異世界ゲームは趣味である ~レベルという概念の無い世界でレベルアップするのは反則だろうか~
シシオドシ
第1章 与えられた加護と趣味
第1話 何かが部屋に現れた
「
昼食にコンビニで買ってきた納豆巻きと野菜スティックを食べていた俺に、職場の同僚が無意味な笑顔を振り撒きながらで手を振って駆け寄ってきた。
これが女ならいい。だがこいつは男だ。
駆け寄ってくる姿が何だか恋人との待ち合わせっぽく見える。実にやめて欲しい。
会社近くの緑地帯にあるベンチは思い思いに過ごすサラリーマンとOLで埋め尽くされている。今日は天気がいいから皆外で食べたい気分なのかもしれない。
俺か?
俺は違う。
社内にいたくなかっただけだ。あそこの空気は淀んでいて、ただ居るだけで寿命が吸い取られそうな気がする。
何はともあれここは意外と人が多い。変な誤解を招く様な行動は慎んで欲しいところだ。
そんな事を考えながら俺は無表情で後輩を迎え声を掛ける。
一社会人としての心得だ。慕ってくる後輩を無下にあしらったりはしない。だから思っても顔や声には出さない。
「お疲れ、デバック終わったのか?」
コンビニの袋を手に寄ってきた後輩君は、俺の隣に座ると同時にぐたーと手足を投げ出していた。
「終わると思うっすか?」
「お前の事だ、結構進んでいるんだろ?」
大体の進行状況は俺も把握はしているのだが、社交辞令の挨拶的な意味で訊いたのだが、心底疲れ切った表情を作ると後輩君が逆に訊いてきた。だが騙されてはいけない。こいつの疲れた表情はきっとふりだろう。こいつは意外とタフだ。
「そこそこっす。そこそこっすよ先輩。あれで正式稼働させるのかと思うと悲しいっす」
案の定元気いっぱい答えやがった。
しかし、こいつ何日帰ってないんだろう。よれよれの来ているシャツ一昨日も着ていたやつだな。
「そうはいってもリリース来週だぞ。2回も延期しているから流石にもう伸ばせない。何とか表面上のバグだけでも潰していって体裁を整えるしかないだろ」
「ああ、それならチーフが大体オッケーっていってたっす。半分意識飛んでたんであてにはしない方が良いすけどね。先輩の方でチェックだけはもう一回しておいた方が間違いないっす」
「それ・・・・・・そうだな。飯食ったら流してみるか」
それは俺の仕事じゃない、そう言いかけてやめておく。結局何を言ってもうちのような小さなシステム会社に分業など難しい話しだ。何事も諦めと妥協が肝心だ。俺が社会人になってそこを最初に学んだ。
ふと後輩を見る。
とても美味しそうに菓子パンを齧っている。さっきの疲れた顔なんてもうどこかに行ってしまっている。
昼飯に菓子パンか・・・・・・・・ちょっと胃がきゅってなった。
「お前、元気だな」
後輩君、名は加藤隆文と言う、現代若者にしては割と普通の名前の24歳。大学卒業してすぐにうちの会社に入ってきたのだが、この過酷な労働環境のなか2年近く働いているというのにやたらと元気だ。
俺なんて日に栄養ドリンクを4本飲まないと意識を保ってられないというのに・・・・・く、若さか、これが若さの差というやつなのか?
「・・・・・歳は取りたくないな」
「何言ってんすか。先輩だってまだ28じゃないっすか」
28・・・・・・数字的には若者とも中年とも言える微妙な年代。最近腰がやたらと痛くなってきたし、画面見てると目が霞むし、寝てると自分の鼾にびっくりして起きるし・・・・・・ふ、若者ではないな。後輩君とは4歳しか違わない筈なのだが・・・・ちょっと虚しくなってきた。
そう言えば、俺も4日くらい家に帰ってないな。体臭大丈夫だろうか?
「先輩趣味ってなんですか?」
疲れた眼差しで空を見つめる。そても青い、でも感動はしない。何故なら疲れているのと、目が弱っている所為か晴天の空は眩しすぎてまともに見てられないからだ。眩しさでくしゃみが出てしまった。ティッシュ、ティッシュ。
虚しさと侘しさに遠い目をしていた俺に唐突な質問を投げかける後輩加藤。
こいつはいつもこんな調子だ。会話の繋ぎが偶におかしい時がある。これが新人類というものなのだろうか?
んで? しゅみ? 趣味?
お前は俺とお見合いでもしたいのかよ、と心の中で突っ込みを入れつつも何故か真剣に考えてしまった。
趣味・・・・・・職場、仕事とは関係なく個人が楽しみとしている事柄。
うん、辞書にはこんな事が書いてあったような気がする。
仕事以外とな・・・・・・そいつは難儀な質問だ。俺の生活で仕事以外なんてこの5年ほど経験した事が無い。
そもそも休日がほとんどない。去年に至っては30日間休んだかどうかだ。
当然これは貴重な睡眠時間となって浪費させてもらった。じゃないと俺死ぬ。
これって労基に申告したらどうにかなるのだろうか。
「あ~、その様子じゃ何にもなさそうですね。先輩女っ気無いっすもんね」
くすくす笑い加藤がそう言ってきた。
余計なお世話だ!!
ああそうだ、何もないよ。だが、だがだ。その後の言葉は関係無くね?
