002 『下半身が……!』

「うん、まるでわけが分からない」


 思い出して整理しようにも、まるで意味不明な展開なのだから整理のしようがない。

 ……本当に、どうしてこうなった。


「ちょっと、だからどうしたのよ、いきなり黙り込んで?」


「はい、お体の具合が悪いのでしたら、一度お休みになられたほうが……」


 二人からの再度の指摘に意識を切り替える。これ以上思い出したところで何が変わるわけでもない、いい加減現実を直視するべきだろう。


「あー、すまんちょっと色々考え事をしててな。別に身体とかは大丈夫だから、心配要らない」


 テーブルセットに座っている俺達だが、レイアは椅子に尾を巻きつけてとぐろを巻いており、依織にいたってはそもそも椅子に座らず八本の蜘蛛脚を少し折り曲げただけだ。もはや二人とも自分が人外であることを隠そうともしていない。


「で、結局お前らは何なんだ、いったい?」


 そんな俺の問いに対して返ってきたのはレイアの簡単な答え。


「ラミアよ」


「……まぁそうだよな」


 上半身は美女で下半身は蛇。どこが発祥かは分からないけれど、ファンタジーではお馴染の魔物――ラミア。


レイアの姿はその伝承に違わず、上半身は金髪碧眼おまけに巨乳の西欧風の美少女であるが、ドレスから伸びているのは、綺麗な翠の鱗に覆われた蛇の尾である。


最初に俺が気になった音は、多分服の裾を引きずる音ではなく、その蛇の身体を引きずる音だったのだろう。そんなどうでもいい勘違いに、今更ながらに気がついた。


「私はなんなのでしょうか……?」


 レイアとは反対に逆にこちらに聞いてくる依織。記憶喪失らしいので、仕方がないことかもしれない。だが、依織自身が分からなくとも、ある意味レイア以上に日本人にはなじみがある存在といえよう。


黒髪黒瞳に着物姿と、純和風の大和撫子美少女な上半身であるが、その着物の裾から覗くのは黒と黄の縞模様。細長く硬そうな八つの脚と、楕円に膨らむ蜘蛛の腹部。ここから導かれる彼女の正体はもはや確定している。


「女郎蜘蛛だろ、どうみても」


そう、上半身は美女で下半身は蜘蛛、さらに和装ときたならば、日本において古くから伝わる妖怪――女郎蜘蛛である。


「なるほど、確かに言われてみればそうですね……!」


 自分が女郎蜘蛛ということは気付いてなくとも、女郎蜘蛛という言葉自体は知っていたらしい。納得したように頷く依織。本当に都合のいい記憶喪失である。


 それはさておき、俺の前にいる二人はラミアと女郎蜘蛛であることが判明した。


「で、それがどうしてここに?」


「どうしてって、あんたが連れてきたんじゃない」


「なにぶん記憶がないもので……」


 ……言われてみればそうである。


レイアに関しては半ば強制的だった気もするし、依織は帰ったとき既にいたわけだけれど。


「そもそも、勝手に俺が勘違いしただけか」


 彼女たちは最初から自分が人間であるとは一度も言ってない。だからといって、この正体を想像しろというのは無茶な話であるが。


「なら、これからどうするかを考えるか。お前らはどうしたいんだ?」


 過ぎたことをあれこれ話すよりも、今後のことを考えるほうが建設的だ。とりあえず、二人の意見を聞いてみることにする。


「あの、もしよろしければ私をこの家に置いてもらえませんか……」


「あぁ依織は記憶喪失なんだから、行く当てもないんだよな」


「無理なお願いだとはわかっています、けれど彰さん以外に頼れる人がいないんです」


「だよなぁ」


 縋るように美少女からそんなことを言われて、断れる男はいない。たとえ下半身が蜘蛛だとしても、テーブルを挟んで見える依織の姿は完全無欠に絶世の美少女なのだから。


「まぁいきなり追い出すわけにもいかないしな。記憶が戻るまで、うちにいたらいいさ」


 でかけているらしい両親が帰ってきたらどうにかして説得する必要があるが、我が親ながら変人過ぎる二人なら、なんとか了承してもらえるだろう。


「ありがとうございます……!」


「そんなかしこまらなくてもいいって。俺としても、依織みたいな可愛い女の子とお近づきになれるのはありがたいしな」


「そっ、そんな、からかわないでください!」


 かしこまったような顔から一転、頬を赤く染めて照れる依織。本当に愛らしい。この可愛さの前では、他の事は何もかも些細なことだ。


照れ顔の着物美少女を生で拝めるなんて、本当に生きててよかった……!


