第101話 もう一つの・・・・・・ ⑧

 別なところへ向かう道中、僕は意を決して御堂林さんに話しかけた。


「み、御堂林さんもこっちに飛ばされていたんだ。制服ってまだ家にかえっていなかったの・・・・かな?」

「帰る途中だったから、歩いていたら眩しい光に包まれて・・・・気が付いたらここにいて・・・・」


 軽く握った拳を口にあて、思い出しながら状況を語る。そんなさりげない仕草に僕はドキドキしながら話に耳を傾ける。その間にも話を続けるねたは無いかと脳を全力で働かせる。

 そんな僕と御堂林さんの様子を何度か振り返って谷垣が気にしている。


「たしかラノベで転生ものも読んでいたって」

「・・・・そうね。小説に出てくるようなことに、まさか自分が巻き込まれるなんて思いもしなかった。話として読むのは非現実的で面白いけど・・・・・」

「さっきの話しぶりだと、戦わなければいけないみたいな印象だったけど、対応を見た感じだと無暗に酷い扱いにはならなさそうだね」

「だと・・・・いいわね」


 不安そうではあるけど淡々と受け答えをしてきた御堂林さんは、もう話は終わりだとばかりに言葉を切られてしまった。


 僕もそれ以上の会話を思い浮かべられずにすごすごと口を閉ざして歩いていく。


 カツカツと廊下にこだまする靴音。生憎と靴を履いているのは御堂林さんだけで、僕も谷垣も前田もはだしで石畳の上を歩いている。服や靴、貸してもらえるんだろうか。



 連れてこられたのは大体60畳ほどの大きな部屋だった。調度品の煌びやかさに入ったときは呆気に取られてしまった。ここが落ち着ける場所かと言われたら全面的に否定したい


 中央にある大きなローテーブルとソファーへと案内される。


 上座側にマイラス皇帝が1人真ん中に座り、その後ろにゴライアスさんとブホルバさんが立ったまま付き従っていた。そして対面に僕と谷垣に前田、それと御堂林さんがこの場合どうしたらいいか分からず並んで立っていたけど、マイラスへ皇帝に促されておずおずと腰を下ろした。


 どうにも場違い感が半端じゃない。さっきの兵士に囲まれるよりはよっぽどいいけど。


 僕たちが座ると直ぐにリアルメイドさんが現れてテーブルにお茶を置いてくれた。秋葉原とは違ってロングスカートのメイド服は、どちらかと言えば作業着的な印象を受けるデザインで、フリルも何もついていないシンプルな物だ。


 どうしたらいいか分からず「ありがとうございます」と上ずった声で頭を下げる。でもリアルメイドさんは粛々とした対応で表情一つ変えることなくその場を離れて行ってしまった。


「まぁ先ずは喉を潤して落ち着くがよかろう」


 マイラス皇帝が掌を差し出し言う。


 異世界の飲食物か・・・・大丈夫だろうかと臭いを嗅いでみるとハーブティーの様ないい匂いがした。

 するとマイラス皇帝が僅かに口端を持ち上げて「毒は入っておらぬよ」と言われてしまった。


 そんなこと思ってもいなかったのだけど、隣を見ると顔を蒼褪めさせた谷垣と前田が居たので、あれは2人に対しての言葉だったのかもしれない。


 一口飲んでみるととてもおいしかった。熱くも温くも無い適温で、じんわりと体を温めて緊張も解してくれる。

 お茶の効果か時間が経ったからか、少しだけ谷垣と前田も落ち着きを取り戻し周りを窺う余裕が生まれたみたいだ。


 それにしても前田は学校に居る時と印象が随分と違う。あの鼻が曲がりそうな臭いの厚化粧をしていないから、大分こざっぱりとしたのぺっとした顔をしているが以外と整っている。眉は麿だけど。


