第136話 反撃

 体中が痛い。どこが痛いか分からない位に全身がズタズタにされている。何度も斬られ蹴られ殴られて立っているのが不思議なほどだ。


 俺は何でこんなに痛いのに頑張っているんだろうか?


 俺は何でこいつと剣をぶつけ合っているんだろうか?


 何度剣を振り回しても相手にかすりもしない。何度相手の剣を塞ごうとしても易々と俺の体が傷ついていく。


 こんなの無理ゲーもいいとこだ。


 間髪入れずに襲ってくる金色の鬼は何が楽しいのか笑っている。


 頭おかしいぞ、この野郎!


「どうした、ほら。もう終わりか、つまらん、つまらんぞ貴様」


 金色女のギラギラとした目はずっと俺を捉えて離さない。きっと肉食獣の獲物を捕らえる目もこんな感じなのだろう。


「っ!」


 言い返す言葉も出てこない。そもそも喋れるほど余裕が無い。こうして未だ斬り結んでいられるのが自分でも不思議でならないレベルだ。


 剣が重い、腕を上げるのも億劫だ。体中が焼けるように痛い。最早痛くない場所を探す方が難しい。


 だけど俺はそれでも剣を振っている。


 痛いのが嫌だから。死にたくないから。ここから逃げ出す為。

 理由は色々揃えられるが、きっと今ここに立って恐ろしいと思いながらも戦っているのはもっと単純な理由からなのだろう。



 俺は負けられないんだ。



 ステルフィアを救うと決めた。その為にこうして戦っている。最悪死にそうになったらログアウトって手もあるが・・・・・多分それを使ったら俺はもうこの世界に戻ることは無くなるだろう。

 戻ったら即死亡ってのもあるが、それ以上に後ろめたい気持ちでステルフィアに会うことが出来なくなる。

 散々傷つき傷つけられたステルフィアを残し一人逃げるということはそう言う事だ。


 あぁそう言えばこの異世界に来て初めて戦っている実感が持てているかもしれないな。俺は新たに斬り抉られた痛みに耐えながらそう思った。


 これまでずっと俺は本当の意味での危機を感じたことが無かった。唯一初めてゴブリンキングに会ったときは死ぬかもと思ったが、だがそれでも結果的には苦戦など全くしていない。

 所詮なんだかんだ言っても俺はここをゲームのような世界としてしか見ていなかったのかもしれない。ステルフィアを助けたときもモンスターの大群を相手にした時も、違う違うと考えながらも心のどこかでは現実として見てはいなく、画面越しの世界と同様に感じていたんだろう。

 神さんに既に能力だけなら最強だと言われたことも要因の一つだろうな。あれで俺は少なくない慢心を抱いてしまったのは事実だ。

 これなら死にはしないだろう、これなら楽勝だと、視界に広がるアイコン類に普段見ているゲーム画面を重ねて、夢現にここがどういう所なのかもよく知りもせずに何とかなると楽観して。

 でも違った。これは現実だ。少なくとも俺が受けているこの痛みは紛れもない現実だ。その実感が妙な俺のスイッチを入れてしまったのかもしれない。



 金色女の剣が脇腹に食い込む。だがそれは剣の腹。

 この女本気で俺で遊んでいやがる。悔しいがこのままでは敵いそうにもない。


 やべぇ、すげぇいてぇ。


 その剣技は圧巻だ。どうやって振ったらそんな細腕で見えない斬撃が繰り出せるのか見当も出来ない。人間のポテンシャルを天元突破しまくってやがるのは間違いないだろう。俺が何をしようと通用する気が全くしない。厳つく禍々しい剣なのにその剣閃の瞬きは美しく、川に流される木の葉のように力みを感じさせない軌跡を描く。


 この女は強者だ。でもそれでも俺はこの女に勝たなければならないといのに、正直この状態ではそう長く持たない、と言うかこの金色女が本気になったらあっと言う間に斬られて終わりだ。

 いずれにせよ【魔術師】のままではジリ貧なのは間違いない。せめて少しでも攻撃の手が緩めばジョブチェンジできるのだが。


 ・・・・・・・・いっそ一か八か攻撃貰うの覚悟でやってみるか?


