポックリンさん、ここで食事ができる場所とかって無いですか?」
「ん?あるぞ。儂もこれから食べに行くところだったから一緒にいくかの?」
「あるんですか!? それなら一緒させてもらってもいいですか」
「店、という訳では無いがの。独り身の者の為に作って食べさせてくれるところがあるのだよ」
「それは私が行っても大丈夫なんですか?」
「問題無い。どれ行くぞ」
こいこいと手招きしてポックリンさんに従い後に続く。
ほどなくしてついたのが、
「ここって、村長の家、ですよね」
ティルルさんと来た村長の家の前。でも、さっき来たときには聞こえなかった賑やかな話し声が中から聞えてきてくる。
「おぉ、そうだの。村長の奥さんが料理を作ってくれとるんじゃ」
「なるほど」
「お邪魔するぞい」
「・・・・失礼します」
扉を開けて中に入ってみると開けたスペースにテーブルがいくつか並んでいて、何人かの村人たちが食事やお酒らしきものを飲んでいた。夜奥見るとその中には先程の行商人の姿もあった。
「お酒も置いてあるんですね」
「鋭気と活力。それが無いと開拓なんて出来やせんよ。体力だけあっても気持ちがなえてしまったら終わりだからの。食料の仕入れの時には酒も欠かさず入れてもらう、それがわし達がここへ来るとき領主様と交わした約束の一つでもあるのだよ。ほれ、こっちの席が空いておる」
席に着くと女性が一人やってくる。
「おやポックリンさん、そちらさんは見ない顔だねぇ。知り合いかい?」
恰幅が良く豪快そうな女性だ。
「ほれ、今日ティルルちゃんが連れてきた旅人だよ。村長の所に行くって言っておったから、話きいておらんか?」
「あぁ、今日納屋に泊まる人かい。冒険者ってティルルが言っていたねぇ」
「はい、ハルって言います。今日はお世話になります」
「おや、随分と丁寧な言葉遣いをする冒険者だね」
どうやらこの女性が村長さんの奥さんのようだ。肝っ玉母ちゃんみたいな印象を受ける。きっと面倒見がいいんだろう。
ポックリンさんと村長婦人が一頻り喋った所で注文をする。料理は選べないらしくその日の決まったものが出てくるとのことだった。追加で頼めるのがお酒、エールらしく俺はポックリンさんと2人分エールを注文。
村民は食事は無料でお酒が有料なのだとか。連れてきてもらった礼だとポックリンさんの分も俺が支払いをした。
料理が8ゴルでエール1杯6ゴル。値段は日本と同じ感覚だな。
「はいよエール2つお待ち」
「おぉ待ってました」
ポックリンさんは酒好きなのか村長婦人が持ってきたジョッキを嬉しそうに受け取るとそのまま口を付けた。
乾杯とかはないらしい。
俺も早速飲んでみる・・・・・・・・・・・・まずい。
うえ、何だこれは。
ビールよりも酸味が強くてお酢を入れたような味。炭酸も無く温度も常温。度数はあまり強くはなさそうだけどこの味と温さで酔いそうだ。
「なんだ?ハルさんは酒が苦手かの?」
顔に出ていたのだろうかポックリンさんに笑われてしまった。
「いえ、お酒はそれなりに好きなのですが・・・・・エールって冷やさないんですか?」
せめて冷たければ飲めなくも無いのだけど。やっぱりお酒は冷たい方がおいしい。ウイスキーとか冷やさないでもおいしいのもあるが、俺は断然冷やして飲む派だ。ビルなんかは味を楽しむというよりは、キンキンに冷えたビールを一口入れたときのあの喉越しに至福を感じるタイプだ。
独特の酸味に口をとがらせ馴染めない飲み物を無理やり喉へと押しやっていると、ポックリンさんは明らかな狼狽えをみせ手にしたコップをしずかにテーブルへと置いた。
「ハルさん・・・・・も、もしかして貴族様なんじゃろうかぁ?」
「・・・・え? 違いますけど」
髭に見事な泡を付け声を震わせるポックリンさんの顔色は、酒を飲んでいるにも関わらず蒼くなっていた。
どうしてそんな事を訊いてきたのだろうかと首を傾げ否定すると、ポックリンさんはアルコールと酸味の混ざった息を重々しく吐き出した。
「物を冷やす魔道具など貴族様くらいしか使わんからな。王都や大きな街の食堂とかならいざ知らず、こんな開拓村程度にはまず無い物なんじゃよ。それを当たり前の様にハルさんが言うもんじゃから、わしはてっきり・・・・・」
あぁ成程、それで俺が良い所出の坊ちゃん、つまりは貴族じゃないかとポックリンさんは思った訳だな。まぁ領主が居るくらいだから貴族はいるだろうと思ったけど。
それよりも物を冷やす魔道具、か。てことは魔法はあるってことだよな。
くぅ、夢が広がるぞ。
あ、あと次来るときは冷やしたビールをアイテムボックスに入れておこう。こっちのエールはとても日本人の俺に飲めたものじゃないわ。
「すみません。単純に冷やしたら美味しいかなと思って訊いただけです。私も冷やしたのを呑んだことが有る訳では無いですよ」
取って付けたような言い訳を返し誤魔化しておく。ポックリンさんは素直に「そうか」と納得してくれた。やっぱりこの村の人たちは皆人が良いらしい。
「はいおまちどうさん」
そこにタイミング良く、威勢の良い村長婦人の掛け声とともに食事がテーブルに並べられた。
出てきた料理はとても質素なもので、パン3切れとスープだけ。パンは良く聞く黒パンって奴だろう。あまり綺麗に小麦粉を製粉していない雑穀交じりのパン。見るからに堅そうだ。
スープは大きくカットされた野菜がどっさりと入っていて、何だか良く分からない肉が沈んでいる。
「今日はカジャラが兎を狩ってきたから、兎のスープだね」
「ほぉそうかい。兎とは、彼女も狩りが上手くなったもんだね」
脇で喋っている内容を耳にしながら俺はスプーンでスープをすくう。
初の異世界料理・・・・・いただきます!
一口スープを口に含むとじんわりと柔らかなうまみが広がっていく。野菜のうまみが確りとしみ出したあっさり塩味のスープは、空っぽの胃袋を優しく満たしていく。兎の肉とやらも思ったような臭みも無く、じっくり煮込んであるのかとても柔らかい。
美味い。
パンを手に取ってみると改めてその堅さを実感する。とてもそのまま食べれるとは思えない程の強度を誇っていそうだ。
ポックリンさんを見てみればパンをスープに浸して柔らかくしてから食べていた。俺もそれに習って食べてみる。
ふやけたパンにスープの味がしみ込んでこれも中々どうして。
余計な調味料を使っていない正にオーガニックな料理。エールは酷かったが料理は意外と俺の舌にあうかもしれない。
「うん、おいしい」
自然と笑みもこぼれてくるというものだ。
「あはははは、そう言ってもらえるとうれしいね」
俺の言葉に豪快な笑い声をあげて村長婦人が喜んだ。
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