「さて自己紹介も途中だったよのぉ」


 俺たちの様子を見ていたマイラス皇帝が徐にそう切り出した。


 ピクリと肩を揺らす谷垣と前田。御堂林さんは落ち着いた様子でカップを置くと視線だけを彼女に向けていた。


「先ほども言ったが、妾がこのマイラス帝国の皇帝をしておるクルスアンティア・ミハル・デ・マイラスじゃ。して後ろにおるのが将軍のゴライアスと宮廷魔術師のブホルバよ」


 紹介に合わせて後ろに立っている2人が軽くお辞儀をする。


 それからマイラス皇帝の視線が僕へと向けられた。


「あ、三嶋達郎、です」

「くく・・・・座ったままで構わんよ」


 突然の振りに思わず立ち上がってしまい、マイラス皇帝に笑われてしまった。隣の谷垣に「どんくさい奴」と言われた。


「『谷垣・・・・洋平』」

「『・・・・美乃和、前田美乃和』」

「御堂林那月です」


 順番に名前を告げていく。


 全員が自己紹介が終わったところで突然マイラス皇帝が深々と頭を下げた。


「なっ、陛下何を!」


 ゴライアスさんが驚愕の声を上げ出てきそうになったところをマイラス皇帝が手で制する。僕もまさか皇帝の地位に居る人が頭を下げるとは思ってもいなかったので面食らう。


「すまぬ」


 マイラス皇帝は謝罪の言葉を口にした。


 部屋の中は一気に静まり返るなか、マイラス皇帝がゆっくりと頭を上げて今までとはまた違う神妙な雰囲気で口を開く。


「本来であれば一番最初にこうせねばならなんだが、多くの兵たちの前であったが故許してほしい。先ずは其方らの意思に関係なく巻き込んでしまったことを謝罪したい」


 広い部屋の中にマイラス皇帝の艶のある声は良く通った。


「だがこれは必要な事であった。其方らには悪いとは思うのだが、こうしなければ我が国も、延いてはこの世界も未曽有の危機にさらされるが故に手をこまねいている訳にはいかんかったのでな」

「『ふ、ふざけんな・・』」

「どういう事なんですか!!」

「『お、おい、おま、タクロー!』」


 まるでRPGの冒頭の様に語り始めるマイラス皇帝。その語りに僕の興味はそそられ、谷垣が何か文句を言っているのを遮って身を乗り出す。こんなことをしたら後で谷垣に何されるか分からないから、学校にいる時だったら絶対にしない行動。でも今の僕にはそれすらも関係なくさせるくらいの興味心で満たされていた。


「ここでもめられても困るのだがのぉ。進めても良いのか?」


 マイラス皇帝は僕と谷垣を交互に見て話しを進めていいかどうか迷っていたので、僕はどうぞと掌を差し出して促す。

 言い辛い状況になった谷垣は不服そうに僕を睨みソファーにどかりと腰を下ろす。


「事は少し前の神託がはじまりであった。我が国には神託の巫と呼ばれておる女神様の声が聞ける者たちがおる。その巫女の元に新たな神託がもたらされたのだが、正直妾は耳を疑うどころか巫女が国を揺るがそうと妄言を言っているのではないかとも思った。だがそれは直ぐに真実であるとわかった。神託をもたらした巫女は1人では無かったのだ。他の教会におる巫女も同じ内容の神託を受けたと申してきたのだ言ってきおったのだ。これには我が国にも激震がはしった」


 そこまで話すとマイラス皇帝が目で合図をして侍女さんに何かを持ってこさせた。


 侍女さんが手にしていたのは古びた巻物。それをテーブルの上にシュルシュルと開いていく。


「・・・・・・」


 そこに書いてあったのは一続きの絵。


 異形の存在と人とが争うまるで地獄絵図の様であり呪いでも掛かっていそうな禍々しい絵。写実という訳じゃないが、その異様さに思わず顔を顰める。


「かつて人の世に大きな災いと死をもたらした魔物の大繁殖、その脅威は多くの都市と人々を飲み込み、廃墟と死体の山を築いていった。それに抗うため幾多もの兵士と英雄の血肉を散らし、当時召喚された勇者によって魔物の群れをどうにか退くことが出来たと言われておる。これもかれこれ数百に及ぶ前の話であるのでな、文献より得た話だけしかないのだが、その被害はすさまじかったらしく、その時消えた国もあったと言われているほどなのだ」


 更に絵巻物を開いていく。すると絵の中心に光り輝く剣を掲げる男とその隣に並び立つ女の人。なるほど、これが勇者か。


 この剣を掲げているのが勇者だとして。じゃあ女の人はお姫様とかか? ロマンスを感じる良い絵じゃないか。


 絵を見て顔をしかめる前田や御堂林さんと違って、僕は弧を描いてしまいそうになる口を必死で手で隠す。


「我が国に残っているのはこの絵と記録を残した1冊の本のみ。この様なものは今までであれば研究者たちの興味を満たす唯の暇つぶしにしかならなかったのだがのぉ。それが此度の神託によって重要な資料となってしもうたわ」