 それでHPが持つかは賭けであるが、それでも何もしないでこれ以上悪化するよりはいいだろう。


 俺はその賭けに出るしかないかと意を決する。


 だがその決意は予想外な人物により杞憂として終わった。



「どういうことだよ、ハルさん!!」



 俺は聞き覚えのある声に驚きをもって、金色女は無粋な乱入者に不機嫌さで互いに衝突し合う剣を止めて距離を取った。


 直後、俺と金色女の間を一筋の銀光が通り抜けた。


 真直ぐに振り下ろされた一閃はその人物の実直さを表すかのようだった。


「・・・・ジョシュアン、さん?!」


 俺は驚きと戸惑いを含ませその乱入者の名を呼んだ。


 ギルドの新人研修で引率した“片翼の獅子”、そのリーダーであり苦労系のちょいイケメンであるジョシュアンさんが、怒気を顔に張り付けて剣を持って割り込んできた。


「これはどういうことですか! 何でハルさんが・・・・・・あなたがこんなことをしている!?」


 彼と知り合ってから始めて聞く荒げた声で息を切らし何故か全身ボロボロで現れた。

 研修時も常に冷静でいたジョシュアンさんからは想像もできない怒声。だけどそれが何でなのかなど疑問に思うまでもない。


 今の俺はこの国にとっては敵以外の何物でもないのだから。


 ワナワナと肩を震わせ射抜くような視線を向けてくる。手にした剣が雄弁に俺を敵とみなしていることを示す。

 だがそれでも先ほどの一撃は俺を直接狙うものでは無かった。その事が少しだけ嬉しくもあった。


 ジョシュアンさんがここに居たのは予想外だった。ギルドの冒険者が追跡に加わっていたのだから無い話ではないのだが、ここに来るまで姿を見ていなかったのでてっきり参加していないものと思っていた。

 彼の性格を考えれば恐らくこそこそと後を追うよりも俺に直接向かってくるだろうから。


 この場で現れたのはきっと偶々なのだろう。

 ジョシュアンさんの姿を見る限り激しい戦闘の痕が見受けられる。ならばどこかでモンスターと闘いその帰りか途中かに鉢合わせた、そんなところかもしれない。


 ジョシュアンさんになら話せば・・・・・・・・見逃してもらえる?そんな淡い考えが浮かんだが、それはあり得ないことなのですぐにひっこめた。

 

 ことステルフィアに関しては国対国の争いだ。たかだか一冒険者がどうこうできる規模の話しでは無い。


 それにこの状況で俺がジョシュアンさんにそんな話しを持ち掛ければ、ジョシュアンさんにいらない嫌疑と迷惑をかけかねない。

 色々と世話になった相手にそんなことはさせられない。



 それに今も助けられたしな。



 俺はそっと意識をシステムメニューへと向け、ジョシュアンさんに感謝を送る。だがそれとは裏腹に表ではジョシュアンさんに対して冷たい態度を示した。


「お前には関係の無い事だ」


 剣先を俺に向けるジョシュアンさんに突き放す言葉を投げた。

 ジョシュアンさんは一瞬驚きそれから悲しそうに目を伏せるが、直ぐに俺を見返してきた瞳には怒りに燃える強い光が宿っていた。


 ・・・・・・すみません。


 心の中で謝罪をしつつ俺はジョシュアンさんへと嘲笑で向かい合う。


 俺は、俺とステルフィアはこの国を出ていく。もうジョシュアンさん達に会うことも無くなるだろう。こんな別れ方はしたくはなかったのだが、今の俺が彼らに出来る最大限のお礼は彼らの名声を傷つけない事だ。


 だから彼らを突き放す。敵として相対することで彼らの立場を守る。


「ふ、ざけるな・・・・・・・ふざけるな、ハルさん!!」


 憤怒の爆発、そう表現したくなる形相でジョシュアンさんが飛び出した。普通に走れば数歩の距離、だがジョシュアンさんは一度の踏み出しだけで瞬く間に詰めて見せる。瞬発力と呼ぶには可愛らしすぎる程驚異的な突進力で、視界がぶれたように息がかかる間合いに瞬時に現れる。低く剣を構えるジョシュアンさんの眼光が煌めいたと幻視した瞬間、地面すれすれの軌跡で剣閃がかち上がった。


 狙いは俺の剣を握る右手。


 模擬戦の時とは違う真剣の一太刀。手加減も何もないジョシュアンさんの本気の剣技。それは明らかにあの時の速さを凌駕していた。金色女にも劣らないほどの人外の剣速で迫りくる。



