第76話 そうだっけ? そうだったかも

 ちょっとしたハプニングはあったが気にせず行こう。


 アイテムボックスからゴブリンの核を10個程出して背負い袋に入れ替える。先ずはこれだけを売ってみて様子を窺うことにする。


 街中にいる間は何かと【商人】の方が便利なので、そのまま宿を出ることにした。


 今何時だ?


 時計を取り出して見て見ると朝の9時過ぎ。


 色々と検証の結果この異世界も凡そ24時間で自転していると分かっているので、こっち用の時計が活躍している。


 食堂に入るとゲルヒさんに「朝飯かい」と聞かれたので「いらない」と答えて外に出た。来る前に食事はしてきた。


 通りには既に多くの人が往来していた。みんな朝からご苦労様だ。


「おぉ、看板の字が読める!」


 通り沿いにあるお店の看板を見て、俺は感動の声を上げた。


 今まで読めなかった文字が読めるようになっていた。神さんはちゃんと約束を守ってくれたようだ。


 しかし不思議な感覚だな。


 文字は奇怪な模様にしか見えないのだが不思議と意味が分かる。うぅん、どう表現したらいいのか良く分からないなこれは。


 でも何にせよ文字が読めるようになったのはうれしい。これでギルドの依頼書も問題ない。文字を書くのも大丈夫なのだろうか?


「それにしても・・・・」


 あそこは確か俺が窓から中をのぞいて変に思われた店のはず。


 確かにこれは不味かったかも。


 看板に書いてあったんは「女性専用衣類店 ランジェリー」

 意味合いも一緒なのか分からないが、俺の翻訳機能ではそう読み取れる。


 過去の失態に今更な恥ずかしさをぶり返しながら歩くこと数分。ギルドの前に到着した。


「結構、人いるな。まだ朝だからか」

「そうですね。稼ぎの良い依頼は早くに無くなってしまいますからね」

「うを!」


 ギルドの扉を開いて直ぐに人の多さに愚痴っていたら、突然後ろからの声。驚いた俺はその場から思いっきり飛び退いていた。


 誰だ・・・・・って。


「ジョシュアンさんか・・・・・」


 どうやら俺に話しかけてきたのはジョシュアンさんらしい。


 ジョシュアンさんはさっきまで俺がいたギルドの入り口で中途半端に手を挙げた状態で突っ立ている。


 ん~、よく見ると阿保みたいに口空いてんな。折角の美男子が台無しだわ。


 ジョシュアンさんのもとに戻りながら意外と遠くまで跳んでしまったことに恥ずかしさがわいてきた。俺、ビビりすぎだろ。


 ジョシュアンさん前まで戻ると、彼の後ろから”片翼の獅子”のメンバーであるミラニラさんがひょっこり顔を出した。

 相変わらず小さい。


「あんた・・・・・凄いわね」


 そう言ったミラニラさんが微妙な笑みを浮かべる。きっと俺のビビリに呆れているんだろう。


「これからお仕事ですか?」


 何事もなかったかのようにザッツ日本人的な笑みを浮かべる俺。【社交性】スキルを手に入れてからこうした気まずさ回避の能力が格段にあがっている。

 その俺の言葉にあっぱ口を開けていたジョシュアンさんが咳ばらい一つ入れると、きりっとした死ねばいいイケメン顔に戻った。


「え、えぇ、そうです。ハルさんもこれから受注されるのですか? 昨日の今日で熱心ですね」


 昨日の今日? そうだっけ? ・・・・・そうかもしれない。


 いかんな、あっちとこっちを行き来してるとどうしても時間の感覚がずれてくる。これっていつかなれるだろうか?