 忌々しそうに巻物の絵を見下ろすマイラス皇帝は、手にした扇子をパチンと閉じると深いため息を吐く。


「それは神託がこれと同じ内容だった、と言うことなのですか?」


 と、そこで声を掛けたのは意外にも御堂林さんだった。


「その通りだ。神託でもたらされた女神様の言葉、それは魔物の大襲来が再び起こると言う事・・・・しかもそれだけでは無い。過去の魔物の大繁殖のときにはなかった・・・・いやあったのかもしれぬが、文献には出てきていない存在も示唆してきたのだ。妾達としてはそちらの方が脅威をもたらすのではないかと考えておる」


 その真剣な語り口に誰もが固唾をのんでマイラス皇帝の言葉に耳を傾ける。


 そしてマイラス皇帝は言った。



「魔物を束ねる王・・・・・・魔王が現れるというのだ」



 ・・・・魔王。



 僕は心の中でその言葉を復唱する。


 そして浮かび上がる笑み。



 あぁ最高じゃないか。いいよ、いいよ。僕が欲しかったのはそう言うだ。



 慌てたように前田がテーブルを叩く。


「『ちょっと待ってよ。マジに言ってんの、それとも笑えってこと、何よ魔王って・・・・それってあたしらにそんな訳の分かんない奴と戦えってこと!?』」


 相変わらず日本語で話しているのでマイラス皇帝は小首を傾げて困っている。


「私たちが戦うのか、と訊いています」


 気を利かせた御堂林さんが通訳をしてくれた。


 マイラス皇帝は御堂林さんの気遣いに笑みを浮かべ、質問を投げ返た前田へと向き直る。


「その為に召喚した」


 そして短い断言を返した。


 それには前田だけじゃなくて谷垣も衝撃に口をあんぐりと開ける。


 と、そこで僕は気になっていたことを訊いてみる。


「僕たちが呼ばれて戦うってことは、僕たちには何か特別な力みたいなものがあるんですか?」


 やはり異世界召喚であればこれが大事だ。態々召喚された僕たちが唯の学生のままな筈が無い。だったら特別な力を召喚と共に与えられてきっとチートな強さを持っているはずだ。それにこの絵にも描いてあるし、さっきの説明でも出てきた存在。そう勇者だ。僕たちが勇者である可能性がある。


「それには私が答えますねぇ」


 そう軽い口調で割って入ってきたのはブホルバさんだ。


「私が発動させた召喚術式は女神様の恩恵を受けた者を呼び出す事が出来るものなのですよぉ。あ、これも古い古文書を研究して当時の術式を再現しているんですけどねぇ。つまりは、貴方たちは過去の勇者様や召喚された英雄と同じように、この国の者たちでは持っていない技能や才能、そう言ったものを少なからずもってここにきているはずなんです。ただそれがどんな能力なのかは正直本人が確かめてみるしかわからないんですけどぉ、過去に行われた召喚では、勇者様は聖属性の魔法が使えた言われていますから、おそらくこの中の何方かは勇者様として聖属性魔法が使えるようになっているんじゃないかと。それ以外ですと空間魔法や回復魔法なんてのもあるかもしれませんねぇ。このどちらも今となっては伝説の魔法属性何て言われていますけどねぇ。回復魔法何て勇者様と一緒に戦ったとされる聖女様しか持っていなかったと言いますし、まぁそこまでとは行かなくても、普通では得ることが出来ない強力な能力が何かしら宿っていると思いますよぉ」


 いいねぇ、ちゃんとテンプレ押さえているじゃないか。やっぱり異世界に来たのなら俺TUEEEしたいよな。


 それにしても絵の女の人はお姫様じゃなくて聖女だったのか。そうなると正に王道って感じがする。


 ブホルバさんの話によれば、僕らにはチート能力が身についているって事だった。ただそれが誰に何があるのかは分からないらしいがそれなりに強力な力が身についているらしい。

 どんな能力が僕にあるのか、あぁ楽しみすぎてゾクゾクしてきた。これはテラスさんに感謝してもしきれないな。まさに女神だよ。もしかしたらブホルバさんかマイラス皇帝がテラスさんかと思っていたけど、きっとテラスさんは女神とかそういう部類に入るのかもしれない。


