047 『繭と刀と黒い蜘蛛』
白い。ただ、白い。上も、下も、右も、左も、前も、後ろも、一面が白で覆われている。
緩やかの曲線を描くそこに、俺は丸まったような体勢で入っていた。
「ここは……?」
手で押すと柔らかな感触で押し返される、まるで糸で編まれた繭のような白い空間。
そして、そこまで考えてなにがあったのかに思い至る。
「そうか、俺は捕まったのか」
蔵から出たところで、無数の蜘蛛に糸を吐きかけられたところまでは覚えている。そこで気を失った俺を、蜘蛛達がこの繭に閉じ込めたということだろう。
「で、これからどうするか。そもそも、ここからどうやって出たものか……」
押したり引っ張ったりしても全く破れる気配がない。刃物でもあれば何とかなったかもしれないが、生憎そんなもの持ち歩いてはいない。
しかし、このまま何もせず待っているというわけにもいかないだろう。そもそも、襲ってきたのが蜘蛛ということからして、どう考えても依織がかかわっているのだから。
「いや、そう考えると逆に待つってのも、選択肢としてありではあるのか」
こうやって閉じ込めているということは、俺をどうにかするつもりがあるのだろう。そして、このままではあちらからも何も出来ないのだから、いずれはこの繭を解くはずだ。
そうなると、変に動いて体力を消耗などはするべきでない。自力で脱出が出来そうにないのなら、来るときに備えて待つのが良さそうだ。
「しかし、あいつは一体……」
自力で出ることを一時おいて考えごとを始める。勿論、依織について。
今の彼女の状態は、忘れていた何かを思い出したことによるはずだ。ならば、その思い出したこととは何か? その手がかりは、彼女の言葉、そして夢に含まれている。
「『ここで殺された』、か……」
依織が言っていたことを反芻する。
確か俺を見て『霜神の、憎きあの男の末裔』とも言っていた。更に、蔵に入ったときに彼女が覚えていた、刀で貫かれたという夢の内容。それらを組み合わせればおおよその想像はつく。
「俺の先祖に、あの刀で貫かれ殺されたってことか」
夢は彼女の記憶、そしてそれを見るようになったのはあの刀に触れたから。
蔵の地下にあったあの部屋と『ここで殺された』という言葉を考えると、場所的な理由もあるのかもしれない。
「で、それを整理すると……」
依織の正体はかつてここで殺された女郎蜘蛛で、全てを思い出した彼女は憎い相手の子孫である俺を襲った。あの白い蜘蛛達は、記憶を取り戻したことで使えるようになった彼女の能力。
「そう考えるのが一番順当、なんだけどな……」
どうにもあの俺を襲った彼女と、依織が同一人物とは思えないのだ。
見た目は全く同じだし雰囲気も似ている、けれど何かが違う。記憶の有無のせいと言えばおしまいなのかもしれないが、それだけの差ではないように思えてしまう。
「結局のところ、本人に聞くしかないか」
教えてくれるか、そもそも話し合いに持ち込むこと自体が難しそうだが。
それに考えてみると何故記憶を失っていたか、まずどうやって蘇ったのかなど、まだまだ分からないことは沢山ある。これまでのことだって、結局は全て俺の憶測でしかないのだから。
「だから一度会って話したいんだが、こっちからはどうにもならないんだよな。早く来てくれると、そして落ち着いてくれてるといいんだがなぁ……」
考え事が一段落するも、一向に繭が解かれる気配はない。
そして、駄目もとでもう一度自力で抜け出せないか試してみようかと思ったとき。
「って!? ちょっ!?」
――いきなり、目の前の空間に刀が突き出された。
しかも俺が驚く間に、刺された穴が広がるようにして繭が消え去り解かれていく。
「ようやく、来たのか……!」
俺をここに捕らえた相手が。
けれど、身構えた俺の前にいたのは全く予想外な存在だった。
