第143話 馬鹿にするな!

【ジョシュアン】





「僕は・・・・・・」


 成す術も無く呆然と兵士たちが倒されていくのを見つめる。

 これは現実なのかと疑うような光景は、体の震えという事象によってまざまざと本当であると思い知らされる。

 圧倒的戦力差で有利なはずの領軍が、まるで枯れた小枝でも折られるかの様に薙ぎ倒されていく光景は災害と呼ぶに相応しい。

 圧倒的な膂力を見せつける彼はまるで鬼神の如く戦い続ける。


「それに引き換え・・・・・僕はどうして」


 遣る瀬無さと情けなさに顔が沈む。


 突きつけられた言葉と現実に呼吸すら苦しくなっていく。


  

『邪魔だ・・・・・・弱者』



 それは王国最強と謳われる騎士から僕にくだされた評価。


 まるで虫でも見るような冷たい眼が、何より躊躇うことなく僕に振り落とされた剣が、それが真意であると残酷なまでに告げている。


 分かっている、分かっているんだ。僕がどれほど大したことの無い存在であるかを。


 認めたくはないけど、その程度が今の僕だ。





 こどもの頃憧れていた。

 如何なる困難であろうと前面に立ち人々を守る誇り高き騎士に、剣一つで危険な魔物を倒していく屈強な剣士に。

 だからそんな少年がこう思うのは必然の流れだった。


 僕もそうなりたい、強くなりたい、と。



 当時の僕は自分には才能があるのだと、そう信じていた。

 年齢が二桁に達し武器を持つことが許されたその時から、僕は毎日独自で剣の練習に励んだ。どうすればもっと上手く剣を扱えるようになるかそればかりを考え、多くの事を試し、出来るまで剣を振り続けた。

 気が付けば町の同年代で僕にかうものが誰もいなくなり、剣を振り始めて2年もたつころには町の大人たちは誰も僕に敵わなくなっていた。


 だから勘違いをした、してしまった。


 僕に才能があるのだと。


 それが狭い箱庭だけの幻想であると気づかずに。



 僕は故郷を出た。

 もっと自分の力を試したいと想い、憧れだった冒険者になるために大きな街へと行くことにした。

 その時幼馴染みであるクラリアンが一緒に冒険者になりたいと付いてきた。


、一緒にいればあたしが楽に生きていけるわ』


 それがクラリアンの僕に付いてきたい理由みたいだけど、そんな自分勝手に思える理由でも僕にとってはありがたかった。


 クラリアンは故郷の街で数人しかいない魔術師の一人だ。

 魔術師が戦闘に加わるのと加わらないのとでは大きく違うと言われている。

 だからクラリアンの申し出は僕にとって渡りに船であったし、それに気心知れた相手が一緒に居てくれるのは故郷を離れる僕にとって心強くもあった。


 たどり着いたのは近隣では一番大きな街であるタルバン。僕らはそこで冒険者となるべくギルドに登録をした。これから華々しく活躍しいつか名の通った英雄たちと肩を並べるんだと、そのときは希望と期待に満ち溢れていた。


 だがそんな浮ついた希望は早い段階で摘み取られてしまった。


 初めての魔物討伐依頼、そこで僕は死にかけた。


 突然現れたホブゴブリンに自信があった剣が効かず、僕は窮地に追い詰められていた。「負ける」そう思った時救ってくれたのはクラリアンの魔法だった。


 魔法の力は凄かった。僕が考えていたよりもずっと。

 あれだけ苦戦した頑強だと思っていた魔物がクラリアンの魔法の一撃のもとに地に沈んだ。

 そして湧いてきたのは助かった安堵感では無く自分勝手な憤りだった。


 僕はクラリアンに馬鹿にされた気分になっていた。


 「ジョシュは強いから」そう言って付いてきたクラリアン、だけど僕なんかよりクラリアンの方がずっと強く有能だった。


 とんだ道化だ。


 悔しく辛く悲しく腹を立て・・・・・・そして怖くなった。

 弱い僕はクラリアンに見放されるのではないかと。見放されて一人になるのが怖かった。

 そう思っている自分に気が付いた時なおの事惨めに思えた。


 それから一心不乱に剣の鍛錬に励んだ。時には一人で魔物を狩りにも出た。何度も死にかけ自分を追い込み痛めつけ鍛え上げた。弱い自分を追い払うように。


 冒険者となって半年ほどたった頃、僕たちはギルドからアカデミーへの推薦をもらったのは。


 ギルドの目的がクラリアンであることは間違いないだろう。僕はきっとついででしかない。

 だけど、それでもアカデミーの推薦をもらえたことは純粋にうれしかった。これでもっと自分を鍛えられるそう思ったからだ。


 僕はアカデミーで更に鍛錬に励んだ。技術を教わり知識を蓄え、昼夜問わず必死に剣を振るった。

 そうしなければ何れクラリアンに置いて行かれてしまう、そんな脅迫概念があったのかもしれない。



 そんな時だった彼女と出会ったのは。



 “強い男に媚び諂う売女”、“ずる賢い女狐”