 右手の手首から先が無くなっていた・・・・・・・・・・・そう、きっとそうなっていただろう。



 だがは違う。


 地面から迫りくる高速の銀光を、それ以上の速さで、だが気負いの無い軽い振りで弾き返した。


「っ!」


 横に剣を弾かれ流される体を一歩踏み出すことで耐えるジョシュアンさん。だがその間と間合いは【】のある俺にとって大きな隙でしかない。


 怪我を負わせないようにだけど派手に吹き飛ぶように、足裏を突き出した喧嘩キックはバランスを崩したジョシュアンさんを宙に舞わせた。


 ジョシュアンさんは数メートル後方に飛ばされ地面を数度バウンドして転がるが、受け身の要領で地面に手を叩き付けるとその反動で体を跳ね上げさせ、再び両足で大地を確りと踏みしめるように立ち上がる。その口元が憎々しげに結ばれている。


「貴様・・・・・・どういうことだ!?」


 その間静観していた金色女が綺麗な相貌を初めて険しく殺気立たせ、噛みつかんばかりに白い歯を見せ威嚇に唸りを上げた。切れ長の鋭い眼光が全てを見透かそうと射抜いてくる。先ほどまでとは違い自然と半身に構えを取っているのは、俺とジョシュアンさんの立ち合いを見て、それまでとの違いに感ずるものがあったからなのだろう。


 俺は体の調子を確認するように剣を数度素振りした。


 やっぱり全然違うな。剣が手によく馴染むようだ。体の痛みも和らいでいるのはHPの総量が増えたことで相対的に現在HPが増えたからか?


 さて、と視線を金色女に向けると、金色女の目が更に細まる。


「どういうことも何も、あんたの期待に応えようかと思ってね」


 想定以上ピンチだったのは間違いない。本気で死ぬかもと思った。紛れもないこの金色女は強敵だ。

 恐らく剣技でこの女に勝つことは出来ない。ここまで戦ってきてそれははっきりと分かった。この女の剣の腕は俺の【剣術】よりもはるかにレベルが高い。


 だがそれでも俺は負けない。負けられない。


 ステルフィアをこれからも守っていくためにはこんなところで躓いていられない。負けるわけにはいかない。


 それにな、俺は頭に来てんだよ。


 いくら戦争相手と言えどステルフィアはまだ子供だ。其れなのにこれだけの容赦のない手段で、しかもその理由を思えば実に身勝手で、執拗に狙ってくるこの国の連中は心底気に入らない。

 俺たちを追い詰めるためにスラムとは言え市民の生活の場を問答無用で火で焼いた。スラムの人間が真っ当な生き方をしていない事は俺も認める。ステルフィアだってあんな目にあわされたんだ、胸につかえるものが無いとは言わない。


 だがそれだって全員じゃない。

 あの燃えるスラムからは多くの子供たちが逃げていた。子供たちは隙でスラムに居る訳じゃない、大人だって致し方ない理由でそこに身をやつしているものだって多いはずだ。

 なのにこの街の役人はそれはゴミだと吐き捨てた。


 ふざけんなよ!!


 そんな奴らにステルフィアは絶対に渡せない。


 だから俺は敢えて挑発する。気に入らないこいつらをとことん力でねじ伏せてやる。


 ステルフィアに手を出すことが、俺と相対することがどれだけ大変な事なのかをここで思い知らせる。

 これ以上無用な痛みと苦しみをこの子に味あわせないためにも。


 もう出し惜しみはやめだ。


「言っただろ、楽しませろと。悪かったな、さっきまでの俺は随分と不甲斐なかっただろう。だが安心しろ」


 俺と言うこの世界の異物がどれほど厄介で異常であるかを、その身に、その心に、刻み付ける。


 ステルフィアを傷つける理不尽など真正面からぶっ壊してやる。


 どっちみちステルフィアの身バレした時点で目立たないという選択は取れなくなったんだ。だったら割り切ろう。俺の出来る事を全力でやろう。


 何もかもねじ伏せる。ステルフィアがいつかこころから笑えるように悪いものは俺が全部ぶっ飛ばしてやる。


 あぁなんか吹っ切れた。今まで何をうじうじとしていたのか。


 だからこれは手始めだ。


 確かに金色女の方が剣技は優れている。だけどな、俺にはお前らからすれば理不尽なほどのステータスがあるんだよ。

 技術が足りなければその力でその速さで、レベルアップという世界の規定から外れた俺のチートで、【冒険者】となった俺がお前の全てを凌駕してやる。


「ここからの俺は全力だ!」


 さぁ反撃の開始だ。

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