「それにしても、まったく怖がらないのね」


 そんな俺と依織の様子を眺めて、レイアがどこか感心した様子で呟いた。


「ん? 怖がるって、なにを怖がるんだよ?」


「あたしやそいつの姿に決まってるじゃない。普通人間ってあたし達みたいな魔族、あんた達から見て普通と違う存在を恐れて、排斥しようとするんじゃないの?」


 テーブルで隠れていた蛇の尾を伸ばし、こちらに見せ付けるレイア。こうして見せられると、改めて彼女が人外なのだと思い知らされる。けれど、別にそれが怖いとは思えない。


「なんだか色々ありすぎて、麻痺してきたのかもな。それに話してたから、言葉が通じるって分かってるしさ。二人とも別に俺を獲って食おうだなんて思ってないだろ?」


「あたりまえでしょ、わざわざ人間なんて食べないわよ」


「えぇ、そんなつもりありません」


 当然といった様子で否定する二人。ここでもし食べるつもりだなんて言われたら、流石に逃げ出すところだったが。


「だったら、怖がる必要なんてないだろ?」


 肌の色や顔立ちが違う外人が普通に出歩いているのだ、たとえ下半身が異形でも話が通じるなら問題ない。期待していたような脚を拝めなかったのは少し残念ではあるが、上半身は二人とも完全に美少女なのだから問題ない。


「あんたって、変わってるのね」


「褒め言葉として受け取っておこう。で、お前はこれからどうするんだ? 居候が一人になろうと二人になろうと、部屋なら問題なくあるぞ」


「なら、しばらくここを使ってあげるわ。あたしが泊まってあげるんだから、しっかりもてなしなさいよ」


 当然でしょ、とでもいうような言い草。

依織とは正反対な、感謝の欠片もない横暴な態度である。別にお礼の言葉を期待してたわけじゃないが、なんだか微妙な気分だ。


「何様のつもりなんですか、あなたは。そもそも爬虫類に礼儀を期待するのも無駄なことなのかもしれませんが」


「言ったわね、この虫風情が……!」


「あぁもう、だから喧嘩するなって!」


 いがみ合う二人をとめる。このままいくとすぐまたさっきの二の舞になりそうだ。流石に家の中で人外大決戦は勘弁してほしい。


「とりあえず、依織もレイアもうちにいるのは構わないから、喧嘩するのはやめてくれ」


「ですが……」


「なんであんたの言うこときかないといけないのよ」


 不満そうな二人だが、さすがに俺もここは引き下がるわけにも行かない。これを放置したら、これからどうなるか分かったものじゃない。


「もしそのまま続けるつもりなら、二人とも出てってもらうぞ。喧嘩するなら外でやってくれ」


「それは……」


「ふん……」


 納得いかない様子ながらもどうにかおとなしくなる二人。睨み合ってはいるが、流石にそこまではとめようがない。空気を変えようと、二人に向けて手を差し出す。


「とりあえず、これからよろしくな」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


「ほら、光栄に思いなさいよ」


 依織が嬉しげに、レイアが仕方なくといった様子で、俺の手をとる。


「んっ?」


 手をつないだ瞬間、何かがそこから伝わっていくような変な感覚がした。見ると二人もなにかを感じたらしく、戸惑った顔をしている。


ぱさり。と、布の落ちる音がした。見ると、二人の大きく膨らんでいた裾やスカートが萎んでいる。


「一体何が……!?」


「なっ、なんなのよこれっ!?」


 萎んだ下半身に空いている手を当て、驚愕している依織とレイア。しかし変な感覚はしたものの、俺は別になんともない。それに対して、二人はなぜか硬直している。


「二人とも、どうしたんだ?」


「これを見てください!」


「これを見なさい!」


 硬直から戻った二人はテーブルを回りこみ俺の目の前にくると、いきなりそれぞれ着物とスカートを捲くり、その中身を見せ付けた。


「んなっ!?」


レイアはやはりスラリと長いモデルのような美脚。踏まれたい、足蹴にされたい、そう心の底から願ってしまう。それほどに、まるで誘惑の魔力でもあるのかと思える魅力的な脚である。


