第49話 新人討伐研修4
「剣はまっすぐ振りぬいて・・・・・・そうそう、カツリィ距離を保って相手の邪魔するぐらいでいいから。ほれ、そこの・・・・君、君は常に後ろに回る」
トバル少年が剣を振りきって隙が出来たところを反撃しようとしたゴブリンに、カツリィが剣を突いて意識をそらす。たまらず後ろに下がって逃げようとするゴブリンを今度は回り込んだぽっちゃり君が背後から不格好ながら切りつけた。
でも残念、ちょっと浅いな。
怒ったゴブリンが反転してぽっちゃり君に向かおうとしたところを、俺はむんずりと首をつかんでゴブリンを投げ捨てる。
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
飛んでいくゴブリンを黙って見つめる3人の少年少女。
駄目だよ、気を抜いちゃ。ほら距離をとれたところだし、もう一回体勢を立て直しをしないと。
「今の感じだ。もう一回同じようにやってみよう」
トバル少年たちの戦いの練習にと、こうやって何度もゴブリンを引きはがして戦わせている。
ここで慣れておかないと彼らは自分の身を守ることもできないからな。多少なりとも知り合って話しをした仲だ。彼らが死んでしまうのは気が引けてならない。
折角ジョシュアンさんたちがうまく1体だけ回してくれたんだ、有効活用させてもらおう。
既に戦闘が終わっているジョシュアンさんたちや脳筋5人組は観戦状態で、その表情は非常に険しいもの。きっとトバル少年たちの実力不足を懸念しているのだろう。
「ほら、ぼうっとしている暇はないぞ。敵はまだ動いてるんだ。気を抜かずに動いて動いて」
パンパンと手を叩いてはっぱをかける。トバル少年は何か言いたげだったが、無言でゴブリンへと駆け出して行った。
いやあ、この子達素直だな。
「や、やった。ゴブリンを倒したぞ」
両手をグンと上げて喜びをあらわにする無邪気なトバル少年。でも、危ないから剣を持ったまま
「うぅ、こわかったぁ」
「カツリィちゃん、僕も・・・・・そして疲れた」
カツリィがへなへなとその場にしゃがみ込み、ぽっちゃり君は蒼い顔で倒したゴブリンの死体を見ていた。
トバル少年も元気そうだが疲労が色は見える。
辛くも、そう評する戦いではあったけど、彼らは3人だけでゴブリンを倒すことが出来た。まぁ途中途中危なくなったら俺が無理やり引きはがしたりはしたけど、攻撃には一切加わってはいない。彼らだけで倒したといって問題ない。
ていうか俺が倒すわけにはいかなかった、というのもあるんだが。
「し、しかし、おっちゃんが鬼だったな」
感動が落ち着いたトバル少年がそんなことを言ってきた。
「鬼とは心外だ。これでもちゃんと君たちの安全だけは確り確保していたんだぞ。それにいい経験できただろ?」
「・・・・・そう、だけど、そっちじゃなくて」
これだけ親切な俺に鬼発言は酷いなとやんわりと反論すると、トバル少年は困ったように目じりを下げてカツリィたちを見る。カツリィとぽっちゃり君は分かってるみたいな相槌を打つと、二人が話を引き継いだ。
「私たち、と言うよりは・・・・・・・」
「ポンポン投げ捨てたもんね・・・・・・」
だけど二人とも言い辛そうに言葉を濁していた。ん~今一要領を得ないな。
「終わったみたいだね」
「ん?あ、ジョシュアンさん」
腑に落ちない3人の様子に小首をかしげているとジョシュアンさん達がやってきた。周囲に危険がないと判断した彼らはすでに武装を解除している。
「君たちはゴブリンと戦ってどうだった。ゴブリンは魔物の中では弱い部類に入るけど、それでも身の危険や恐怖を感じたんじゃないかな」
「・・・・・・はい」
ジョシュアンさんの問いかけに力なく頷くトバル少年。さっきの戦いぶりを思いだしたのだろう、森の入り口での勢いの良さは完全に身を潜めている。
「その感覚は忘れないようにした方がいい。僕たち冒険者は常に危険を背負って仕事をしていく。少しの油断や甘え、準備不足で簡単に命を落としちゃうからね。でも君たちはもっと剣の鍛錬をしないと厳しいんじゃないかな。出来れば先輩冒険者の下でしばらく経験を積ませてもらった方がいいだろうね」
「・・・・・・はい」
「だから言ったじゃない、私たちだけじゃ無理だよって」
「だって・・・・・」
