第15話 とある公国の終焉①
【?????】
精霊が住まう国、ここはそう呼ばれている。
広大な森林が国土の大部分を締め、領土の中心にある淀みない蒼い湖がシンボルである、美しく自然豊かな国。
小国だけど特殊な事情のこの国は、他国からの干渉を受ける事が無く、長い歴史を紡いできている。
私はこの国が大好き。
この大自然も、そこで暮らす人々も、何より家族のことが私は大好き。
時折訪れる街の中では、常に楽しそうな笑い声がいたる所から聞こえてくる。この国の人達が、この公都に住まう人達が、如何に穏やかで幸せな生活をしているかがそれで十分に伝わってくる。
その声を聞いているだけで、私はとても嬉しく、誇らしく思えるの。
この国では多種多様な作物を育てているけど、今までに不作となった作物は1つも、いえ1回も無い。
雨が降らなくて水不足になることも、天候不順で雨ばかりが続くことも、突然な台風や地震だってこの国ではおこらない。
だからこそ美しい自然があり、美しい自然があるからこそこの国は守られている。
私は幼いころからそう教わっている。
そしてそれには1つ大きな理由がある。
この国には精霊が住んでいる。
精霊とは世界を形作る根源をつかさどっている存在であると言われている。
水の精霊、火の精霊、風の精霊、その種類は多種多様で、すべての物には精霊が宿るとも言われてて、それこそ花であったり、木であったり、光や闇にも精霊がいるのだとか。
精霊を目にすることは出来ないけれど、精霊の存在を感じる事はできる。
その1つの手段が精霊から力を借りて様々な魔法を行使する精霊魔法。
精霊魔法は普通の魔法と違って詠唱も魔法陣も存在しない。精霊と対話し心を通わせ力を借りて、それを魔法という現象に替える事で行使できる。それ故に精霊との親和性が高ければ高い程その威力も変わってくる。
そして精霊と親和性を持っている存在は極一部の人間にしかない。
その極一部がこの国の人間で、この国以外から精霊魔法使いは生まれないのだとか。
それだけこの国は精霊に愛され守られている。
それ故にこの国は他国から特別視され、他国は自国以外がこの国を我が物にしてしまわぬように常に牽制し合ってくれているから、この国は戦争も無く平和なんだよってお父様が教えてくれた。
・・・・・・それなのに。
私は灰色く汚れた空を不安に見上げている。
いつもの透き通った青い空は何処へ消えてしまったの?
街から聞える楽し気な笑い声が、今は胸を抉るような恐怖と絶望の悲鳴に変わりはててしまっている。その苦しみに胸の前で握る両の手に力が入る。
私の大好きなものが壊れていく。
「止めて」と何度願っても、非情な彼らは止める事無く壊し続ける。
大切な畑が踏み荒らされ、活気と笑顔で溢れた街が崩され、優しく幸せだった人たちが・・・・・・殺されていく。
美しかった国の姿がまるで地獄へと変わってしまったかのよう。
どうして・・・・・・・・どうして!?