依織はまるで人形のように華奢で滑らかな肌の白磁の脚。壊れ物のようなその儚い脚を、許されるならこの手で撫でまわしたい。そんな、人ではありえない作り物めいた美しさの脚だ。


――二人とも、服の上から俺が妄想したような、いや、それ以上に素晴らしく、そして魅力的な美しい肢体を、惜しげもなく晒していた。


 しかも、それだけではない。彼女達が俺に見せているのは脚だけではなく、その腰から下の全てなのだ。そう、つまりはその下半身。パンチラとかパンモロとかいう話ではない、本来なら隠して秘されるべき部分までも、下着すらつけずあけすけに俺の前に晒しているのだ。


「おっ、お前らいきなり何を見せるんだよ!?」


 まさか、いきなり露出趣味に目覚めたとでもいうのか……!?


 戸惑いの声を上げながらも、俺は二人の身体から目を放せない。


「ほら、もっとちゃんと見なさいよ!」


「そうです、もっとしっかり見てください!」


「いや、そんなこと言われても、一体なにが……!?」


 鬼気迫る表情の二人に詰め寄られる。が、当然二人とも下半身は丸出しのままだ。下半身露出美少女二人に詰め寄られて、俺は眼福としか言いようがない光景を更に目に焼き付けていく。


「あたしの身体が人間になってるじゃない!」

「私の身体が人間になってるんですよ!」


「あっ、言われてみれば……!」


 その言葉で、ようやくその異常に思い当たる。二人が見せる裾の中身はごく普通の人間の下半身だ。蜘蛛脚や蛇の尾が覗いていたはずなのに、それがどこにも見当たらない。


「正直、そっちに気づく余裕なかったからな」


 いきなり露出されたこと、そしてその魅力的過ぎる身体に気をとられ過ぎて、その中身が人間のものになっているのがおかしいと気づく余裕なんてなかった。だが、冷静になれば確かに彼女たちが動転するのもよくわかる。いきなり自分の下半身が変化したら誰だって驚くだろう。


「っておい、お前らそれ……」


 唐突に、その変化がわからないぐらいに一瞬で、彼女たちの下半身は変化していたのだ。


「へっ?」


 きょとんとした依織が自分の身体を確認する。着物の裾から覗いていた二本の脚はなくなり、その代わり黒と黄の縞模様の蜘蛛の身体がそこにあった。蜘蛛の身体は見ると薄く産毛のようなものに包まれているのが見て取れる。


「あっ」


レイアのほうも依織と同じく視線を下に向ける。先程まであった人の身体の代わりに、ドレスの中にあるのは翠の鱗に包まれた長い尾だ。腰の辺りから鱗が身体を覆い始め、そのまま蛇の尾が伸びていることがよくわかる。


 そんな風に見ていると、自分の身体を確認した彼女たちが、俺のほうを向いて声をあげた。


「あっ、彰さん!」


「ちょっと、彰っ!」


 そう、元に戻ったのはいいが大きな問題がひとつあった。


元の人外の身体になっても丸出しであることに変わりはない。依織は上半身と下半身の境目部分、蜘蛛の身体の産毛に隠れるようにして、レイアは腰周りの鱗と人肌の境目のV字になった部分から、女性としての大事なところがあらわとなっていたのだ。


「えーと、その、なんだ……」


そして、よく見ろと言われた状態のままで、つい見慣れない人外の身体をまじまじと眺めていた俺は、当然ながらその部分にもしっかり目をやってしまっているわけで。


「見ないでくださいっ!」


「なに見てるのよっ!」


「そっちは普通に恥ずかしがるのかよ!?」


 人間の時にはまったく恥らっていなかったじゃないか。そもそも二人のほうから見せてきたというのに……。

 そんなことを思いながら、顔を真っ赤にした二人の脚と尾の同時攻撃を受けて、俺は意識を失うのだった。

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