第7話 ゴブリンとの闘い

 再び舞い戻った異世界は恐らく俺がログアウトした場所からのスタートなんだと思う。そもそも殆ど動いてなかったから最初と今と違いが余り分からなかったりする。


 今回はちゃんと装備がある。アイテムボックスに入っていたナイフと籠手を確りと装備している。


「流石にこれならもう少し楽に倒せるよな」


 ナイフを見つめながら呟く俺は、あっちの世界なら確実に逮捕もんだろうな。

 このナイフ、アーミーナイフとかと違って意外と刃がデカい。枝切鉈の方が近い形してるんじゃないだろうか。だがリーチが長いのは非常に助かるのだけど、果たして俺はこいつを上手く扱えるのだろうか。


 近くの木の枝を相手に試し切りをしてみるか。


 俺の腕くらいの太さの枝に片手で振りかぶってナイフを叩きつけてみた。


 ゴリ!


 刃物で切ったとは思えない音をあたりに響かせ、腕を押さえながらしゃがみ込む俺。ジンジンと痺れる手を押さえて悶絶していた。


 堅い、無理。


 枝の3分の1くらいまで刃がめり込んだ状態で枝に刺さったままのナイフを、グリグリと動かして何とか引き抜く。


 やっぱり俺にチートは無かったらしい。


 これでモンスター相手とかって大丈夫だろうかと、一抹の不安はあるものの冒険とはそういうものだと割り切って、枝での試し切りは諦め、俺は未だLv1なのだから仕方が無いと自分に言い訳の様に言い聞かせ、新たなモンスター探索をすることにする。


「いったいこの森はどこまで続いているんだろうか?」


 大木を超えて巨木のような木々が生い茂った森は、見える範囲に出口らしきものは無さそうだった。


 マップ機能には縮尺変更があるのだけど、自分の軌跡しか表示できない仕様なので初めての場所ではあまり意味をなさない。


 あれ、でもな、と一つマップ機能の事で思い出した。


「そう言えばマップってダンジョンマップと世界マップの二種類あったはずだな」


 その違いはいたって単純だ。ダンジョンマップは今映っているマップがそうなのだが、ダンジョンや町など一定の範囲のみを映し出したマップで所謂詳細マップ、世界マップは国の所謂世界地図や日本地図に近いものだ。世界マップの方は行った事ある無い関係なく全地域を表示するが、細かい道などは表示できない。その代わり街の場所とか山や川がどこにあるかなどの大まかな方角などは分かる。当然国名やダンジョン名、街の名前などを表示する。


 俺は物は試しとマップを切り替えてみた。


「・・・・お!出た」


 ちゃんと世界マップが存在していた。しかも表示の条件なども同じようになっている。


 この世界をマップで見てみた。大陸は大きく二つに分かれているようだ。便利な事に国境まで描かれている。まるっとゲームそのものだわ、これ。


 だが確実に作っているゲームとは異なることもあった。


「地形も国の名前も全く違うんだな。となると、俺はゲームの世界に紛れ込んだ訳では無いのか」


 まぁ神さんの口ぶりからそうだろうとは考えていたのだが、マップを見て改めて確信に至った。


「ここの森って【ヴィラヴィブの大森林】っていうのか。このマップだと広さが全然分かんないな。えっと、一番近い街は・・・・こっちか」


 取り合えず目的も無く進んでも仕方が無いので、街がある方角を目指しながらスライム狩りをしていこう。


 しばらく進むと草の陰からスライムが現れた。今度は2匹いる。


 スライムがどんなものかは前回の戦いで分かっているので、俺は躊躇なくスライムに突進し、新装備のナイフを突き立てた。


 一発では死ななかった。


 すかさずナイフを抜いて横薙ぎに切り払う。まだ駄目だ。

 縦に横に、更には突いて。棒きれで戦った時よりも体がスムーズに動いてくれている気がする。武器の違いの所為だろうか?

