033 『思い違い』

「まずは、小手調べといこうかの」


 そう言うと、空亡は手元の半球を撫ぜる。すると、そこからまるで揺らめく影のように黒くおぼろげな、狼のような姿をした四足の獣が現れた。


「あそこまで啖呵を切ったのだ、我を失望させてくれるなよ?」


 空亡が獣を俺に差し向ける。揺らぐ口を広げこちらに向かい突進してくる獣。

 恐ろしくはあるが、その恐怖を押し殺して前を見据える。そして、鞘を放り投げるように、手に持った刀の刀身を抜き出す。


「っせいッ!」


 両手に力をこめ、迫り来る獣に向けて刃を振り下ろす。


しかし、手ごたえは無かった。だが、獣の姿もどこにも無い。

 まるで刀に吸い込まれるように、刀身に触れた先から獣は掻き消えていったのだ。


「よし……! やっぱり、これが……!」


 この刀があの古書にあった神すら絶つという武器なのだろう。これがあれば、空亡と戦うことも不可能ではないかもしれない!


「ほぅ、一刀に我が獣を葬るとは、その刀なかなかに面白いのう。いったいどうやっておるのか、もう一度見せてくれぬか?」


 意気込む俺を気にした風も無く、寧ろ空亡のほうはこの刀に興味を持ったらしい。

 また先ほどと同じように半球から黒い獣を生み出してこちらに向けてきた。


「さっきと同じなら、問題ない!」


 早くはあるが、直線的に迫る獣に刀を振り下ろすのは難しくは無い。先ほどと同じように刀を獣に振り下ろす。やはり、手ごたえも無く獣は掻き消えていく。


「なるほど、その刀、触れたものから魔力を吸い取っておるわけか。では、これならどうなる?」


 実験でもするかのように好奇心を滲ませた声で言うと、空亡はまた獣を半球から生み出した。

 黒くおぼろげな四足の獣。姿形は先ほどとまったく同じ、けれどその大きさはこれまでのゆうに三倍は超えていた。今までがせいぜい中型犬程だったのに対し、一気にライオン以上の大きさになっている。


「おいおい、冗談だろ……」


 しかしそんな俺の言葉が届くはずも無い。これまでと同じように獣は空亡の命に従い、その巨躯に見合わない速度で俺に突進してくる。


 対して俺は、今までのように真正面から迎え撃つのではなくその巨体をかわし、刀を横薙ぎに振るう。先ほどと違い触れた瞬間消え去りはせず、確かな重みが腕に伝わってくる。


「っぐ!」


 取り落としそうになる刀を握り締め、俺は力任せに刀を振り抜いた。


「はあッ……!」


 荒く息をつく。腕が少し痺れているが、獣の姿はどこにも無い。


 一瞬で消え去るということは無くても、なんとか刀を振りぬけた獣は今までのように消し去ることができた。たとえ相手が大きくても全く効かないわけじゃない、すぐに消えないだけで効果はあるのだ。


「こんなこと、どれだけやっても無駄だぞ。俺にはこの神断ちのけんが、お前を倒した武器があるんだからな……! だから、考え直す気はないか、さっきいった提案のことを?」


 実際には限界ぎりぎりだが、それでも刀を掲げて精一杯の虚勢を張る。たとえ確立が零に近くても交渉だけならタダだし、もしかしたら警戒して妥協してくれるかもしれない。


 そう考えて言い放った言葉だが、それを聞いた空亡は俺のつま先から頭までを見回し、不思議そうに首をかしげた。一体、なにがおかしいというのか。


「我を倒した武器? そんなものどこにある? その刀は面白いものだとは思うが、我はそのようなものこれまで見たことも無いぞ? 確かに、我を倒した霜神の末裔たるお主は受け継いでおるのかもしれんが、まるで力は出ておらんではないか」


「なっ!? この刀を、見たのが始めてだと……?」


 何気なく言った空亡の言葉に驚愕する。だが、考えてみれば空亡はこの刀のことを全く知らなかった様子だ。ならばその反応も頷ける。


 けれど、だとしたら空亡を真っ二つに断ったとする武器はどこにあるというのか? これまで空亡が封印され、そして今の上半身だけの姿からすると存在はしているはずなのに。


「まぁ何を悩んでおるのかはわからんが、いい加減その刀も飽いた。お主の提案など呑むつもりは毛頭ないが、そろそろ終わりにするかのう」


「何を……!」


 警戒する俺を尻目に空亡は先ほど俺が倒した巨大な獣を半球から生み出す。それも、今度はこれまでのように一匹だけではなく、次々と。


「どれだけやっても無駄と申したが、これではどうだ? さぁこれをどう退けるか、見せるがよい。できるものなら、の」


 そう空亡が告げると、巨大な五匹の獣が一斉に俺に迫り来る。


「くっ……」


 刀を構えるが、一匹だけでも苦労したそれを同時に五匹など相手にできるはずが無い。


 ――万事休す。そんな言葉が頭をよぎったその瞬間、


「燃え尽きなさい!」


 そんな叫びとともに、ごう、といきなり俺の眼前で強烈な炎が燃え上がる。

まるで壁のように燃え盛る炎に飲まれ、俺に飛び掛った獣達は一気に燃え尽き、唯一少し遅れたお陰で生き残った獣も、炎を恐れてその手前で立ち止まる。


「いったい何が……? それに今の声は、レイ――うわっ!?」


 訳も分からずそう呟きかけたところで、いきなり身体が何かに引っ張られるように宙に浮かぶ。そして、そのまま神社の境内にある茂みまで引き寄せられた俺は、そこで誰かに抱きかかえられるようにしてようやく止まった。

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