第99話 もう一つの・・・・・・ ⑥
【達郎】
真っ白な世界を落ちていく・・・・いやもしかしたら登っているのかもしれない。見渡す限り白く何もない世界は僕の方向感覚を無いものとしてしまっていた。
「う、あわああわあわ、どうなってるの、これ?」
俺はゲームをしていたはずなのだが今はこの不思議な空間を漂っていた。
それをしたのが恐らくフレンドでもあるステラさんなのだろうけど。
・・・・・・・こんなの現実にあり得ない!!
ふわりとする感覚が気持ち良さと気持ち悪さの両方を与えてくる。
これは一瞬だったのか或いは数分間にわたるものだったのか、白い世界は突如としてその終わりを迎えた。
真っ白な世界はいつの間にか暗転した闇の世界へと変わっていた。
それに合わせて鼻腔に埃と黴臭さが入り込んでくる。それは夢から現実へと引き戻された時の様に、妙な生々しさがある。
僕の部屋とは違う臭い。
背中に感じるごつごつとした感触とひんやりとした冷たさ。触れている指からそれらが石のようであることが分かる。
そして耳に入ってくる聞き覚えの無い声と言葉。
僕は英語が得意ではないが、これは明らかに英語とは違う。当然日本語でもない。
だけどその意味は何故だか理解できていた。
『これ・・・・・・・か?』
1人は低い男の声。すこしダミが入っていて耳障りが悪い。
『・・・・でしょう。もんだ・・・・・・だわ』
もう一人はそう若くは無いと感じさせる女の声。少しだけ母親に似ている気がする。
『ほう、それは・・・・・・妾が・・・・・・・・たもれよ』
そして独特の言い回しをする、妙に色気を感じさせる女の声。
どうやら僕の周りには3人いるみたいだ。
さっきまで自室でパソコンと向き合っていたのに、いったいどうなってしまったのか。
だけどこんな状況であるのに僕の心は意外と穏やかだった。
何となくだが僕に起きている状況を理解・・・・いや、期待しているからかもしれない。
ゆっくりと瞼を開けていく。
視界に色がさしていく。まぶしくは無い。どちらかと言えば薄暗い。
最初に目に飛び込んできたのはやけに高い天井だった。際立った装飾などはされていないが、どことなく高級感がある天井。その色は漆喰を塗った様に白い。
まるで世界遺産みたいだ。
僕は写真でし見た事の無い貴重な建物の事を思い浮かべながら、感嘆に浸り茫然と見上げていた。
「お目覚めかな」
「・・・・っ!!」
男の声に我に返った僕は慌てて上半身を起こした。
そして目に映った光景に息を呑む。
そこにいたのは多くの人、そして・・・・・・・
「『鎧!?』」
中世の鎧ともまた違う、独特の装飾が施された所謂フルプレートと呼ばれる代物を身に着けて屈強そうな人たちが、僕を囲むように並んでいた。
僕は恐怖とかよりも日常を大きく逸脱した光景に唖然としてしまった。
「大丈夫かね?」
「ひっ」
半開きの口で呆けていた僕に背後からかけられた声。僕は驚きの息を飲み肩を跳ねさせる。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは僕をすっぽりと覆い隠してしまうような大男。それが見下ろしていた。
ものすごい威圧感に頬が引きつり上半身を支えていた手から力が抜け落ち、肘から崩れずっこける。
「ゴライアス将軍、だめよぉ。大事なお客人には優しく接してあげないとぉ」
大男を
それは大男の横にいる女性からだった。
凡そ冗談にしか思えないような青い髪のおさげを揺らして、言葉とは裏腹に僕を見る目がどこか楽しんでいるようにも思える。
「自分は何もしていないんだがな、ブホルバ」
ゴライアスと呼ばれた赤髪の大男は方眉を持ち上げて反論するが、その声はばつが悪そうだった。
「ごめんなさいねぇ。驚いたでしょう。悪いのだけど貴方の事をおしえてくれるかなぁ。あ、もしかして言葉分からない? それだったらどうしましょうか?」
