第142話 戦え

11月7日

【掘削】スキルの解釈を修正しました

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 敵の数は圧倒的だ。襲い来る兵士たちは津波さながらに圧し潰さんと迫ってくる。そして狙いはすぐ後ろで未だに意識の戻していないステルフィアだ。だから下がることは許されない。この物量の波を叩きつぶし止めなければならない。


 大丈夫、冷静に対処していけば出来る。出来ると思ってやれ。これぐらい楽に対処できるようにならなければステルフィアを救うなど夢のまた夢だ。

 あの子の実状を嫌と言う程目の当たりにした。敵はあまりに大きい。生半可な力などでは直ぐに奪われてしまう。


 だから俺は強くなる!



 迫りくる敵を薙ぎ倒し、殴り、蹴り飛ばす。

 だが俺が守る範囲などたかが知れている。単純に戦っている間に数の暴力は易々と俺を越えてステルフィアを捕らえようと抜けていこうとする。


 させるかよ!


 俺は【冒険者】から【農民】へとジョブチェンジした。そして一つのスキルをショートカットから選択。



職業:農民


Lv:20

HP:3360

MP:260

筋力:252

精神:62

耐久:196

素早さ:41

賢さ:31

体力:220

運:26


スキル

【システムメニュー】【気配察知Lv1】【植物操作Lv1】【植物知識Lv2】【掘削Lv1】【整地Lv1】【手加減】



 【農民】はHPと筋力それに耐久と体力がずば抜けて高い、だがその反面素早さや賢さが低い所謂脳筋タイプと言っていい特性をしている。

 その性質は【冒険者】をゲーム上のファイターと評するならば、この【農民】は盾役のタンクと言ったところだろう。


 だが一番の特徴はその頑強さでは無いと俺は考えている。それよりもトリッキーなスキルこそがこの【農民】の最大の特徴であり強みであると。


 【農民】のスキルは攻撃には向いていないが相手の動きを阻害するにはもってこいなものばかりが揃っている。一般的なゲームのタンクとは違うが、それでもこれはこれで防御面ではかなり優秀だ。

 

 ただ今から使おうとしているスキルはまだ使った事が無い。予想は出来るがはたしてその通りに発動する川未知数だ。

 なのでまずは相手の死角になる所にスキルを使ってみることに。


 そのスキルは【掘削】。

 スキルを選んでみると何となく使い方が頭に流れてくる。


 あぁなるほど、と浮かんだそれに準じて調して発動させる。そして出来上がった

に満足の笑みがこぼれ出る。

 見た目的には何の変哲もない直径10センチ程度の穴ぼこ。深さは暗くて良く分からないが1メートルほどはあるはずだ。

 このスキル、名前の通りただ穴をあけるものだった。

 作れる大きさはレベルによって決まっていて、レベル1の今だと0.1立米ほどしか作れない。ただ広さと深さは任意で変えられるみたいだ。

 今作ったのは広さが10センチ四方で深さが1メートルだったが、これを逆に広さを1メートル四方にして深さを10センチにもできる。

 だが重要なのは深さでも大きさではない。

 俺が一番重要視しているのは・・・・・そのだ。


 以前同じ【農民】のスキルである【整地】を使った事がある。この【掘削】もその時同様のをした。


 それはどういうことか。

 このスキルは単純にスコップで穴を掘るのとは意味自体が大きく異なる。

 これを強いて言うなれば『掘る』ではなく『消える』だ。


 そう、これは


 この【掘削】と言うスキルは使用すると地面がその範囲分消失し穴が出来上がるというもの。これはかなりえげつない。もし足元で発動されればどうなるかは火を見るよりも明らかだろう。



 敵はもう目前まで迫ってきている。これだけの軍勢を正攻法で一人守るのは実質無理がある。


 だから俺はこの【農民】を選んだ。【掘削】というスキルが足止めをするのにもってこいだと考えて。



 その思惑は見事にはまった。


 迫りくる敵兵に向かってスキルショートカットの【掘削】を連打し何度も発動させた。

 出来るだけ深い、それこそ2メートルを超える穴を、その分範囲が小さいので狭い間隔で何百と作っていく。


 くらりと眩暈がした。


 見るとMPの約70%ほどが無くなってしまった。前の【整地】に比べて燃費がかなり悪いようにも思えるが、この辺は何か条件があるのだろう。

 だがその甲斐あってか劇的は結果を生み出してくれている。


「え、うわぁあ」

「ぐぇ!?」

「なんだぁぁぁ」


 激しく上がる兵士の悲鳴。


 網目状に薄くなった地面は兵士たちが上った瞬間に簡単に崩れ去り、まるでよくテレビでやるドッキリ企画のように穴の中へと落ちていった。

  たかが2メートル強程度の穴だが、不意に落ちて更にしたが硬い地面であればどうなるか。しかも兵士たちは全力で走っていたうえに重い鎧迄着込んでいる。

 その被害は甚大だ。


 虚を突かれ受け身もとれずに落ちていく兵士。それで無傷で済むはずが無い。しかも後続が押し寄せ次々と止まり切れず上に重なり落ちてくる。骨の何本かは折れているかもしれない。