「折角講習を受けましたからね。何か受注してみようと来てみました」

「気がはやるのは分かりますけど、あまり新人が無理に討伐を受注するのは・・・・・て、ハルさんには無用な心配でしたね」


 ふむ、どうやら心配してくれているようだ。流石苦労系イケメンは対人スキルを色々と持ち合わせているな。


 入口で立ち話は邪魔だからと「一緒に依頼書を見てみましょうか」とのジョシュアンさんの誘いに俺は頷き、一緒にギルドの中に入っていく。

 あれ、そう言えば他の二人の姿が見当たらないな。


「お仲間のドワ・・・・・・ごっつい小さい人と魔法使いはどうしたんです」


 やべ、ドワーフっぽい人の名前忘れた。ドワンゴ・・・・ドロンゴ・・・・ドボンゴ・・・・。


「あぁ、ドランゴとクラリアンは必要な道具の買い出しに行ってます。と言ってもドランゴは唯の荷物持ちでしかないんですけど」


 そうだそうだドランゴさんだ。クラリアンさんは覚えていたけど。


 道具の買い出しね。ちょうどいいから訊いてみよっかな。今のうちに確認しておいた方がトラブルも少なそうだし。


「買い物って回復薬、とか?」

「えぇポーションが不足してましたので、それを何個かと、僕たちではまだまだ予算は厳しいんですけど、いざという時のハイポーションを用意しておこうと。あ、そうそうハルさんもポーションは持っておいた方がいいですよ。特にハルさんは一人なんですから怪我をして動けなると致命的ですから」

「アドバイス、ありがたく受けときます」


 よしOK。


 ポーションはこの世界で普通にあると、でハイポーションはちょっと高級ね。エリクサーは・・・・・やめとくか、絶対良い事になりそうにないし。


 そんなことを話しながら掲示板の所までやってくる。


 そう言えばミラニラさんはやけに静かだな、と思って振り返るとじーっと俺を見上げている小さなカワイ子ちゃん、もといミラニラさん。


 超ガン垂れられているんですが・・・・・・。


「ん、んん、何か良い依頼はないかなぁ」


 少女の眼圧に敗れた俺はそそくさと掲示板に目をうつす。


 えぇ何々、ゴブリンの討伐にダッシュボアの肉の調達・・・・・うんばっちり字が読めるぞ。


 調子が乗ってきたので次々に読んでいく。


「へぇ木の伐採なんてのもあんのか・・・・・話し相手募集とかって、悲し依頼だな」


 依頼書は想像以上に多岐にわたっている。モンスターの討伐はもちろんの事、食材の入手や地域の探索、迷い猫の捜索などなど。それぞれの難易度はランクで示されているものの、受け手の等級に制限はなかった。その辺はギルドのおっさんから説明を受けたとおりだな。


 横移動しながら掲示板を眺めていると、ちょうど真ん中あたりで一際目立つ大きな張り紙があった。


 何だこれと思って見てみると手配書と書かれた大きな文字が先ず目に飛び込んできた。

 手配書・・・・ね。どれどれどんな奴かな・・・・・・。


「ジョシュ、お待たせって、うげ、ゴブリン菌!」


 手配書を読もうかと思った矢先に耳に入ってきた女性の声。女性が「うげ」ってっどういうこった、と声の方を向くとそこにいたのはクラリアンさん。ジョシュアンさんの仲間の女魔術師だ。


 ・・・・・・・・・て、ちょっと待て。ゴブリン菌って俺の事か!?


 思わぬ登場ととんでもないあだ名に俺が茫然としていると、眉を吊り上げたクラリアンさんが俺に詰め寄ってくる。


「何であんたがここにいるわけ。あたし達の邪魔をする気なら承知しないわよ!」


 えっと・・・・何を言っているのか良く分かりません。


 突然怒りにまくし立ててきたクラリアンさんに俺は困惑にたじろぐ。


「あんたみたいなキチガイに付きまとわれるとこっちは迷惑なのよ!!」


 何て言うんだろうか、蟀谷こめかみのあたりがキューってなる感じで、身に覚えのない言いがかりに俺の顔はとても酸っぱい事になっていた。


 一体俺は彼女に何をしてしまったのだろうか?


 ここまで言われ嫌われるようなことをした覚えはないんだけど。


「ちょちょちょちょ、クラリアン。何言ってんの」


 そこに空かさず間に入ってくれたのは某苦労系イケメンさん。彼はその苦労性を存分に発揮しクラリアンさんを一生懸命なだめ始める。その間もずっと俺にガンを垂れているミラニラさん。


 朝っぱらからカオスだ、と俺は掲示板へと他の冒険者からの視線が集まる中、そっと溜息をついたのだった。


 この時掲示板に貼ってある手配書を見ていたならばと後の俺は後悔するのだった。

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