青髪の女の人、ブホルバさんがしゃがみ込んで僕の目を見ながらそう問いかけてきた。何と言うか蛇みたいな人だ。青白い肌でこけた頬に細長の目。
「『言葉は』・・・・・・・大丈夫、です」
最初だけ日本語で話しだしてしまったが、考えながらしゃべると、聞こえるのと同様に知らない筈の言葉が喋れていた。自分でやっておいてなんだけど気持ちの悪い感覚だ。
「僕は・・・・僕の名前は三嶋達郎、です」
「ミシマ・タクロー? 変わった名前ですな」
ゴライアスさんが間違った呼び方をした。
「あ、あの・・・・タクローじゃなくて・・・・達郎です」
僕は怖いので小声で訂正するがゴライアスさんには聞こえて無いかもしれない。
「して、ブホルバ。自分にはどう見ても普通の子供に見えるのだが、彼らが本当に我らが望むものなのか?」
案の定、僕の言葉を無視してゴライアスさんはブホルバさんへとその意を向けていた。
それにしても、これってやっぱり・・・・・・あれ、だよね。
「えぇ私の術式に間違いはありませんよぉ。見た目はそうかもしれないけどぉ、中身はきっとこの世界の人とは別だと思うから」
「俄かには信じられんが・・・・まぁそこは何れ判ることだろう」
ブホルバさんがにやりと笑い、普通の男性の脚くらいありそうな極太の腕を組んだ。ゴライアスさんは腰に手を当て少し目を細めていた。
僕はちょっと強めにほっぺを抓ってみる。
痛い。
じゃあこれは夢ではない。
「何をしている?」
すると僕の行動に不審げな表情でゴライアスさんが訊いてきた。
「あ、いえ、これって夢じゃないかと確かめていて・・・・・・ははは、どうやら違ったみたい、です」
いまいち分からないと首をかしげるゴライアスさんの後ろからコツコツと足音が近づいてくる。
「ブホルバよ、そ奴らが貴様の言う存在であるのは間違い無いことなのよな?」
それは目覚めた直後に聞こえてきた最後の一人の声。独特な言葉尻で妙に色気を感じさせる女の人の声。
ゴライアスさんがその人に道を譲る様に脇にそれると頭を下げていた。
「ええ、この中で彼がそうでございますよぉ、陛下」
そして現れたのは真っ赤なドレスを着た、扇子で口元を隠した女の人。
その人を見た瞬間僕は呼吸を忘れるほど見とれてしまっていた。
薄暗い中でも分かる美しいブロンドの髪は腰まで長く、露出の高目な真っ赤なドレスからは豊満な胸がはち切れそうに主張をしている。それなのに抱きしめたら折れてしまいそうなほど細い腰は、おおよそ人があらわすことが出来る限界のシルエット美を体現している。年齢は20代半ばくらいだろうか。
その体形、日本人にはまず無理だよな。
メリハリとはこう言うことを指すのだと実演された気分だ。
そして、とんでもなく美人だ。ハリウッド女優がどっきりを仕掛けてきたのかと思うくらいに。
「
しばし見惚れていたら、ドレスの女性はその整った眉を僅かに持ち上げて、子供を嗜める様な或いは揶揄う様な、そんな注意を僕にしてきた。
僕はそれに我に返ると、横たわっていた身体を起こして正座をして頭を下げていた。
「すすす、すみません」
この女性からは何だか逆らえないオーラを感じる。
「まぁ良い。それでも童はこの国の客人じゃからのぉ。そのような些事で咎めようとは思わぬ」
もうここまでくれば確定か。
そう思うと徐々にテンションが上がっていく。
僕はこの手の小説はかなり読んでいる。パターン的には良くあるタイプだ。
・・・・・ステラさんて何者だったんだ?
何にしてもこれは僕が焦がれていた展開じゃないか。
「あ、あの。これって召喚、とか言うやつですか?」
異世界召喚。
それを確かめるべく僕は訊いた。
真っ赤なドレスの女性が妖艶な笑みを浮かべてこう言った。
「ようこそマイラス帝国へ、異世界の勇者様たちよ」
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