 阿鼻叫喚の兵士たち。場は荒れ混乱と動揺が兵士たちに駆け巡る。それと同時に前方で詰まりステルフィアへと向かっていた兵士たちの脚は完全に止まった。


 さてこれで戦う準備が出来た。一時的な時間稼ぎにしかならないだろうがそれでもしばらくは心おきなく戦える。


「どうなってやがんだ、くそ。とにかく落ち着け、怯むな。ええい、魔法だ、魔法を放て。奴を叩け、公女を奪え!」


 部隊長らしき人物が声を張り上げ混乱した場を落ち着かせようと鼓舞する。


 俺は周囲を見渡し次の手を考える。


 魔法は厄介だ、できれば早めに潰しておきたい。だが相手の魔術師たちはゴージャスと一緒に兵士の壁の奥に守られている。


 どうにかしてあそこを・・・・こっちも魔法を放つか?


 だがその考えは直ぐに首を横に振って捨てた。

 いくら【手加減】スキルがあるとはいえこれだけの密集地、間違いが起きないとも限らない。殺してしまうのだけは何が何でも避けたい。


 ならば何が・・・・・・・突撃するか?

 いやそれは魔術師迄到達するのに時間がかかり過ぎる。

 ステルフィアからあまり目を離したくはないというのもあるが、万が一やけになって魔法でステルフィアを攻撃されてはたまらない。


 だったらどうするか、そう悩んでいるうちに一ついけそうなジョブを思いだした。


 どうして忘れていた。

 使をしなかった所為かすっかり抜け落ちていた。


 遠距離攻撃を得意としているジョブを俺は持っているじゃないか。


 妙案にすぐさま兵士たちに向かって駆けだした。向こうの魔法が撃たれる前に対処しておきたい。


 走りながらジョブをに変更した。それから持っていたロングソードはアイテムボックスにし、代わりに取り出す武器をショートカットには登録していなかったのでシステムメニューから呼び出した。


 そして現れたのは弓。これもMMORPGで初期に入手できる武器の一つでテスト動作用データで手に入れていたものだ。


 俺のアイテムボックスにはゲームデータに含まれているアイテムが現実のものとなって入っている。ここには無い架空の能力値を定めたアイテムが幾つもだ。


 このアイテムとジョブの切り替えこそが俺にしかできない戦い方だと考えている。

 そしてそれを使いこなせれば俺はもっと強くなれるはずだ。


「初心者用で威力は弱いうえに使ったこと無いけど・・・・・」


 このジョブなら使えるはず、そう信じて背中の矢筒から一本の矢を手に取った。

 原理は知っているが実際弓を引いたことなどない。だが弓を構えてみると妙にしっくりとくる。やはりスキルの恩恵は凄い。


「何でもありだな」


 口元を吊り上がらせて今更ながらチートな能力に苦笑いを浮かべながら走る・・・・・とそこでふと視界の端にジョシュアンさんの姿が映り込んだ。


 未だ呆然としたまま立ち尽くしている。

 キルラ・バーンから狙われたことが堪えているのか、あれだけ威勢の良かったジョシュアンさんは戦闘中に関わらず傍観していた。


 悪いがそのまま大人しくしていてくれよ。


 いくらこの状況下で必要だからとはいえ、世話になった人まで傷つけるのは出来れば避けたいからな。

 きっとこれ本人が聞いたら怒るだろうなと考えながら俺は彼から目を逸らした。


 今集中すべきはこの大群をどうやって叩くかだ。

 その為にまずは魔術師を確実に行動不能にする。


 俺は膝を深く沈み込ませ全身のばねをフルに使って大地を蹴った。身軽さと筋力地の高さを最大限に利用して跳躍をする。その跳躍力は凄まじく兵士たちのはるか頭上へと跳び上がった。


「馬鹿め、魔法で撃ち落としてやれ!」


 その俺に驚くよりもあざ笑う敵の指揮官。良い的だと言わんばかりに指し示す。実際空中にいる俺は魔法をあてるのには格好の餌食なのだろう。


 敵陣中央から青白い光の魔方陣が浮かび上がった。


「それはお互い様だ」


 だがそれは逆に言えば俺からも魔術師が狙えるということ。その為にこうしてわざわざ隙をさらすような高い跳躍をしているわけだし。


 魔方陣のおかげで場所も直ぐに判った。


 俺が選んだジョブは【狩人】。



職業:狩人


Lv:20

HP:2688

MP:0

筋力:126

精神:93

耐久:78

素早さ:124

賢さ:62

体力:110

運:31


スキル

【システムメニュー】【気配察知】【気配遮断Lv1】【射撃Lv1】【立体軌道】【千里眼Lv1】【手加減】



 スピード特化のステータスを持つ【狩人】は、スキルの構成からするとどちらかと言えば暗殺者を連想させる。それも遠距離攻撃を得意とするスナイパー。

 ステルフィアを助け出す際はその身軽さと足の速さだけを重視して選んだジョブだが、その本領はスキルを見る限り遠距離攻撃にあるだろう。


 つまり狙い撃てるのは相手だけではないと言う事だ。


 空中で弓に矢をつがえ弦を引き絞る。ギリギリと弓が軋みをあげてしなり飛び出すのを今か今かと矢が待ち構える。だが不安定な空中である事と俺自身が初めて弓を引いたという事実が簡単に狙いを定まらせてくれない。