 あ、違う。【剣術Lv1】このスキルのおかげか。


 5回目のナイフでの突き刺しでスライムがやっとしぼみ倒すとが出来たようだ。だけどまだ休むことは出来ない、何しろもう一匹スライムがいるのだから。


 俺は同じようにナイフを振り回し2匹目のスライムへ攻撃を加えていく。だが今度は突き刺すだけを繰り返してみた。結果は同じ五回目で倒したようだ。


「これは急所とかなくてある程度与えるダメージが決まっているのか?あぁいや、スライムだからかもしんないな」


 ま、事例が少ないから判断は無理だな。この辺は追々分かってくるだろう。


 因みに作っているMMOだと敵のHPとかが分かるのだが、ここでは表示されなかった。


 それはさておき、流石に武器があると楽でいい。


 気を良くした俺は更に進んでいく。何処まで進んでも景色は変わらず大きい木の幹が並んだだけの世界が続いている。もしマップが無ければこんな森から出られる自信がないなと思う。システム様様だ。


 数分進んだところで草叢がガサガサと揺れた。またスライムかなと近づいて行った俺は迂闊だったとしか言いようがない。

 徒然草むらから跳び出してきた何かにぶつかり突き飛ばされ、尻餅を付いてしまった。


「うっ、く!」


 尾骶骨から伝わる鈍痛と衝撃で一瞬息を詰まらせながら、何事かとぶつかったものへと目を向ける。


「・・・・・うへ?」


 それを見た瞬間、俺は珍妙な声を上げて驚いていた。


「ギャッ、ギャギャ」


 俺の前にいたのもの。

 醜く歪んだ顔からは牙が見える。身長は子供くらい大きさくらいしかなく、手足が細く胸は肋骨が露わになるほど痩せこけているのに腹だけは大きく膨れている。体全体が紫に近い緑色をしていた。


 それは妖怪の餓鬼を思いださせる生き物だった。


「・・・・ゴブ、リン!?」


 そしてその正体と思しき名を俺は口にしていた。


 醜悪な顔の化け物が喜びの表現なのか、ギャッギャ騒ぎながら奇妙な踊りを踊っていた。

 きっと俺を弱っちい獲物とでも思っているのか、ゴブリンと思わしき化け物は倒れている俺に対して追撃をしてこなかった。

 俺はその隙に後ずさりながら刺激しないよう立ち上がった。



 あ、あっぶねぇぇぇ!!



 物凄く油断していた。スライムたちが愚鈍だったから警戒をしていなかった。


 忘れちゃいけない。ここは普通に死ぬ世界だということを。ちょっと異世界に浮かれていて危機感が薄れていた。クソ!


 立ち上がった俺はナイフを正面に構る。


 心臓が壊れるんじゃないかと言う程弾けている。強烈な脈打ちが眉間から伝わってくる。お尻の痛さが俺に現実味を与えてくる。これはゲームじゃないのだと。


 怪我をしたら物凄く痛い。そして下手をしたら死んでしまう。


 ここはモンスターが居てそれらが直ぐ身近にある世界。




 何て恐ろしい。




 ・・・・・・・・・だけどどうしてこんなにも俺はワクワクしているのだ?!




 多分俺は笑っている。


 こんな化け物を見て尻が痛いのに笑っている。



 いや、正直に言おう。



 俺はこの状況を楽しんでいる。



「ギヤァ!!」


 ゴブリンが俺に向かってきた。弾むように左右に揺れて。


 真直ぐ正面から飛び掛かってきたゴブリンを避けようとしたら脚が縺れてしまった。運動不足のたまものだ。

 しまったと咄嗟に腕をクロスして正面からゴブリンの腕を受け止めた。うまく手甲部分に当たったためゴブリンの爪を弾くことが出来た。


 良し!


