006 『初日の終わり』
「まったく、折角いいところでしたのに……」
「いいところって、一体何考えてるのよ、あんたはっ!」
少女たちの声が聞こえる。勿論、それが誰のものかはもう考えるまでもない。
「……ふむ」
目を開けると、その金髪を振り乱してレイアが依織に文句を言っている姿が見えた。時計を見ると、風呂に入ってからそう時間が経っていない。今回は結構早く目が覚めたようだ。
というか、起きた俺に気づいたそぶりもなく二人は言い争っている。巻き込まれたくないので、このまま放置しておきたい気もするが、流石にそうはいかなだろう。
少々痛む顔を抑えつつ、身体を起こす。まぁ我慢できないほどではない。
「お前らって、本当に相性悪いんだな……」
しみじみ思う。ここまで仲が悪い間柄というものは、今まで見たことがない。
「あっ、彰さん!」
「やっと目を醒ましたのね」
気づいてこちらを向く二人の声には安堵が含まれている。一応は心配してくれていたようだ。
「ったく、前も言ったが、もう少し加減してくれよな」
大事はないといっても、痛いものは痛いのだ。それに打ち所が悪ければ、どうなっていたか。
「そうです、本当にあなたは何を考えているのですか!」
「ちょっと、元はといえばあんたが悪いんじゃない!」
俺のぼやきに追従してレイアを責める依織と、それに対し依織が原因と言い返すレイア。しかし、俺にはどちらの言い分が正しいのか分からない。
「とりあえず、待て! 今回は何で言い合ってるんだ。まず俺にもわかるように説明してくれ」
まずは状況を理解する、話はそれからだ。
ということで、二人から聞いた事情をまとめてみるとこうだ――、
俺が風呂に入った後、依織が風呂に入ろうとしたところレイアに止められる。
しかし依織はレイアを糸で動けなくして風呂に入ってきた。
依織の糸を何とか解いて、文句を言うためにやってきたレイアだが、怒りで俺も風呂に入っているということが抜け落ちており、いきなり裸の俺を見て驚いてしまう。
糸を解くためにもがいたこともあり、結び目の弱まっていたバスローブがその拍子に脱げてしまい、色々と焦ったレイアは俺の顔を尾でぶってしまった。
「……どう考えても依織が悪いな、これは」
そもそも依織が風呂に入ろうとしなければ、なにもおこらなかったのだから。原因は依織にあるといっていいだろう。
「うぅ、申し訳ありません、彰さん……」
反省した様子で、頭を下げる依織。まぁ悪いと思っているなら、そこまで責めるつもりはない。突然入ってきたのには驚いたが、俺も嬉しかったのは事実だし。
「ほら、やっぱりあんたが原因じゃない。分かったなら、もっと頭を下げて許しを請いなさい。申し訳ありませんでしたって、この国には土下座とかいうのがあるんでしょ?」
「くっ、……誰もあなたに謝ってなんかいません。私は彰さんに、謝っているんです」
「何ですって……!」
「だから、落ち着けって! お前らは何でそうすぐに喧嘩しだすんだか……!」
確かに依織の態度も悪かったが、レイアの言い方にも問題があるだろう。あそこまで言われたら、流石に俺でも謝る気にはなれない。
「だって、こいつが……!」
「お前は言いすぎだ。糸でやられて頭にきてるのは分かるが、お前だって俺の顔を叩いて気絶させてるんだし、なにも悪くないわけじゃないんだからな」
「それは、そうだけど……」
そもそもレイアに一方的に依織を責める権利はないのだ。被害者ではあるが、同時に俺にとっては加害者なのだから。彼女の事情も分かるので、ことさらそれを責めるつもりはないが。
「それと依織。レイアの言い方も悪かったが、お前が原因なんだから、ちゃんと謝るんだ」
「……はい。レイアさん、申し訳、ありませんでした」
しぶしぶといった様子ではあるものの、依織も今度はちゃんとレイアのほうに頭を下げた。
「うん、それでいい。レイアも、もうわざわざ突っかかるようなこと言うなよ」
「分かったわよ。さっきはあたしも言い過ぎたかもしれないし、もういいわよ、ふぁ……」
「んじゃ、この件はこれで終わりだ。っと、もうこんな時間か……」
時計を見るといつの間にか十一時前になっている。寝るには少し早い気もするが、疲れているレイアがあくびをするのも仕方ないだろう。
「今日はもう遅いし、そろそろ寝るか。まだ色々話すことはあるかもしれないが、それは明日にしといてさ?」
「えぇ、それで構わないわ。それより、さっさと寝る場所に案内して頂戴」
「はい、彰さんがそうおっしゃるのでしたら、私は異論ありません」
ふぁあ、と眠気を隠さずに言うレイア。対照的に、依織のほうはあまり眠そうではないが、特に文句はないようなのでよかった。
「それじゃあ、部屋に連れて行くからついてきてくれ」
庭に繋がる廊下を渡り、そのまま二人を客間である普段は使われていない部屋に案内する。