有るか無いかでいったら無いけどさ、そこは暗黙の了解でそっとしておくのが大人というものだ。
「なら加藤はあるのか」
少しだけ不機嫌な声で俺が訊き返す。趣味か女か、どっちの事かは敢えて含めなかった。趣味はともかくとして女性関係は把握しておきたい。後々何が有るか分からないし、もしかしたら回りまわったお話をいただけるかもしれない。
こういった打算も大人には大事な事だ。
あ、だけどそんなには期待していない。
何しろこいつはかっこよくは無いからだ。悪くは無い、悪くは無いのだが良いか悪いかでいったら多分普通って返される所謂友達タイプだ。
俺?
俺も・・・・・普通だ、よ?
「ええ、ありますよ」
俺が自分の容姿に懐疑的な思想を抱いていると、自信満々に加藤言い放ってきた。
マジで? どっちが?
「どっちが?」
あ、心の声が前に出過ぎて口から出てしまった。
「どっち? どっちって・・・・・・ああ、そうですね。強いて言えばどっちもっす」
「なんだ、どっちもって」
「趣味と女っ気が、っす」
「え? それってキャバクラ、とか?」
ちょっとそれははまるとやばいぞ。
人事課の部長はそれにはまり過ぎて借金作った挙句離婚したらしいからな。うん、早めに足を洗った方がいいよ。
「違うっすよ。アイドルっす、アイドル」
「アイドル? あれか、会える地下アイドル、みたいな」
「そうっすね。あ、でも俺が好きなアイドルはそう簡単に会えない方っす。劇場とかに出ているのとはまた別なタイプっすよ。分かります?」
なんだその「おっさんには分かるまい」みたいな言い方は。ちょっとイラっとしてしまった。
まぁ、分からないけど。
「”りるりる”って言うんすけど、グラビアとかCMで見た事無いっすか?」
んで、なんだその幼児の飲み物みたいな名前は。
「見た事無いな」
て言うか、これを女っ気があるとは言わないと思うのだが、話し振っておいて何だが面倒くさそうなので適当に流して終わらせよう。
ああ、何か無駄に疲れたな、午後から動作確認しないとかぁ、今週は家に帰れないかもな。
と、思ったのだが家に帰ってきた。
動作確認をしたところ、これが思いのほか確りと動いていた。加藤は厳しいみたいなこと言っていたんだけど、あいつって意外と作品に厳しいのか? 特に問題になりそうなものは見つかっていない。確かに細かなバグは見つかっているが、あれくらいなら2,3日で何とかなりそうだった。
という訳で5日振りの自宅。
築年数45年になるという1Kのボロアパートだ。そのくせ家賃月7万と高いのだが、それは立地がいいので仕方が無い。
トイレはあるが風呂は無い。風呂は近くの銭湯に通っている。そもそもこの家に殆ど帰ってこないのだが。
まぁそれは良いとして緊急性が無くなったのであればと一旦帰宅した俺だが。
「特に帰ってもやる事って無いんだよな」
思えばここに帰ってくる理由って着替えくらいだろうか。それに7万か、馬鹿らしくも思えるが今更引っ越すのも面倒くさい。
「真面目に何か趣味を見つけようかな」
今日の昼話した内容を思い返し、徐にテレビの電源をいれる。別に加藤が言っていたアイドルが気になった訳では無い。”くるくる”だか”ぴるぴる”だか人を小馬鹿にしたような名前の奴など興味は無い。
久しぶりに見たテレビ番組。
「・・・・・・・・・・つまらない」
30分も見ていたら飽きてきてしまった。ただ特段やる事があった訳でも無く、こうして無駄に過ごすのもいいかなと、そのままテレビを見ていたら、いつの間にか意識を手放してしまっていた。
「・・・・・・きろ」
やけに喉が渇く。
乾燥した唇を舌でぺろりと舐める。
「・・・・きん・・・・だぞ」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。朦朧とする意識はジェル状のようにねっとりと鈍く、疲れ切った体が気怠さで鉛が詰まったかのように重たい。
起きようとする意志とは裏腹に全身が活動するのを拒否している。ただ力が入っている所為か結果ゾンビの様な呻き声が口から漏れ出す。
社畜の俺がゾンビか。間違っていないが認めたくないな。
「お・・ろ。・つまで・・・・んじゃ」
耳ら入ってくる声に懐かしさを感じる。
田舎の婆ちゃんを思い出す。
母親方の祖父母の家は東北で農家をしている。小さいときはお盆や正月になるとよく行ったものだ。その度に渋滞に巻き込まれて酷い目にも合っているけど。
元気にしているだろうか・・・・・・・・・・・・?
あれ? 何で婆ちゃんの声が聞こえるんだ? 夢? 空耳?
「起きんかえ、いつまで寝とんじゃ」
「うわ!」
はっきりと耳元で聞こえたしがれた女性の声に驚いて飛び起きると、ベッドの脇に見知らぬ婆さんが立っていた。
「・・・・・・誰?」
あれ、大家さん? 親戚? いたっけこんな婆さん。
困惑とちょっとした恐怖に顔を引き攣らせていると、見知らぬ婆さんが何故だか自慢気な表情でこちらを見ている。
「女神じゃ」
ふんすと鼻を鳴らし腰に手をあてる婆さん。
「え? 目が見えんのじゃ?」
よく聞き取れなかったので訊き返す。いや、聞こえていたのかもしれないけど脳内処理で良く分からなかったので訊き返す。
「女神じゃ」
さっきと同じことを繰り返し口にする婆さん。
そもそもこいつって不法侵入じゃないのか。
「え、手鏡じゃ」
良く分からないがちょっと腹が立ったので適当にあしらいつつスマホを手に取り電話をかける。
「1,1,0」
「行き成り警察はやめるのじゃ」
「いて!」
婆さんが俺の手からスマホを叩き落した。しかも恐ろしく速い動きで。
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