 だがそう思ったのも束の間、俺の肩を焼けるような痛みが襲う。


 ゴブリンのもう一方の手が俺の肩を掴み爪が食い込んでいた。


「ウッ・・・・・グ」


 苦痛の声が口から漏れ出す。


 ゴブリンは更に俺によじ登ってくると、噛みつこうと黄ばんだ牙を剥き出しにする。


「・・・・っ」


 ゴブリンの頭を片手で必死に押し戻す。だらだらと流れてくるゴブリンの唾液の生暖かさがものすごく臭く不快だ。


「こんの、調子に乗るな!!」


 ゴブリンの頭を押さえつつ手にしていたナイフをゴブリンの脇腹に躊躇いも無く突き刺す。するとゴブリンは地面に落ち悲鳴をあげのたうちまわる。


 すかさずゴブリンの背中に足を乗せて押さえ込む。

 渾身の力で心臓が有ると思わしき場所にナイフを突き立てた。


 肉と切断する嫌な感触に眉目を歪ませるが力を抜くことはしなかった。


 バタバタと暴れるゴブリン。ナイフの柄の部分を両手で押さえつける。

 それは数秒の事なのか数分だったのか、短くも長い時間格闘しているとゴブリンは動かなくなっていた。


 ゴブリンの体が粒子となって消えていく。



テケテケテッテッテー♪



 なんだか馴染みのある電子音が頭の中に響いてきた。


 そしてまたしても視界にメッセージが浮流れていく。




 レベルが上がりました


 HPが40UPしました


 MPが20UPしました


 筋力が5UPしました


 精神が2UPしました


 耐久が5UPしました


 素早さが3UPしました


 賢さが2UPしました


 体力が5UPしました


 運が1UPしました


 スキル【格闘術】を覚えました



「・・・・・・レベル、アップ?!」


 熱くなった俺の頭に怒涛の如く流れてくる幾つもの情報。荒い息と激しい動悸が修まらない中、奇妙なこだわりを感じる電子音を合図に力が抜けていき、その場にペタリと座り込んでしまった。


「はっ、はつ・・・・・と、取り敢えず勝った・・・・・・・・ふふふふ、やってやったぞ」


 多分生き者らしい生き物を殺した反動というか高揚感だろうか。俺は自分でも良く分からない感情に笑い声をあげていた。


「あぁ、不思議と忌避感は無いもんだな」


 それが見た目の醜い化け物だったからだろうか。人型の生物を殺したというのにさほど思うところも無かった。


「・・・・・いや、死体が残らないからか」


 ゴブリンが倒れた場所を見ても草がつぶれているだけでそこには何も残っていない。ゴブリンの死体も血の一滴さえも。


 倒したモンスターは光となって消えて素材だけがアイテムボックスに残るだけ。


 ゲームじゃなくこれは現実なのだと思った矢先にやはりゲームと感じてしまう。なるほどこれが平然としていられる理由なんだろうな、と一人納得した。


 さて、それよりだ。

 どうやらレベルが上がったようだ。ついでに格闘術?一体これはいつ経験したのだろうか。もしかしてゴブリンとの取っ組み合い?それであれば随分と緩い解放条件の様な気がするが覚えたのはラッキーだった。


 それにしてもやられた肩が痛・・・・・・・・・・・くないな?


 あれ、と俺はゴブリンの爪が食い込んだ肩を見た。服は破れているが傷は無かった。

 もしかしてと目に映る情報を見てみると、俺のHPが140/140になっていた。つまりは完全回復しているということだ。


「もしかしてレベルアップと同時に全回復ですか!」


 しかもHPの最大値が40も上がっている。


「・・・・・心なしか力もみなぎる様な」


 俺はスタータス画面を呼び出してみると軒並み能力の数値が上がっていた。さっきのメッセージは突然だったので見れていなかったが、こうしてみると嬉しさが込み上げてくる。


 軽く拳を振りぬいてみた。真面に菅家すらした事の無い俺の拳から、ぼひゅっと切れのある風切り音がした。


「・・・・・・マジか」


 まるで自分でないような身のこなしが然も当たり前にこなせている。


「レベルアップ、超すげぇ」


 口角が持ち上がる。


 素晴らしい・・・・・・・素晴らしいぞ。


 俺は立ち上がり森を駈け出した。


 次なる獲物を求めて走り出した。




 その日、俺はスライム8体にゴブリンを12体倒した。


 頑張った俺のステータスはこうなっていた。



名前:結城晴斗


職業:システムエンジニア


Lv:4


HP:280/280


MP:190/190


筋力:25


精神:16


耐久:23


素早さ:20


賢さ:16


体力:24


運:13



スキル


【システムメニュー】【剣術Lv1】【格闘術Lv1 New】


加護


【女神の加護】【出会いの輪廻】【異界の転移】




 ログアウト前に同じような太さの木の枝を試しに切ってみた。


 すっぱりと抵抗なく切れた。

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