 そう言う類の陰口がアカデミー内で広まっていた。

 それは一人のアカデミー生へ対する誹謗中傷の言葉。ただ実際その彼女は強いと言われていた人間の常に近くにいたこともあり、僕もその人に対する当初の印象は悪いものだった。


 努力しない弱者だ、と。


 だがそんな印象は些細な事で一変させられた。



『あなたのその努力はきっと強さになるわ』



 その日は模擬戦に敗れた悔しさに一人宿舎裏で剣を振るっていた。

 何度繰り返してもしっくりとこない剣に苛立ちをまき散らしていた僕に突如として降り注がれた労いの言葉。

 ハッとして振り返ると、そこにいたのは件の彼女。それを知った僕は嫌悪感と警戒感から身構えたのだが、よく見ると彼女の表情からは茶化す色は見受けられず、それどころか真剣さとどこか物憂げなものを感じさせられた。


『ごめんなさい、邪魔したわ』

 

 そして彼女はばつが悪そうに微笑むと、謝罪の言葉を残しその場を去って行ってしまった。


 突然のことに僕は呆然と彼女を見送る事しか出来なかった。



 それからというもの僕はことあるごとに彼女を目で追うようになっていた。

 あの時の彼女がどうにも噂と食い違って見えて、それが気になって仕方が無かった。


 ある雨の日だ。

 強く吹き晒す雨に僕は鍛錬を諦め宿舎に戻ろうと歩いていた時、どこからともなく雨音に混ざって別な物音が聞こえてきた。

 それはちょっとした気まぐれだったのだが、僕は音がする方へと自然と足を向けていた。

 そして行き着いた場所にはあの彼女の姿があった。


 降りしきる雨の中でたった一人、駆けまわり、ナイフを振り、弓を構える。

 濡れた髪をべったりと額に張り付かせ全身を泥で汚し見えない敵と相まみえる。何時からそこでやっていたのか、彼女がいる場所だけ地面が酷くぬかるんでいる。


 見入っていた。

 彼女のその真剣な顔に、煌々とぎらつく鋭い瞳に。


 それはどう見ても男に媚を売る女がする表情では無かった。そしてその動きも。

 彼女の動きは歴戦の冒険者そのものだ。

 速く、鋭く、正確に。

 雨粒を弾き足元の水たまりに波紋を作っていく。

 それは居ない筈の敵を幻視させるくらい、真に迫り尚且つ研ぎ澄まされた身のさばき方。


 その姿に僕は感嘆せずにはいられなかった。

 そして同時にこうも思う。


 あぁやっぱり彼女は噂のような人では決してなかった、と。


 僕の木剣を握る手に自然と力が入っていた。

 凄いと心の底から思った。


 躍動する体は実に美しく、そして力強く。彼女の息遣いが、足さばきが、何もかもの一つ一つの身動きが、僕の中の情熱を熱くさせていくようだった。


 こんな動き、一朝一夕にできる事じゃない。長い時間をかけて練り上げてきたものだ。


 『あなたのその努力はきっと強さになるわ』そう僕に投げかけた励ましはきっと自分に向けての言葉でもあったのかもしれない。


 まだまだだな、僕は。


 彼女に悟られない様その場をそっと離れ、いつもの宿舎裏へとやってくると雨の中剣を振った。


 僕が強くなるために。何より彼女の言葉が偽りにならないように。



 アカデミーに入って1年がたった。

 その間はずっと剣の事だけを考えて過ごしてきた。

 そしてそれは結果として現れた。


 僕は当時のアカデミーで最強であった剣士に模擬戦で勝った。

 運が良かった、そう言える試合内容ではあったがそれでも僕は勝つことが出来た。


 それは僕にとってどうしても倒したかった相手。

 僕がしてきた努力の証明の為、僕が強くなったのだと確かめる為、そして何より彼女と一緒に居るのが気に入らなかった。


『ほら、やっぱり強くなったわ』


 唇は薄っすらと弧を描いているのに、コロコロとした少し吊り上がった瞳は全く笑っていない。僕の所に向かってくる彼女はどこか挑発的な笑みを浮かべていた。でもそんな彼女の内面を表したかのような笑みを僕はとても綺麗だと思った。