 ここでちょっと閃いた。


 僕は心の中で「システムオープン」や「ステータス」など色々と念じてみる。


 ・・・・・・・・・。


 何にも出なかった。どうもここはそう言う世界ではないみたいだ。


 心底声に出さなくてよかったと思っていると、僕たちの席側からとんでもないことを口走る奴がいた。


「『ま、待って・・・・』そ、それ、より、あたしたちは・・・・帰りたいのよ!」


 そんな馬鹿な事を口にしたのは前田だ。意外と学習能力があったみたいで、こっちの言葉をしゃべりだした。余計なタイミングで知恵をつけやがったよ。


 信じられない。何を言ってんだこのビッチは?


 ふざけた事を言いやがって。


 ・・・・いや、こいつらだけ帰ってくれるんだったら諸手を上げて歓迎してもいいな。あ、でもそれは前田と谷垣のクソだけだけで御堂林さんに居なくなられては困る。俺の楽しみが半減以下になっちゃう。


 けどこの心配は杞憂だった。


「申し訳ないのだけどぉ。皆様を送り届けるのには色々と条件があるんですよぉ。まず召喚または送還するのには大量の”エナ”がいるんですが、それはもう使い切ってしまったので今すぐには出来ません」

「ちょっ、何それ! じゃ、じゃあどうしたら帰れるのよ」

「新たな強力なエナがあれば送還術式を稼働させることが出来ますが、その為には多くの魔物の核を集めるか、或いは魔王と称される相手の核であればもしかしたらって感じですかねぇ。実際皆さんを召喚するのに数十年かけて国で貯めた魔核を使い切ってしまいましたからねぇ。悪いのですが帰りたいのであればそれだけの量を集めてもらうしか」

「『つまりは』・・・・つまりは、帰りたかったら戦えってことかよ」

「そ、そんな・・・・」


 ブホルバさんの説明に谷垣は苦虫を噛んだような顔をする。前田は放心したようにソファーの背もたれに沈み込む。


 結局のところ戦って魔物を倒しまくるかさっき言っていた魔王とやらを倒さなければ帰ることが出来ないらしい。


「其方らの生活は保障はするがのぉ。基本働かないものはそれなりにしかできんのぉ」

「か、勝手に呼んでおいて、お、脅すのかよ」

「すまんのぉ。それだけ妾達も切羽詰まっておると言うことなのだよ、わっぱよ」


 どこか挑発するようなマイラス皇帝。谷垣がわなわなと震え頭にきているのか顔を真っ赤にする。だけどゴライアスさんに睨まれているから飛び出すような短絡的な行動には出ないみたいだ。


「さて、事情は理解してもらえたようですし、一つ確かめないといけないことがあるのですがぁ」


 ブホルバさんがそう言うと移動してきてテーブルの上に丸い水晶の様なものを置いた。



「先程説明はしましたが勇者となるものは聖魔法を使えるとされているのですよぉ。これに触れれば聖魔法の素養がある場合のみ光を放つはずだよ」


 それを聞いたマイラス皇帝は長い睫毛の魔を細めてはブホルバさんを睨みつけていた。


「ほぉ、其方、そのようなものまで隠し持っておったのか? どうやって勇者とやらを調べるのかと思っておったが、まったくとんだ女狐よのぉ」

「あははは、すみません陛下。魔術師は色々と秘伝と言うものがあるのですよぉ。まあそれはともあれ、君たちには一人ずつこれに触ってもらってもいいかな。じゃあまずは君から」


 ブホルバさんはさらりと流して、端に座っている御堂林さんの前に水晶をずらし触る様に言う。


 何だろう若干不穏な空気感が漂ってきたけど、もしかしてマイラス皇帝とブホルバさんってあんまり仲が良くないのだろうか?


