第38話 通り魔に襲われた

 パーカー男が包丁を両手で持って俺に向ける。


「う、嘘、だろ・・・・・お、おい。危ないからそんなの下ろせ」


 何だこいつ、何考えてんだ。その包丁で何する気だよ。危ないって、それ危ないって。


 焦る俺はどうしていいか分からず、取り合えずレジ袋を持った手で落ち着けと促してみたけど、パーカー男は構うことなくじりじりとにじり寄ってきた。


 冗談はやめろよ。何で俺が通り魔に襲われんのさ。


「駅で待っていた・・・・」


 パーカー男が震える声で何かしゃべりだした。


「あれから、お前が来るのをずっと」


 え、何言ってんの?


 駅で待ってた?俺を?何で?


 ・・・・・・・もしかして告白・・・・・て馬鹿。包丁持ってそれは無いだろ。しかもあれは男・・・・・ってそうじゃねぇぇ!


 あぁどうやら俺の頭はパニックでおかしくなっているみたいだ。ちょっと落ち着け、俺。


「あ、あの・・・・多分人違いでは?」


 そう一番の可能性としてはこれだ。俺がストーキングされるなんておかしいからな、多分人違いだろう。


「ずっと待ってたんだ」


 甘い期待をしていたのだが、速攻で散っていった。性別とシチュエーションが違ければドキドキしてしまう言葉だ。実際俺の心臓はこれでもかという程ドキドキしている・・・・・いや違うバクバクだった。


 どうしよう今からでもダッシュして逃げようか、そう思った時だった。


「お前の、お前の所為だぁぁぁぁぁ」


 パーカー男が激情の叫びをあげて手にした包丁を突き出して突進してきた。


 はぁぁぁぁぁ、待て待て待て待て。


 俺はこの展開を知っている。ドラマで良く見るやつだ。激情に駆られて包丁を突き刺すってやつ。逃げたいのに体が言うことをきいてくれないどころかもうどうしたらいいか分からず、ただ突進してくる男を見ている事しかできなかった。


 あ、俺死んだ。


 向かってくる包丁を見ながら「痛いんだろうな」などと妙に冷静に思う。それがとてもゆっくりに見えるのが恨めしい。成程、死の間際ってこうなるのか。


 刃の先端が腹へと吸い込まれていく。


 痛い!


 チクリとお腹に突き刺される刺激。そしてグイっと押し込まれる異物の感触。


「ぐあぁぁぁぁ」


 刺された!刺された!


 倒れ込みお腹を押さえてのた打ち回る。


「あ、あは、あは、あはははははははは」


 パーカー男が狂た様に笑い声をあげた。


 嫌だ、死にたくない。彼女も出来ないまま死にたくない。


 走馬燈・・・・・は特に出てこないが、自宅のパソコンのメモリーからデータを消したかったなと悔いが残る。


 畜生・・・・痛い、痛い、いた・・・・・・・・・くないかもしれない。


 腹にあてた手をどけてみる。と服に血が滲んでいるが・・・・・・・・おや、おかしいぞ。腹を刺されたのならもっと派手に血が出てもいいと思うのだが。


 起き上がって服を捲り上げてみた。その際俺が起き上がったのを見たパーカー男がビクッとしていた。


 腹を見た。


 針でも刺したのかといった小さな刺し痕からぷっくりと小指の先程度の血が出ていた。


 パーカー男を見た。


 うん、出刃包丁だな。


 パーカー男も俺の腹と自分の持っている出刃包丁を何度も往復してみている。


 ちょっと考えてみる。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・う~ん。



 これは、あれだろうか? 俺のHPと防御力が上がった為だろうか?


 素早さも体力も以前に比べて格段に上がっているし防御力が反映していてもおかしくない。


 これは・・・・・・・・微妙に喜べないかもしれない。


 何て言うか、俺人間やめかけている気がする。


 包丁で思いっきり刺されてこの程度って・・・・・・・やめよう、考えるの。


「な、なななななんでだ。包丁で刺したのに、確かに刺したのに」


 パーカー男が狼狽えていた。


 その気持ちわかるぞ、俺もそう思う。


 「くそぅ」とパーカー男が再度突っ込んできた。だけど今度は俺も大分冷静になっていたのでひょいっと避ける。


 よくよく思えば、最初の時もこいつの動きは遅く感じていた。死の直後はこうなるのか、と勘違いしてしまったが、何のことは無い。俺のステータス上昇によって、こいつの動きが単純に遅く感じていただけのようだ。


 そうと分かればこんな奴ブッ倒すのは訳も無い事だ。まだゴブリンの方が何倍も強い。


 突進を避け、パーカー男に足をかけてやる。その際に相手から包丁を奪っておくのを忘れない。転んだ拍子にパーカー男に刺さったら目も当てられない。

 それだけでパーカー男は成す術も無くつんのめって派手に転んだ。すかさず腕を取り背中を膝で押さえ込み、はい、確保終了。


「くそぉぉぉ、離せぇぇぇ」


 往生際わるく騒ぎ立てるパーカー男の声に、近くを歩いていたサラリーマンらしき人がこっちを見ていた。

 今度は誤解される前に対処をしておこう。


「あの、すいません。通り魔に襲われたので警察呼んでもらってもいいですか?」


 当初状況を良く分かっていなかったサラリーマンだったが、俺が脇に置いた出刃包丁を見て顔を蒼褪めさせながらも直ぐに警察に電話してくれた。


 よし、これで一安心だろうか。


 さて、問題はこいつだが、俺を待ち伏せていたとか言っていたけど、一体どこのどいつだ?


 パーカー男のフードを捲って顔を確認。


「・・・・・・・・・ん? お、お前!」


 そこには見覚えの有った顔。


「盗撮イケメン」


 こ、こいつか・・・・・・。


「どけぇ、おっさん。離せぇ、おっさん。痛あぁぁ」


 おっさんおっさん連呼する盗撮イケメンに拳骨を落とす。

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