「どうして蜘蛛が……? それに、ここは依織の……?」
繭から出た俺がいたのは依織の部屋、けれどそこにいたのは部屋の主である依織ではなく刀を咥えた一匹の蜘蛛。
大きさは先ほどと同じ子供程のサイズだが、あのときの蜘蛛達と違って色が黒い。しかも、その一匹の蜘蛛以外に他には何もいない。依織はおろか、他の蜘蛛達すら。
「お前が助けてくれた、のか……?」
伝わるはずもないだろうに聞いてしまう。しかし、その言葉を理解したかのように蜘蛛は頭を軽く下げると、咥えていた刀を俺のほうに差し出してきた。
「これ、あの刀か。なるほど、だから繭が消えるように解けたのか」
蜘蛛が渡してきたのは空亡の戦いで用い、そして依織がおかしくなるきっかけとなってしまったあの妖刀だった。魔力を吸うというその特性で、あの繭を消し去ったのだろう。
「でも、なんでこれを? いや、そもそもどうして俺を助けてくれるんだ……?」
この蜘蛛は依織の配下じゃないのだろうか? 少なくとも、蔵から出た俺達を捕らえた奴らはその命令を聞いているようだったが。
「もうっ、なんなのよ、これは!」
俺が戸惑っているなか、苛立った声が響いた。けれど、部屋の何処にも俺と蜘蛛以外の姿はない。しかし、大きな繭が一つ鎮座していた。
しかも、バシ、ビシッ、ドンッ、と繭の中で何かが暴れているのが見て取れる。
「……そういや、お前も一緒に捕まったんだったな」
依織のことを考えていて完全に忘れていた。俺が蜘蛛に繭に閉じ込められたなら、一緒に襲われた彼女が同じ目に遭うのは道理である。
「こうなったら、もう何もかも全部燃やし尽くして……!」
「まてまてまて、んなことしたら下手すると家まで焼けるからな!?」
不穏な言葉を響かせた繭に、急いで刀を軽く突き刺す。すると俺のときと同じように、刀が突いた場所から穴が広がり繭は消えていく。
「あっ、彰! あんたも無事だったのね、っていうかもっと早く助けなさいよ!」
繭の中から出てきたのは予想通りの人物。助けられたのに理不尽なことを言ってくる半人半蛇の少女、つまるところのレイアである。
「おいおい、助けたのに文句なんて言うなよ。まったく、お前はいつもどおりだな……」
だが、ここまで予想外な展開続きだった為、ぶれない彼女の言動に少し和む。
「むぅ、なに笑ってんのよ? けど、助けてくれたことは勿論感謝してるわよ、今回も、それに、あのときだって。だから――」
「いや、何を……?」
そう言うとレイアは俺にその身体を軽く巻きつける。更に上半身で抱きつくようにして耳元で囁いた。
「ありがとね、彰」
「なっ、ちょっ……!?」
彼女の髪から柑橘系のシャンプーの香りが、そしてその豊かな胸の膨らみは俺の身体で形を変え、更にその腰下から伸びる蛇の尾が絶妙な加減で俺を締め付ける。つるりと冷たい鱗の感触や、軽い締め付けが心地いい。
そして、ちゅっ、という音と共に頬に伝わる柔らかな感覚。
「いや、お前、な、なんで、こんなこと」
「こっ、これは御礼よ、前の分も合わせた、ね。感謝しなさいよ、こんなことするのあんたが初めてなんだから……!」
そう告げる彼女の顔は真っ赤になっている。勿論、自分では見えないが、俺も同じようなものだろう。本当に、戻ってきてからの彼女は色々と大胆すぎる……。
そんな風に俺達が赤面で固まっていると、ドンッ、大きな音が響いた。
「ひゃっ!?」
「うわっ、なんだ!?」
驚いた拍子にそのまま俺達は離れ、二人して音の鳴った方へ視線を向ける。
するとそこでは、表情こそないものの『状況を考えろ』とでも言いたそうな様子で、黒い蜘蛛が壁にその脚を叩きつけていた。……そういえば、こいつのことを完全に忘れていた。
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