第65話 名前呼びは無理です

「そうだ、君。普段の話し方、そんなんではないんでしょう。いいよ、気にしないから普通にしゃべってくれて」


 自分の行いに反省し、それならばと少し砕けて接してみようかと自分なりの友好を示してみる。


「いえいえ、私はこれが普通ですよ」

「そうかな? さっきは自分の事”ウチ”って呼んでたでしょ? 言葉も少し砕けていたし、まぁ無理には強要はしないけど」

「え、そうでした・・・・・・・・う~ん、はい分かりました。じゃあ遠慮無くそうさせてもらうとして、それだったら結城さんものこと”君”じゃ無くて”那月”って呼んで欲しいです」


 ちょっとキモかったかもと言った後すぐに後悔したのだが、彼女は特に気にした様子は無く、それどころかすんなりと受け入れてくれた。

 だがそのお返しとばかりにされてきた要求は、俺には非常に難易度の高いものだった。


「そ、それは無理かも」


 な、名前呼び、だと。しかも美少女で女子高生に!?

 そんなのできるはずもないと顔と引きつらせる。


 会って3回目の女性に、しかも女子高生相手に名前呼びをするなど、俺みたいなアラサーがやってしまったら社会的に葬られてしまう。


「むぅ、まぁいいです。普通に接してくれるようになっただけで我慢します」


 俺が即座に断ると、彼女は不満そうに頬を膨らませた。


 な、何だこの生き物は・・・・・・超かわいいんですけど!

 不審者スタイルとのギャップがまた企画もののAVみたいで・・・・うほん、ごほん!


「そ、そうしてもらえると助かるよ」


 危ない連想をしそうになったのを慌てて追い払い、にやけそうになった顔を引き締め平静を装う。


 しかし彼女はすんなり名前呼びを諦めてくれたのだが、これはからかわれているんだろうか。

 綺麗な顔つきとか近寄り難い感じなんだが、どうもこうして喋っているとそうでも無いような気がする。

 何とも距離感の難しい子だ。

 そう言えば警察であった時も妙に人懐っこくて押しが強いなとは思ったが、今の女子高生はみんなこんな感じなんだろうか?


 くっ! とうとう俺もジェネレーションギャップ感じる年になったと言う事か。


 若い子の心情が全く分からず、俺の過ぎ去った時間の長さを痛感させられ打ちひしがれると言う事はあったものの、それからは開き直った俺は変に緊張することは無く、二人でお互いの事を語り合った。


 彼女が良く聴く音楽の話をすれば俺が十代のころ聴いていたのは何かだとか、最近はまっているお菓子があるだとか、本当に何気ない会話だ。


 その中で俺が仕事でゲームを作っていると伝えると彼女は意外にも興味を示した。これは全くの俺の個人的な印象であるが、彼女はそう言った事にまるで興味が無いと思っていたからだ。

 だが訊いてみると彼女はゲームをしたことは無いらしいのだが本は好きで、読んだ本の中にはライトノベルもあった。

 意外だったのが恋愛よりも所謂冒険活劇が好みらしく、主要な俺が知っているラノベを結構な数読んでいたらしい。

 俺の世代だとラノベを読む人間はオタクと呼ばれたものだが、近ごろは普通の子たちの多くが読んでいるみたいだ。


 それと彼女は帰国子女だそうだ。

 父親が日本人で母親がフィンランド人。

 彼女にミドルネームがあるのは、父親と母親で付けたい名前を互いに譲らなかったためだとか。戸籍上は便宜のため御堂林那月にしているらしい。

 日本人離れした顔をしているとは思っていたけど、やはりハーフだったようだ。


 そんなこんなで身の上や他愛も無い会話を小一時間ほどしたところで、俺は気になっていたことを訊いた。


「御堂林さんはどうして一人でこんな時間にコインランドリーに来たんだ?」


 安全な日本とは言え全く犯罪が無いわけじゃないし、彼女の見た目から一人で夜に出歩くのはかなり危険だと思う。まぁこの恰好だったら襲われるよりも襲う方に勘違いされそうだが。


「う~ん、家に居たくなかった、からですかね」


 あっけらかんと彼女は口にしたが、俺はその返答に顔の筋肉が強張った。


 あぁもしかしてこれ、訊いちゃダメな部類だったかな?