「だってじゃない。トッくんは簡単に考えすぎなんだよ」
項垂れるトバル少年を腰に手をあて頬を膨らませたカツリィが詰め寄る。トバル少年は反論したそうだけどカツリィの勢いに押されて縮こまってしまった。
それにしてもジョシュアンさんは若いけど中々の教育者なようだ。イケメンだが言っていることも接し方も真面だ(俺の勝手な偏見)。
「その子の言うとおりだね。あんたらはもっと努力しなさい」
「あれじゃぁ、いつ死んでもおかしくないわね」
「うぅ、すみません」
追い打ちばかりに魔術師のクラリアンさんと弓士のミラニラさんが苦言を呈されてさらに縮こまるトバル少年。女性3人に詰め寄られてはもう何も言い返せないだろうな。ちょっと可哀そうに思える。
そういえば、今回のゴブリンではクラリアンさんは魔法を使わなかった。初めての魔法が見れるかと思ったんだが、残念だ。
異世界と言えば魔法、魔法と言えば異世界だからな。この世界の魔法がどういったものなのかは非情に気になる。
そう言えばクラリアンさんの紹介で魔法士では無く魔術師って言っていたけど、”術”ってことは儀式めいたことをするんだろうか?でもそれだと戦闘ではほとんど使えない気もするが。
俺はクラリアンさんを観察した。
胸がデカい!あと杖持っている。
胸は別として杖があるということはあれが魔法の発動媒体にでもなっているのかもしれない。恰好もローブを纏っていて如何にもって感じはする。詠唱とか呪文を唱えてくれると雰囲気があってかっこいいな。
う~ん早く魔法見たいな。胸、揺れるかな。
「それはそうと、ハル」
「ん?」
この世界の胸と魔法について考察していると、ジョシュアンさんから名を呼ばれた。
ジョシュアンさんは最初から俺のことは名前で呼んでいる。これは今日来ている研修生全員同じ扱いで年齢とかは関係ない。別にそのことに対して思う部分はない。社会人になれば普通に年下の上司なってのもあるし、ジョシュアンさんの立場からすれば当然だろう。変に俺だけ気を使われて敬語ってのも嫌だしな。
因みにジョシュアンさんはあのたった一回の自己紹介で全員の名前を憶えたらしい。すげぇな。
「なんですか?」
「ハルは随分と戦い慣れしているように見えたんだけど、いや戦い慣れっていうのかな・・・・・・・ゴブリンを手で投げたりとか、してるし・・・・・・あれは・・・・・・」
「慣れている訳ではないですよ。武器を手にしたのだって最近ですし・・・・・ただ、タルバンに来るまでにそれなりに魔物と戦ってきましたから」
どうやらジョシュアンさんは新人でありながら戦えている俺に疑問を持ったようだ。なので言える部分だけだが素直に答える。でも評価されているのかなとちょっと嬉しくなった。
「ゴブリンの手づかみなんて俺様でもやんないぞ」
「ゴミよりも不潔なゴブリンを直に触るなんて、真っ当な人間のすることじゃないわね」
「あたしも触るのもごめんね。あんな汚らわしいもの、触っただけで病気になりそう。うぅ見ているだけで気持ち悪い」
どうやら違った。俺は評価されていたんじゃなく不評されていた。
ドランゴさんが呆れ気味に、ミラニラさんには変人扱い、そしてクラリアンさんからは汚物を見るような眼を向けられた。
ちょっと待ってくださいよ。確かに、あいつら臭くて汚いけどつかんで投げたのにだってちゃんと訳があるんだよ。
何しろ俺がナイフで傷付ければあいつら死ぬ。ちょっと蹴っ飛ばしただけでもあいつら死ぬ。でもって死ぬとあいつら光になってバイバイな訳。
クァバルさんにも言われたけど死体が光になって消えるなんて本来ないらしいし、余計なことであーだこーだ訊かれんのは面倒だし、ならどうすっかっていえば死なないように優しく引き離したり倒したりするしかないんだよ。
まぁそのことを知らないあんたたちからしたら変かもしんないけど・・・・・・・・。
それにこれは新人教育の一環だろ。それならばどう見ても素人のトバル少年たちに経験させてやりたいって思うのが、大人の甲斐性ってやつだと思うんだよ、俺。
「いや・・・・僕が言いたかったのはそういう事じゃないんだけど・・・・・」
俺を寄ってたかって貶す3人にジョシュアンさんは困ったような笑みを作っていた。
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