 それはともあれ、それで勇者かどうかが分かるらしい。


 御堂林さんは少しためらったのち、水晶玉にそっと手を乗せた。


 しかし水晶玉は何の反応も示すことは無かった。内心僕はほっとする。


 それはこの中で誰が一番勇者らしいかと言えば、それは断トツで御堂林さんだったからだ。その彼女が何も反応しなかったとなれば、かなりの確率で僕になる可能性があると思っている。何しろ僕がここに来た状況が他の3人とは違うからだ。

 それと出来れば御堂林さんには聖女になってもらいたいってのもある。

 そうなれば勇者と聖女・・・・・将来の展開確定だ。


 「次は君」と今度は前田の前にずらす。前田は渋っていたけど諦めたように恐る恐る手を上した。


「君も違うねぇ」


 前田もその後に触った谷垣も、御堂林さん同様何も起きなかった。


 心の中でガッツポーズを決める。


 僕の前に水晶が差し出される。


 ・・・・・これが光れば勇者、か。


 生唾を飲み込み手をゆっくりと水晶へと近づける。


 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ! 光れ!


 そして指先が水晶に振れた瞬間それは起こった。


「うわ!」


 眩い光が水晶から放たれ、部屋中を照らし出す。それはほんの数秒の事だった。


 まぶしさに目を押さえていた手を離すと、光っていた水晶は今は淡い揺らめく灯程度に収まっていた。


 マイラス皇帝にはゴライアスさんが守る様に覆いかぶさっていた。あの状況下で瞬時に反応するとはさすが異世界の戦士だと妙な関心を抱く。


「おめでとう。君が勇者だ」


 全員が狼狽える中、パチパチと手を叩き1人陽気にふるまうブホルバさん。


「ブホルバ、こういうことは先に言ってくれ」

「あぁごめんごめん」


 マイラス皇帝を守っていたゴライアスさんが文句を口にすると、ブホルバさんは手を前で合わせて謝るも、その態度に反省はなさそうだった。




 その後、いくつか説明やこの世界の話を聞き、詳しい事や今後の事は明日また話し合おうということになった。


 泊まる場所は王宮内に個室を用意してもらえることになったので、順番に侍女さんが案内してくれるそうなので全員で付いていった。


 前田と谷垣は意気消沈って感じでとぼとぼと歩いている。


 最初の部屋は僕に割り当てられた。侍女さんが扉を開けてくれて「こちらです」と案内すると直ぐに「ではまいりましょう」と歩き出してしまった。


 部屋の前に残された僕は御堂林さんが振り返って何か言ってこないかなと期待したのだが、御堂林さんは振り返ることも無く進んでいってしまった。


 こんなもんかと思いつつ、案内された部屋に入る。

 部屋の中は日本人の僕には想像できない広さだった。下手したらこの一部屋に、日本の家全部が入ってしまいそうなほどだ。



「・・・・・・くくく」



 僕は肩を震わせ笑う。



「くくくくくく、あはははははははははははははははは」



 今日は何て日だ。全く最高じゃないか。


「異世界だよ。信じられるか」


 まさか現実でこんなことが起きるなんて。何度ラノベを読みながら自分に起きないかと妄想したことか・・・・・・それが現実になった。


「魔物だって? 魔法が使えるって? 魔王を倒せだって・・・・・・最高さいっこうじゃないか、そんなの。そして僕が勇者・・・・・ああいい、待っていたんだよこういう展開を。唯のモブじゃない僕が主役になれる、僕に活躍できる世界を」


 日本にいたときのクソの様な世界とは違う、僕に役割がもたらされた特別な世界だ。


「・・・・・僕のものだ・・・・そうだ、このシナリオは僕のものだ。僕が国を守り、魔王を倒して世界を救う」


 何て心躍るんだ。まるで小説・・・・・・いや、実際魔物を倒したりするのだから体感ゲームに近いか。


 それに・・・・


「ヒロインまでちゃんと用意されているんだから。至れり尽くせりもいいとこだ」


 笑いが止まらない。楽しみだ。これは僕の物語だ。僕の思いのままに作り上げていく。全くたまらないな。


「素晴らしいよテラスさん。これはまさに僕が望んだ楽しいところだよ」


 もうテラスさんは女神認定でいいだろう。この世界で神は女神だと言うのであれば、それはきっとテラスさんに他ならない。


 部屋の窓を開く。


 時間が一緒なのかどうかわからないけど、こちらも夜だ。


 この王宮は結構な高さがあるようで街が一望できる。


 街の灯りは僕にとって宝石の様に見える。


 ここが新たな僕の世界だ。


 胸いっぱいに空気を吸い込む。






「さぁ・・・・異世界ゲームを始めようじゃないか!!」

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