 単純に暇だったから、そんな理由であればいいのだが、その意味のまま家には居辛い何かがあったとしたら軽々しく訊ける話ではない。


 やべ、調子に乗り過ぎたかもしれない。そう反省したのだが、それを口にした当の彼女はというと、特に様子が変わった風には見えなかった。


 大した事では、無いのかな?


 何となく違和感の様なものを覚えつつも大丈夫そうなことに安堵した、その時。コインランドリーの自動ドアが開いた。


 入ってきたのは偶に見掛ける単身赴任(俺の勝手なイメージ)の五〇代位の中年男性。

 この深夜帯に洗濯しているのをよく見かけるので、あそこもきっとブラックなんだろうな、などと俺はかってに親近感を抱いていたおっさんだった。


 知っている人だったことに何となく安堵して視線を戻した俺は思わず叫びそうになって慌てて口を噤んだ。


「っ!」


 隣が完璧な変質者に戻っていたからだ。


 御堂林さんは脱いでいたはずの野球帽と眼鏡とマスクをがっちりと再装着していた。


「・・・・何、してんの?」

「・・・・あまり見られるのは良くないもので」


 マスクを通したくぐもった声。

 どうやら顔を見られたくないらしいのだが、その格好は逆に目立って注目されるのではと思わなくもない。現におっさんも驚き洗濯物を床に落とて凝視している。


「未成年者、だから?」

「・・・・・まぁ、そんな感じです。はい」


 確かに未成年者がこんな時間に居るなんて世間体が良くない・・・・・・・ん、待てよ。それって一緒にいる俺の方が世間体が良くないんじゃ?


 ピピピピピピ。


 彼女が変質者となって顔を隠してくれたことが、自分にとって都合が良かった事に何とも言えない気分になっていたら、近くの洗濯機から洗濯終了の知らせが鳴った。それとほぼ同時に奥からも同じく。


「終わったようだね」

「そうですね。今日は付き合ってもらってありがとうございました」


 おっさんが落とした洗濯物をいそいそと拾いながら御堂林さんの変質者フォームをちらちらと気にする中、俺はそそくさと洗っている者を見られない様にしながら袋に詰めていく。

 正直この服を見られるのは恥ずかしい。


 まるでコスプレイヤーだもんな。


 コインランドリーを出ると御堂林さんが出口で待っていた。

 どうやらちゃんと挨拶をしたかったみたいだ。


 「またばったり会うかもしれませんね」と言って手を振る彼女。


 俺は半分手を上げかけてあたりを見渡しその手を下ろした。


 ・・・・・流石にまずいよな。


「あのさ」


 御堂林さんに声を掛けた。


「迷惑でないのなら途中まで送っていくよ。この暗がりに女の子一人っていうのを黙ってるのもなんだし」


 大人の男として放っておくことは出来ない。


 ただ相手は綺麗な女子高生だ。俺みたいな仲がいい訳じゃない男に二人っきりで送られるのは躊躇するかもしれない。


 だから「まぁ断れるよな」そう思っていのだが。


「いいんですか!?」


 御堂林さんは嫌がるどころか気持ち声を弾ませてそれを受け入れる。


「えぇっと、家が分からない範囲までにはしておくから、その辺は心配しないで」


 まさか受けると思っていなかった俺はちょっとたじろぎ、逆に怪しく思えるような安全性を訴えてしまった。


「クスクス、そんな心配はしてないですよ。結城さんが不埒な人だったら助けたウチを邪険にしたりしなかったでしょうし」

「そのことはさっき謝っただろ」


 洗濯ものが入った布袋を後ろ手に前かがみになって悪戯っぽくしゃべる彼女。きっと恰好が普通であったならとても可愛いのであろうが、如何せん今は変質者の恰好だ。この可愛らしい声が無ければメンチきられているようにしか思えなかっただろう。


 「よろしくお願いします」と言って歩き出した彼女。

 俺は今更ながら恥ずかしくなりぶっきら棒に「おう」と答えて隣に並んで歩いた。

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