『僕の仲間にならないか』


 その彼女へと僕は手を差し出し仲間へ誘う。こうすることを以前からあの男に勝てたらと決めていた。

 僕から誘われると思っていなかったのか、僕の差し出す手をみながら彼女が驚きに目を丸くしたのが少し面白く頬が緩む。

 しばらくじっと僕の手を見ていた彼女がおどけた様に肩をすくませるとこう言った。


『貴方はもっと強くなれるのかしら?』


 何となくそう訊かれる気がしていた僕は迷わずこう返す。


『なるよ、誰にも負けないくらいに強く』


 彼女の瞳を真直ぐ見つめて。


 すると差し出していた手がひんやりとしていて少し硬い彼女の手で覆われた。


『私はミラニラ、貴方はジョシュアンでよかったのよね』


 その手を僕は「あぁ、そうだよ。よろしくミラニラ」と確りと握りしめた。


 それからミラニラは僕らと一緒に行動するようになった。それは多分僕があの男を倒したからだと思う。

 どうしてミラニラが強い人間と一緒に居ようとするのか分からないけど、それは皆が噂するような理由ではないと思う。

 だってミラニラは僕に何かを求めるような事はしないのだから。一緒に切磋琢磨し行動を共にしているだけで庇護を求める事も媚びてくることも無い。

 でも僕にとって理由などどうでもよかった。

 ミラニラと一緒に居れば僕が強くなれる、そう思えるからだ。


 クラリアンは当初の内はよくミラニラ突っかかっていた。それもミラニラと接している内に蟠りは徐々に消えていき、いつしか中の良い同性の仲間となっていた。


 そうだ強くなれば良い。そうすればミラニラもクラリアンも僕から離れる事は無い。


 僕は強くならないといけない理由が増えた。





「負けちゃダメなのに・・・・・・それなのに!」


 地面に両拳を叩きつける。


「僕は相手にすらされていない」


 勝ち負け以前に僕は彼に・・・・・ハルに敵としてすら認識されていなかった。


 戦いを挑んだはずだった。キルラ・バーンと一緒にハルを倒そうと剣を向けたはずだった。

 だがハルは僕に一切危害を加えるどころか、キルラ・バーンから襲われた時に庇われている。


 ふざけるなよ・・・・・・・ふざけるな。


 こんな惨めな事があるか。こんな悔しい事があるか。


 僕の努力も今まで剣に捧げた時間もその何もかもがハルにとっては取るに足らない事だった。

 ハルの実力は知っていた。研修の時やそれこそ模擬戦の時には身に染みて感じていた・・・・・・筈だった。


 違った。自分が愚かしいと思えるほどに違っていた。


 ハルにとっては僕との模擬戦は茶番にすらもならない遊戯だった。

 今のハルはあの時とはまるで別人だ。力も、早さも、技量も、その全てが化物じみている。


 見ろ、この震える体を。あの時・・・・オーガを象った化け物と相まみえた時と同じように怯えた自分を。


 その事が更に僕を惨めにする。身体が焦がしてしまいそうなほどの屈辱の熱が僕をあぶる。僕信も誇りも経験も努力すらも馬鹿にされていた。


「くそっ、クソ、クソぉ!!」


 地面に何度も頭を叩きつける。額が裂けて血がにじむが沸き立つ怒りで痛みも何も感じない。


「認めない、そんなこと認められない」


 僕は強くなくてはいけない。強くならなければいけない。


 そうしなければ僕は・・・・・・・・。


 そうだ僕はもう負けられない。


 負けるわけにはいかない!!


 



 例え





 その僕の視界に入る


 あぁそうだ、これを使えば・・・・・これを使えば僕はハルに勝てる。


 立ち上がりに向かう。何故だか体が異様に重く感じる。脚を引きずり一歩一歩歩み寄る。


「ジョシュ!」


 その時誰かが僕の名を誰かが呼んだ気がした。でも勝利を掴むため進む僕は止まることはしなかった。


 銀色をむんずりと掴んで持ち上げる。

 はだらりと四肢を垂らしぶらりと揺れる。


 そして剣をそれのにあてがうと、僕は力いっぱいにハルへと叫ぶ。心の内を爆発させるように。





「僕を馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁ」






 こっちを向け。僕を敵と認めろ。


 そして僕と本気で戦え!!



 ハルが僕を見た。その眼には最初驚きで満ちそれから強い怒りに変わっていった。


 そうだ、それで良い。



「僕と戦え。でなければ・・・・・・・・・・このを殺す!!」

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