第144話 甘さ
「うらぁぁぁ!!」
兵士が突き出す槍を半身に躱し掴み取ると槍ごと兵士を持ち上げる。槍を脇に確りと構えていた兵士は逃げる間もなく掬い上がり、まるで距離が離れた背負い投げのように反対側の兵士たちの上に叩き落した。【格闘術】スキルの無い【狩人】だがこれくらいは力技で何とかなる。
悲鳴を上げながら数人がつぶれる倒れた反対側から今度は薙ぎ払いの剣が襲い来た。
ステータスの強化は何も身体能力だけじゃない。確りと捉えた剣の動きに合わせ振り向きざまに足裏で鍔元を止めそのまま踏み落とす。その流れに乗ってバランスを崩した兵士に膝を叩き込むと兵士は白目をむいて倒れる。
面倒になりそうな魔術師を倒すために空中に跳んだ俺は敵地ど真ん中に着地した。
だがそれは決してミスった訳では無く半分は狙っての行動だ。多少無謀かもしれないが多くの兵士を薙ぎ倒していくインパクトを与えたかったのがその理由。
「ひ、怯むな!! 敵は一人、囲んでしまえ。数で叩け!!」
リーダーらしき兵士が鼓舞すると、興奮状態なのか目を血走らせた兵士数人が一斉に襲いくる。
そんな一対多の不利な状況。
ここからが俺にとっての本番だ。今後の為にも少しでも感覚をつかんでおきたい。
【狩人】の特徴は速さと身軽さ、それと遠距離攻撃にある。この密集地では身軽さは大きな武器となる。
正面から振り下ろされた剣をナイフで軽く捌き、がら空きとなった腹部に拳をめり込ませる。同時に背後から迫ってきた兵士に回し蹴りを叩き込み、そのまま宙返りしながら側面からの突き出された剣を躱す。空中で体をひねりそいつを蹴り倒す。
その動きはまるでワイヤーアクションでもしているかのよう。軽やかに立体的に相手を翻弄する動きは正に軽業師だ。
着地する俺へと四方から同時攻撃が迫る。
ここが変え時か。
体の動きを止めない様にしながらショートカットを操作する。
【狩人】→【農民】
少しぎこちない動きではあったが、なんとか流れは止めずに出来た。
【狩人】のスピードをそのままに【農民】へとジョブチェンジする事に成功した俺は、【農民】の筋力と【狩人】の素早さを合わせ一方の兵士へと体当たりした。
結果は上々だった。
素早い身のこなしに兵士は着いて来れない。低い姿勢からかましたショルダータックルにより兵士は埋め息を上げ吹き飛ぶ。
だがこれくらいであれば【狩人】でも行ける。態々【農民】にしたのは、この囲みが鬱陶しかったのでそれを崩す為だ。
俺は浮き上がった兵士の脚を空中でキャッチした。
そしてそれを【農民】のパワーで思いっきりスイング。
鎧を着た兵士をまるで棒切れでも扱っているかのように振り回した。
「ぎゃあぁぁぁ」
阿鼻叫喚の悲鳴を上げ周囲の兵士たちは一掃された。
でだしは順調だった。
しばらくジョブチェンジのタイミングを探りつつ敵の集団を駆逐していく。
意識し過ぎずメニューを動かすのはやはり慣れが必要そうだ。どうしてもどっちかを意識すればどちらかが疎かになる。それを意識し過ぎると返って動きが悪くなってしまう。今はあまり強くもない兵士を相手にしているからどうにかなっているが、これがキルラ・バーンであれば何度か斬られていただろう。
そんなジョブの切り替えに悪戦苦闘していると、兵士たちの囲みの一部が不自然にぽっかりと開き、その奥からとんでもないものが見えた。
「騎馬!?」
それは重装備したごつい馬に跨る兵士。しかもそれが三体。
馬も鎧で武装され、ゲームでいう所のパラディンランスに似た武器を構えた騎馬がこちらに突進してくる。
「この狭い場所でマジかよ!」
予想外過ぎる。まさかこんな密集地で騎馬を使ってくるとは。
思いもよらない攻撃手段に俺は驚愕に唖然としてしまったのだが、それはこの場で一番の愚行だったと思い知る。
全力疾走の馬は速い。
「っ!」
気が付けば数メートルの距離まで詰められていた。いつの間にか周りにいた兵士たちが距離を取り、巻き添えを食わないようにしている。
「大した指揮力だよ」
つい悪態を吐いた。
俺は盛大に焦っている。
三体の騎馬が綺麗に横並びで突っ込んでくる。物凄い迫力だ。
逃げる手を何か・・・・・脇は、くそがっちりと阻まれてんじゃねぇか!!
両サイドを剣を構えた兵士たちに隙間なく埋められていた。さすがにあそこに突っ込むのは無謀すぎる。ならば上か?
