第71話 もう一つの・・・・・・ ②
御堂林さんが学校に来なくなったのは3日前におきたある事件に巻き込まれたからだと噂になっている。
その時に現場を目撃した生徒が何人か居たらしく、その日は随分と学校内で騒ぎになっていた。それこそ学校中全てと言って良い程に。それも彼女の立場であれば頷ける。
御堂林さんは朝の喧騒の中沈黙を保ち続け一人本を読んでいる。
ひそひそと周囲が話している内容も御堂林さんの耳に届いているはずなのに、その様子からは気にしている感は窺えない。
御堂林さんからはページをめくる紙すれの音だけが、まるで教室内でそこだけが別空間にでもなっているかのように静かに奏でられている。
チャイムが鳴った。
騒いでいた生徒も渋々と席に戻っていく。
御堂林さんも本を閉じると机の脇にかけていた鞄へとしまう。
その際御堂林さんの横顔が見えた。
日本人とはかけ離れた圧倒的な造形美。しかしながらあどけなさも確りと残したどちらかと言えば美人と言うよりは人形的な愛らしさにあふれた美貌。それでいて色素が抜け落ちたかのような白い肌にほんのりと紅が注す頬と唇が妙に色っぽく感じてしまう。滑らかに輝くシルクのような髪がサラサラと流れる。
僕の心はちょろくも跳ね上がる。
幻想的、そう思わせる美しさがそこにある。彼女の魅力を表現するのはきっと二次元でも難しい。どんな有名イラストレイターであろうと、彼女の魅力を十全に表現しきることは不可能に思える。
そんな勝手な評価を内心で抱きつつ御堂林さんの横顔に呆けていると、ガララとドアが開かれ一時限目の担当教師が教室へと入ってきた。
「御堂林、放課後に職員室に寄ってくれるか」
入って早々御堂林さんを見た教師が教師が開口一番にそう口にすると、静かだった教室内が再び騒がしくなっていった。
「やっぱスキャンダルの件っしょ」「噂本当なんじゃね。痴情もつれて生涯沙汰とかほんと美人ってたいへぇん」「調子にのってっからだ。いい気味」
上げられる声からは御堂林さんを心配するようなものは一切でなかった。あるのは悪意や害意に塗れた嫉妬の塊。概ねこうして騒ぎ立てる女子の面子は決まっている。御堂林さんに好意的な者はその者たちに押し込められじっと身を潜めている。
「はいはい静かに、教科書・・・・えぇっと、何ページだったかな・・・・・」
然も聞こえませんとばかりに教師は授業を始める。陰口を注意することも止める気すらない。担任じゃない教師は面倒ごとはごめんだとばかりに無視を決め込むようだ。
その態度にほとほと呆れがくる。
この学校の教師はクソが多い。
あいつらは面子と世間体と労働時間ばかりを気にして、面倒ごとには蓋をして焦げてなくなるのをただ待っている。下手に蓋を開けて燃えるのが怖いんだ。どの教師も責任を取りたくないって姿勢が見え見えだ。
黒板にチョークを走らせる音がやけに甲高いのは苛立ちからだろう。
そんなくだらない
昼休み時間は何時も無駄に騒がしい。
自らの優位性と立ち位置を確認したい奴らがここぞとばかりに群がりだす。そうやって自分がくだらないコミュニティーに居場所があるのだと安心を得ようとしている。
ほんとここは居心地が悪い。
くだらないグループに絡まれても面倒なので僕がいつもの場所へ行くことにする。
バッグを手にしてふと前を見ると御堂林さんは朝と同じように本を読んでいた。
机の上にはコンビニで買ったと思われるサンドウィッチと紙パック入りのスムージー。御堂林さんのお昼は普段からこんな感じで弁当を持ってきたことは今まで一度もない。
一人暮らし、なのかな?
一人暮らしという言葉に妄想が広がりそうになっていたところで、御堂林さんへと誰かが近づく気配を感じた。
あいつ・・・・・。
それは朝騒いでいた女子の内の一人。
そんな女子が御堂林さんに近づくなんて嫌な予感しかしない。僕は何かが起きる前に止めようと手を伸ばし・・・・・・・・・かけたところで手を止めた。
その直後、そいつがわざとらしくよろめく。
演技と呼ぶにもあまりにもワザとらしい動きで、そいつは御堂林さんの机の上からサンドウィッチを床に払い落とした。
「おっと、ごっめぇん。あたし今日貧血気味でさぁ、ちょっと立ち眩みしちゃったぁ」
そう言いながら「あはは」と笑い声をあげる元気な自称貧血女。
こいつは御堂林さんに嫌がらせをする女子の筆頭の前田美乃和だ。クラスの女子ヒエラルキーのトップにいるやたらとケバイ女だ。
笑っている前田に目もくれず、落とされたサンドウィッチを御堂林さんが拾う。それをコンビニの袋にしまうと御堂林さんはまるで何事も無かったかのようにまた本を読み始める。
「ちょっとあんた・・・・・」
それが面白くなかった前田が濃い化粧で覆われた顔を醜く歪め手を振り上げた。
「そ、それはやばいよ、みわっち」
「・・・・・・ッ」
だが近くにいた別な女子がすかさず止める。
御堂林さんに分かりやすい傷が出来れば大問題になると分かっているからだ。
前田は忌々しそうに舌打ちをすると御堂林さんを睨む。
嫉妬で嫌がらせすんじゃねぇよクソが。
そんな前田に僕は腹立たしさを抑えきれず思わず前田を見上げた。その時前田の着けているどぎつい香水の臭いが鼻に付きつい目じりに皺が寄ってしまう。
この手の嫌な奴はそれを目ざとくも察知する。
「んだよ、タクロー。きめぇ顔でこっち見んじゃなぇよ」
醜悪な表情で僕を睨む前田。
僕はさっと目を逸らしそそくさと席を立つと足早に教室を出て行く。
「うっわ、だっさ。逃げんてんじゃねぇよ、ばぁか」
教室から追っかけてくる罵倒に僕は唇を噛みしめた。
「ヤリマンクソ女が粋がってじゃねぇよ! クソ、クソ、クソ!!」
校舎の裏手には人がまず来ない。お昼時ともなれば、こんな日の当たらない場所に好き好んでくるのは・・・・・・僕くらいなものだ。
地面に生える草に八つ当たりするように何度も踏みつぶし、納まりがつかない苛立ちをぶつけ散らす。
「ブスが僻みやがって、化粧がくせぇんだよ。どんだけやっかんでもてめぇはあの人みたくは成れねぇんだよ、ブス! それに、僕はタクローじゃねぇ。達郎だ!!」
ムカつく、ムカつく、ムカつく。
イライラに心臓を掻きむしりたい。
「あんな奴ら・・・・・僕が、僕が主人公だったらズタズタに引き裂いて、二度と表に出れないくらいにぶちのめしてやるのに」
殴りたい。殴って泣かせたい。涙と鼻水で汚れた顔を嫌というほど足の裏で踏みつぶしたい。泣き叫ぼうが喚こうが何度でも何度でも。
「この世界の奴らは皆クソだ。誰も何もしない出来の悪いNPCばっかりだ・・・・・・・・あぁ本当のクソゲーだ。こんなのバグだらけの失敗作だ」
暫く暴れて疲れた僕は座り膝を抱えた。
犬走のコンクリートは冷たくひんやりとしている。それが妙に心地よく苛立ちが薄れていく気がした。そして代わりにやってくるのは何とも言えない空虚感。
「はぁ、ごはん食べよ」
それらを忘れるように僕は弁当を胃の中に掻き込んでいった。
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