「なっ! 奴が弓を、・・・・・急げ、早く魔法で奴を打ち落とせ!!」


 まごついている間にこちらの意図に気付かれてしまい指揮官が慌てだす。そして残念なことに魔法の方が早かった。


 撃ちだされる魔法。

 街を焼いたのと同じ火球がこちらへ飛んでくる。狙いも正確だ。それ故に俺からの射線上は火球が邪魔になって狙いをつける事が出来なくなった。


 ぶっつけ本番があだとなった。元々リスクは承知していたがこうも反応が鈍った事は悔やまれる。



 だが俺に焦りは一切無い。


 身動きが効かない状況で迫りくる火球。そして魔術師襲撃の失敗。

 その事態に陥っているがまだカバーは可能だ。



 【立体軌道】


 それは【狩人】が持つスキルの一つで、レベルの存在しない所謂パッシブスキルにあたるもの。

 その特性を当初パルクールの様に障害物を利用した多軸移動が容易になる、身体能力向上系の効果だと思っていた。

 実際ステルフィアが攫われてしまった時、壁を蹴りあがったり屋根を跳び渡ったりとかなり身軽に動けるようになっていた。

 だがそれは違う。

 その身のこなしはステータスの恩恵であってスキルを使用した結果ではないのだから。

 


 もう魔法は目の前まで迫って来ている。熱気で肌がじりじりと熱されている。その熱量はいくら俺でもまともに着弾すれば無傷とはいかないだろう。


 空中にいる俺は本来であればこれを躱す術はない。だからこそ指揮官は俺を良い的だと言った訳で、この集団を相手取る戦いとして俺がとった行動は相手からすれば愚策と映った事だろう。

 

 だがそれはあくまで普通であればの話しだ。

 反則紛いの俺に当て嵌まるものじゃない。


 

 俺は



 脚に掛る荷重、そして横からの強烈なGを感じながら俺の体は横へと弾けるように移動する。それはまさしく壁を蹴り跳ぶのと同じ動き。


 そして火球は目標を見失い俺の脇を通り過ぎていく。


『・・・・な!?」


 そんな驚きの声を上げた者がどれだけいた事か。

 それもそのはずだ。空中の俺があるはずが無い方向転換をしたのだから。


 そうこれこそが、この現象こそが【立体軌道】スキルの本当の能力だ。

 

 あのステルフィアを探していた時、屋根を渡り走っていた俺は踏み外し落ちそうになってそれを知った。

 あの時は時間も余裕も無かったからそれ以上は確かめる事はしなかったが、これもどうやら俺の思った通りの働きをしてくれたようだ。


「おっほ、思ったより恐ぇ」


 なれない視界のブレにちょっぴりビビるが、でも心なしか空を飛んでいる気分が味わえて楽しくもある。とはいえ純粋に楽しんではいられないがな。

 このスキル何回空中を蹴れるのか分からない。制限無しなのか規定回数しかできないのか、それとも1回だけしか使えないのか。この場で試すにはリスクが少々大きすぎるので極力はしたくない。


 だからこれで魔術師を仕留める。


 弦を引く力を更に強める。限界まで張った弓で魔術師に狙いを付けた。


「ひぃ!」


 魔術師の近くにいた目立つ派手な衣装のゴージャスが、俺を見て引きつった悲鳴を上げる。

 ゴージャスは敵兵の頭ではあるが今は狙わない。奴にはここで起こったことを最後まで見届けて貰わなければならない。


 魔術師迄距離にして14,5メートルと言ったところか。魔法の火球を避けたがためにさっよりも離れてしまった。これは普通に考えれば素人の狙える距離ではない。しかも俺は足場も無い不安定な空中だ。当てるのはそれこそ奇跡に近い確率だろう。

 だが俺に迷いはない。何しろこれは俺の経験では無くあくまでもスキルによる射撃だからだ。

 【剣術】スキルで習ってもいない剣が使えたように、【射撃】スキルがあればこの距離でもきっと矢をあてられるはず。


「いけ!」


 弦を解放。


 空気の一点を穿ち飛び出した矢は魔術師へと直進する。


「ぐあ!」


 そして矢は魔術師の内一人の右腕を貫いた。


「っ!」


 得も言われる強い不快感が俺を襲った。直接触れてもいないのに妙に生々しい感触が手に残る。飛び散る鮮血で心が怯みそうになる。気が付けば弓を持つ手が震えていた。



 ・・・・・・・・・怯むな!!



 それでも歯を食いしばり二本目の矢を弦に掛ける。

 ここで止まる訳にはいかないのだと次なる矢を放つ。


 二人、三人と魔術師の四肢を貫く。



 闘え! 戦え!

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