上に逃げればぎり越えられそうだ、が今は【農民】、この身体能力では無理だ。
ならばとジョブを変えようと思ったのだが焦って違うのを選んでしまった。
それはジョブの隣にあったスキルのショートカット。それが発動して俺の足元ががくんと下がった。
と、その時天命を得た。
これならばとそのスキルを連打した。
【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】
ティロリン♪
スキル【掘削】のレベルが上がりました。
途中スキルレベルが上がる音がしたが喜んでいる場合じゃない。一心不乱に更に連打。
【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】【掘削】
その甲斐あってすれすれ間に合った。出来上がった穴に落ちた俺の頭上を騎馬が騒音響かせ通り過ぎていく。頭上では濛々と砂ぼこりが舞っている。
今のはすげぇ危なかった。
心臓がまだバクバクしている。
「やってくれたな、畜生め!」
八つ当たり的な怒りを胸に気合を入れ直し、俺は穴から勢いよく飛び出る。
通り過ぎて行った騎馬がおり返そうとしていたので、ジョブを【狩人】に変え装備を弓に換装、すぐさま矢をつがえると三連続で打ち放つ。距離が短く的が大きいため矢は見事にそれぞれの馬の後ろ足に突き立った。
激痛に暴れ出す騎馬。
騎乗していた兵士を振り落とし暴走、兵士たちを巻き込んで大暴れする。兵士たちが騒然となり逃げ惑う。
すかさず【冒険者】へとジョブを変え今度はロングソードを装備する。
そして混乱した兵士たちをここぞとばかりに次々と薙ぎ倒していった。
荒れた戦場、その中で孤軍奮闘する俺。
ショートカットの使い方にも少し慣れてきたが、ここは一旦離脱しておかねばならないかと考えだしたあたりで、俺は不穏な動きを察知した。
マップに映る一つの赤いマーカーがステルフィアの方へと進んでいる!?
最初に落とした兵士たちは未だ動けないみたいだ。そんな中で一つだけ動くマーカー。俺は急ぎ密集地から抜け出す。
動ける相手に一つだけ心当たりがある。
もしやと思い焦り敵地を駆ける。
抜け出た俺とそいつの目が合うと、そいつは雄叫びを上げた。
「僕を馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁ!!」
それは新人であっても気を使い丁寧に接するまっすぐでイケメンながら好感が持てる剣士の激情の声。
見たことも無い程眼を血走らせてこの街で数少ない知り合いでありギルドの研修で世話になった青年が狂気に顔を歪ませている。
「僕と戦え。でなければ・・・・・・・・・・この公女を殺す!!」
だがそんなことなどどうでもいい。
その手には束ねられた銀色の髪の毛。そして無理矢理に吊り上げられた苦悶に満ちた幼さを残した少女の姿。未だ目覚めてもいないその首元に添えられた鈍銀色の刃。
“片翼の獅子”のリーダージョシュアンがステルフィアに剣を突きつけていた。
「おい・・・・何をしている」
低く平坦な声が喉から漏れ出す。自分の体が冷や水を掛けられたように強張り震える。
それは自分自身への怒りの表れ。
この事態を招いた自分の慢心への憤り。
知り合いだからと俺は何を油断していた!!
ジョシュアンが敵として対峙したにもかかわらず、勝手に彼ならばと放置してしまった。
そんな訳あるか、今のステルフィアの状況でこの国に味方などいるはずが無いというのに。
こんなものは失態でも何でもない、ただの阿呆のする事だ。
その考えなさと愚かさにどうしようもなく腹がたった。
そしてそれ以上にジョシュアンの行動と言葉に酷い嫌悪と憤怒が沸き上がってくる。
もう何度この光景を見た事か。
ステルフィアは何時だって誰かに襲われ傷ついている。
怯え、苦しみ、耐え、涙を流す。
一度もステルフィア笑っているところを俺は未だ見たことが無い。
敵対国の人間だから?
公国のお姫様だから?
類まれな美しい容姿を持っているから?
丘であった冒険者も、スラムの人攫いも、そしてここに集まる兵士どもも、誰も彼もが一人の少女に寄ってたかって襲い掛かる。
戦争だから、領主の命令だから、金になるから、と。
あぁ本当にクソったれだ。
脳が考えるよりも先に心と体が動いていた。
本能とも呼ぶべきものがそうしているのか無意識下にメニューを動かす。
奇しくもそれは俺がこの戦いで見出そうとしたものの極。
だがそれをしたという認識すら今の俺には無かった。
ジョブ【農民】
スキル【植物操作】
ジョシュアンの体全体に巻き付く草の根と茎。幾重にも重なに纏まった草は下手なロープよりも頑丈で、ジョシュアンの動きを一瞬で封じる。
ジョシュアンは何が起きたのか判らないと言った感じで眼を見開き、拘束から逃れようと身体を見悶えさせる。だがその程度で敗れるほど俺が発動させた草の拘束は脆くない。
それはまるで緑による浸食。次から次へとジョシュアンの体を緑が覆いつくしていく。
「ジョシュ!!」
誰もが唖然とする中、誰よりも大きな声を上げたのは絡まれた当の本人では無く、兵士たちの端から現れた一人の女性だった。
“片翼の獅子”の女魔術師であるクラリアンが今にも緑に飲み込まれそうになっている仲間の名を呼んだ。
息を切らしジョシュアンへと走り寄る。
きっとこの時彼女だけが次に起こることを理解していたのだろう。
息切らすその口から悲鳴を上げた。
「だめぇぇぇぇ!!」
クラリアンの叫びにジョシュアンが何かに気付き振り替える。
俺とジョシュアンの目が至近距離で合わさった。
だが今更気が付いたところで彼に何かをする間など無いし与える気もない。
俺は躊躇せず掴んだジョシュアンの腕を圧し折った。
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