第105話 狭い部屋でリターンズ

「ゲルヒさん、お湯をもらってもいいですか?」


 宿屋に戻ってきた俺はゲルヒさんに体を拭くためのお湯をお願いした。


 この世界ではお風呂は一般的ではないらしく普通の宿屋に風呂はついていない。俺自身風呂の無い部屋での生活には慣れているのでそこまで苦にしていないが、流石に女の子と居るのに不潔なのは気が引ける。


「1つで良いんだろ」

「2人なんで2つ。今1つ貰っていきます。後でもう1回貰いに来ます」


 一緒に体を拭くわけにはいかないから時間差でもらおうと思って、俺がそう言うとゲルヒさんは首を傾げた。


「さっきお客さんのお連れさんがお湯が欲しいって来たんで渡したけど、更に欲しいのかい?」

「え!?」


 俺の連れって事はステルフィアが?


 おいおい出ない方が良いって言ったのに我慢しきれなかったのか? でも、これは気が利かない俺が悪いのかもしれない。仮にも年頃の女の子なのに、出かける時に用意してあげればよかった。


「あ、そうですか。では1つだけで良いです」


 どうやらお金はステルフィアからはもらっていないみたいで、その辺はゲルヒさんが気を利かせてくれたみたいだ。

 ステルフィアの分と合わせて清算すると、温めのお湯が入った大きな桶を手に部屋へと向かった。


 扉を3回ノックして「俺だけど」と詐欺師のように声を掛ける。少しだけ扉が開いて隙間からステルフィアが顔を覗かせた。警戒しているようで確りとフードは被っている。


「悪い遅くな・・・・た」


 俺が中に入り扉を閉めるとステルフィアは被っていたフードを下ろした。


 湯あみをしたばっかりなのか、フードから現れた銀色の髪は濡れてしっとりとしている。部屋に備え付けられていた魔道具のほんのりと赤い灯りが、ステルフィアの真っ白な肌に彩を添えている。


 汚れを落とし身を綺麗にしたステルフィアはまた別格だった。


 迂闊ながら俺はその姿に目を見開いて感嘆してしまった。


 ・・・・・・何て末恐ろしい子だ。


 国を越えて噂になるのもうなずける。こりゃあ目立つわ。


 改めてそのことを痛感しつつ、俺は部屋の隅に置いてあった桶に目を向けステルフィアに話しかける。


「お湯を貰ったのか?」

「・・・・ごめんなさい」


 ステルフィアは俺が怒っていると勘違いしたのか、大きな瞳を泳がせ謝罪を口にした。今回は俺にも非があるので怒る気はない。


「あぁいや良いよ。俺こそ悪かったね、気が利かなくって。でも君のことがバレると色々と大変だから出来るだけ何か欲しいときは相談してしてもらいたいかな」


 なので手を振り怒っていないことをアピールしつつ注意だけ促すと、ステルフィアはしゅんとして肩を縮こませた。


「でも今回はどうしても貴方が返ってくる前にせめて綺麗にしておきたかったから」



 ・・・・・・・・ん?



 この狭い空間でなかったら聞き逃してしまうようなか細い声・・・・・・え? 俺が戻ってくる前に済ませたかったって、これはあれか、俺が覗きをするとか思われているのか?


 いやいやいや、しないから。さっきは不意を突かれてつい見惚れちまったけど、分別出来る大人の俺はそんな事しないから。こんな子供の裸を覗くなんてありえないから。


 まさかの覗き防止だと告げられたことに肩を落とす。


 こんな小柄でほっそりとした体つきでまだ女性らしい凹凸も少ないのに、覗いたところで面白みなど無いだろうに。見るにしてもいまではないだろう。せめてもう少し大人になって成長すれば美人になることは間違いないし、その時には出るとこも出てきて・・・・・って違う、覗き駄目。それをやったら犯罪だ。



 ぬおぉぉぉぉぉ邪念退散!!



「・・・・・・?」


 ぶるぶるっと頭を振るう俺をステルフィアのガラス玉の様な瞳が怪訝そうに見てた。


 俺は咳ばらいをして話題を変える。


「そう言えばギルドに行ってきたけど、どうやら君・・・・あぁえっと、フィア、でいいかな? フィアの事はまだこの街には伝わっていないみたいだった。あそこであった冒険者がその後どうなったのかは分からないが、少なくともこの街でフィアの噂はなにも出ていなかった」

「・・・・そうですか」


 ギルドで見聞きしたことをステルフィアに教える。ここに居ることを知られていない事を喜ぶかと思ったらステルフィアは短く返事を返すだけだった。


「だからもう少しこの街で情報を集めたり様子を見ようと思っているんだが、それから今後どうするかを話し合おう。フィアがどうしたいかもその時色々と教えてくれると助かる」

「・・・・・はい」

「・・・・・・・・・・」


 やっぱり多少時間を空けたがそれで変わるわけないか・・・・・・というより悪化している気もする。表情が硬いというよりも思いつめているような張り詰めた感じに強張っているし。


 他の宿も駄目だったしな、これはいよいよ俺野宿かな


「詳しくは明日話そうか、今日は疲れただろ、早く休んだ方が良い」

「・・・・・・(コクリ)」


 ステルフィアが無言で頷く。


 さて俺はどこか適当な場所をさがさないと・・・・・・あ~その前に体だけは綺麗にしておきたいな。いくら野宿すると言えど汚れたままは気分的に嫌だし、ログアウトして風呂に入るのも少し面倒だし・・・・・・・いいか、ここで体だけ拭いてしまおう。


 ステルフィアには後ろ向ててもらえばいいか?


「あの、さ。ちょっと体拭きたいから後ろ向いててもらっていい」

「・・・・・・は、い」


 ステルフィアに後ろを向いてもらった。


 こんなことは良くないんだろうが終わったら出ていくので我慢してほしい。


 俺もステルフィアに背を向けて服を脱技始める。下着だけはそのままで桶の中にタオルを突っ込み軽く絞りそれで体を拭き始める。何度か繰り返すとお湯があっという間に茶色く濁ってしまった。その汚さに苦笑いを浮かべる。


 やっぱりログアウトして風呂に入るべきだったかな、そんな自分の怠惰に反省をしていると、後ろの方からシュルシュルと布すれの音が聞こえてきた。


 もしかしたらステルフィアが眠くてベッドに入っていったのだろうか?


 大人びてはいるけどまだ子供のステルフィアだ。草臥れて眠いのだろう。


 そうところは可愛らしいななどとと思いつつ、もう少し静かにしなければとお湯を絞る音に気を使いながら残りの部位を拭いていった・・・・・・・・・・・・・その時だった。



 不意にふんわりと柔らかく温かな感触が俺の背中に張り付く。それと同時に肩や腕がさわさわと擽ぐられ、ほのかに漂う甘くそして柑橘系の僅かな酸味を帯びた香りが鼻腔を刺激する。


 そして背後から脇の下を通して出てきたのは白く細い腕だった。


 それが俺の胸の下を長さを不足させるも力強く包み込む。


 俺の体は突如の怪現象に硬直した。



 ・・・・・は?!



 俺の素肌に伝わってくるのは紛れもなく別の素肌の感触だ。


 そんなことできる人間はここには一人しかいない。


「お、おい!!」

「私を・・・・自由にしていい」


 狼狽える俺の背後から囁かれたのは、脳がとろけるような甘美の声。


 何を言っているのか一瞬理解できなかった。だがそれをしているのが誰なのかははっきりと分かる。


「ふぃ、フィア。お前何して・・・・・」


 ステルフィアが裸で俺に抱き着いてきた。

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