無情な波は全てをのみ込んでいく。そこには意志も慈悲も無い。ただただ狂気と無条理だけでできた無機物の様に、止める事も遮る事も出来ない。
生まれて初めて私は本当の恐怖というものをを知った。
「駄目です。奴らはもうじきここまで入ってきそうです」
宮殿を守る騎士が無念とばかりに叫んで。
「おのれ・・・・・リーンフォデルンの狂人どもめ!」
その白く神聖な法衣にはそぐわない様な、悔しさで顔を歪ませ悪態を吐くいたのは、私に公平さと慈しみを教えてくれた司祭様。
「あぁ、あぁ、精霊様。どうか、どうか御助けを」
恐怖で身を竦ませ祈りを口にする、幼いころから私の身の回りの世話をしてくれた女中達。
私の日常が、私の幸せを彩ったものたちが、こんなにも歪み曇っている。
「・・・・・・この国は、もう終わりかもしれない」
「あなた!」
そんな中にこの国の大公であり私のお父様が声を発すると、その言葉に誰もが驚きを持って反応し、その後には皆が悟ったような顔で涙を浮かべた。
そして誰よりも強くお父様の言葉に反応していたのはお母様だった。
「大公様・・・・・」
長くこの国で宰相をしてきたガスペル卿が悔しそうにお父様を見ていた。
私はそんなみんなの姿に、お父様の言葉に、罪悪感と絶望感で涙が溢れ出してきた。
漏れ出す嗚咽。
私はその場に膝から崩れ落ちた。
「私が・・・・私の、所為で・・・・・・あの話を受けていれば・・・・・」
この凶器を招きこんでしまったのは私の所為。私が居るからこの国は荒らされ、私が拒んだから全て奪われていく。悔やんでも悔やみきれない思いが、震える口からこぼれだす。
だけどそれをお父様が即座に否定した。
「それは違う。お前は何も悪くない。あの話を断ったのは私だ。それにお前をあの男に、あの国に渡すなど、この国の誰も、それこそ精霊様が認めなかったことだ」
お父様が優しくも激しい声で慰め、泣き崩れる私をお母様が優しく包みこむ。
「そうよ。あなたは精霊様に誰よりも愛され、誰よりも心を通わせる。伝承により語り継がれてきた選ばれた子なのだから。あなたを守る事、それはこの国の、精霊様と共に生きる私たちの使命でもあるの・・・・・・・いいえ、違うわね。私は娘を守りたい。あなたの幸せを誰よりも・・・・・守りたい! ザバエ!」
「はっ!」
お母様の優しくも強い言葉、でも最後は涙で震えた声で私に語り掛け、そして突き放す。
「お母様!」
突然突き放された私を誰か抱え上げた。
私は驚愕し振り返ると、騎士団長のザバエが肩にかつぎあげていた。
「姫様ご無礼お許しください」
そう言うとザバエは二歩三歩と後ろに下がる。
お父様とお母様、それにガスペル卿に司祭様や女中達、ここにいる皆が涙を流し私を見ている。誰一人として動こうとしない。私と、私を担ぐザバエだけが離れていく。
私は首を振る。
「下ろして! ザバエ」
叫んだ。
上擦る声で精一杯に。
だけどザバエが止まる事はなかった。
「我が愛しい娘、ステルフィアよ。どうか、どうか生きてくれ」
国民が敬い尊敬する凛々しいお姿のお父様が私の名前を口にする。
・・・・・・・・・・・嫌。
「私の宝物。何よりも大事で愛おしいフィア。不甲斐ない母を今まで愛してくれてありがとう」
私の愛称を呼び別れを口にする、いつも優しく穏やかなお母様の声。
・・・・・・・・嫌よ。
「姫様の隣にはいつも精霊様が付いておられます。あなた様ならきっと立派な精霊の王になられるでしょう」
悪さをすると誰よりも私を叱り、どんな時でも私を見守ってくれた司祭様。
・・・・・・・・やめてよ。
「この国の歴史は姫様と共に」
私が生まれた時から父様の傍にいて、勉強でも遊びでも何でも知恵を貸してくれた宰相のガスペル卿。
・・・・・・・・置いて行かないで。
「姫様に精霊様の加護がありますように」
いつも私の話を笑って聞いてくれた女中達。
皆が私から離れて行ってしまう。
だから私は必死で手を伸ばし、喉が痛くなるほど声を張り上げて叫ぶ。
「一人にしないで!! 私も皆と・・・・・お父様! お母様!」
だけど私の声は無情にも重く厚い石の扉で遮られてしまう。
「嫌、嫌よ、嫌ぁぁぁ、あ゛ああああああああああああ・・・・・・・・」
扉が閉まり、闇に落ちた世界で、私の叫び声だけが無情にも反響していた。
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