畳敷きの部屋には箪笥やテレビ、時計などの最低限のものしか置かれてないが、そこそこの広さはある。無駄に広い家なので、部屋にもかなりの余裕があるのだ。
「布団や枕はこの中にあるから、好きに使ってくれ」
押入れを開けて布団などを見せて説明しながら、そもそも二人は使うのか、使うとしたらどのように使うのか、という疑問が沸いたが聞くようなことではないだろう。
「もうどうでもいいから、寝させてもらうわ……。はぁぁ……」
限界というように眠そうな様子で押入れから布団を引っ張り出すと、そのままそれを身体に羽織り部屋の真ん中でとぐろを巻くレイア。どうやらこれで眠るらしい。
「なんというか、独特な寝方だな……」
しかし、そんな俺の言葉も聞こえてないようで、レイアはもうすっかり目をつぶり寝息を立てている。疲れていたのか、それとも蛇だからなのかは分からないが、凄い寝つきの良さだ。
「彰さん、いつまでもここにいるわけにも行きませんし、私も案内していただけませんか?」
「ん、あぁそうだな。それじゃお休み、レイア」
ついその独特な寝姿に見入ってしまい、依織のことを忘れていた。部屋の電気を消して戸を閉め、レイアの部屋を後にして、そのままその一つ隣の部屋へ依織を案内する。
「基本的に作りもさっきの部屋と同じだし、好きに使ってくれてかまわないから」
内装も物の在り処も、先程レイアを案内したのとほとんど同じ部屋だ。
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、俺はここから一番奥、玄関の手前の部屋にいるから何かあったら言ってくれ」
「分かりました、本当に色々とありがとうございます、彰さん」
丁寧に頭を下げる依織。礼儀正しく家事上手、レイアとの喧嘩さえしなければ、本当にいい娘である。……下半身は蜘蛛だけど。
「それじゃあ、依織もお休み。また明日な」
「えぇ、おやすみなさい、彰さん。これからよろしくお願いしますね」
そう見送られて、俺は依織の部屋を後にした。
自分の部屋の布団に入り、ようやく一息つく。
「……疲れた」
今日は色々あった。いや、色々ありすぎた。生きてきた中で、一番濃い一日と断言できる。
学校帰りにドレス姿のレイアに出会い、彼女を連れて家に帰ったら大仰な着物を着た依織が居て、しかも実は二人は人間でなくラミアと女郎蜘蛛で、親父達が旅行に行っててそのまま三人で暮らすことに。そのうえ、俺と手を繋ぐと身体が変わるという変な現象まで発覚するとか。
「どんだけありえないんだよ……?」
ここまで色々ごちゃ混ぜなのは、漫画やゲームの世界でもない。いくらなんでも無茶苦茶すぎるだろう。よく意識が追いついたものだと、我ながら感心する。
まぁ色々ありすぎて麻痺していたといったほうが正しいのかもしれないが。
「しかし、何も解決してないんだよな」
レイアも依織も色々事情があるみたいだが、それが何かどうすればいいのか分からない。そもそもあの二人の仲の悪さはどうにもならないわけで。
「下手したら、家壊れるんじゃないか、あれって?」
人外の能力を完全に活用して、本気であの二人が争ったらと考えると空恐ろしい。実際巻き込まれて気絶してるのだから。どうにかしてあいつらを仲良くさせたいが、多分無理だろう。
「それに悪いことばっかりじゃないんだよな」
依織は家事をやってくれるといってたし、料理も凄く美味かった。家事が苦手な俺にとって、これからの生活における救世主といえる。まぁ風呂のときみたいにいきすぎなこともあったが。
レイアも依織が暴走するのを止めてくれたみたいだし、育ちのせいなのか色々上から目線な発言なこともあるが、悪いやつじゃない。
「なにより、可愛い」
二人とも早々お目にかかれない超絶美少女である。下半身に目を瞑れば、だが。
「というか、なんか慣れたしな」
下半身が蛇と蜘蛛で、二人とも人間じゃないとしても、レイアはレイア、依織は依織である。出会って一日経ってないが、あれだけ話したならわざわざ怖がる気にはならない。
「ふぁあ……。あぁ、もう寝るか」
いつの間にか、布団に入ってから結構な時間が経っていたらしい。いい加減、まぶたが重くなってきた。明日のことは明日考えればいい、なるようになるだろう。
そんなことを思いつつ、ようやく俺は長い一日を終えたのだった。
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これで導入の第一話相当部分の完了です。
感想などいただけるととても嬉しいです。
そして現在魔法少女?ものを連載しております、よろしければそちらもお読みいただけると幸いです。
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