046 『夜に見る白昼夢』
「もしかして、また夢を見てたのか?」
「あっ、そう、みたいです……」
夜に見る白昼夢なんておかしな話だが、やはりそうだったらしい。ならば、この蔵には何かがあるということか。
「それで、その夢なんですが、いつもと違って少し覚えてることがあるんです」
「覚えてることですって! あんたにしてはよくやったわ、これで何の手がかりがないことから前進ね! さぁさっさと話しなさい、このあたしが手伝ってあげるんだから」
「いや、はしゃぐなって。まだどんな夢だったかも分かってないんだから。下手に期待しすぎて、逆にやる気を無くすのはやめてくれよ。それで依織、何を覚えていたんだ?」
声を上げるレイアに釘を刺しつつも、やはり少しは期待してしまう。正直なところ、俺も蔵に入ってからは完全に依織任せで考えていた為、ここにきて夢の内容を覚えていると言われれば、それが重要なことかと思ってしまうのだ。
「刀、です。それも彰さんが空亡との戦いで使った、あの刀です。先ほどの夢ですが、それに身体を貫かれていたことだけが頭に残ってて……」
「物騒な夢だな……。けど、そういえば、前にあれを見て嫌な感じがするって言ってたな。ならまずはあの刀を持ってくるべきか、ちょっと待っててくれ」
そう言って、蔵の奥にしまった刀を取り出しながら考える。
依織が嫌な感じがすると言ったのは、あの刀が妖刀だからではなく彼女の過去にかかわるものだったからなのかと。だとすると、その記憶は決して良いものだとは思えない。しかし、このまま何もしないのでは依織はずっと夢に悩まされることとなる。
「どんな内容だろうと、過去は過去。もし辛い記憶でも俺達で支えれば、きっとなんとかなってくれるはずだ。依織だって、そんなことで折れるほど弱いやつじゃない」
自分自身に言い聞かせるように呟いて、刀を手に二人の下へと戻る。
「待たせたな。ほら依織、これであってるよな?」
「えぇ、そうです、ありがとうございます。では……」
俺から刀を受け取ると、鞘から刀身を引き出し眺める依織。刃を見つめるうちにその目はすぐに虚ろになる。まるで、焦点の合わない瞳でここではないどこかを見ているようだ。
「ねぇ大丈夫なの、これ? 明らかにおかしいと思うんだけど?」
「あぁ、多分夢を見てるんだと思う、嫌な白昼夢を。正直、そんなも見せたくはないが、これしか手がかりはないんだ。だから、もし依織の記憶が戻って辛いことを思い出したなら、俺とお前でそんなこと気にならないぐらい励ましてやろうぜ」
「分かったわよ。まぁこいつの記憶がどうであれあたしには関係ないけど、いつまでも落ち込まれてたんじゃ気が滅入っちゃうもの。面倒だけど、あたしも気合を入れてあげるわ」
「ただ、そもそもの問題はこれで記憶が戻ってくれるかってことなんだがな。刀を見てすぐこうなったから、きっと何かはあるんだと思うんだが」
蔵に入ったことで今までとは違い刀のことを思い出せたなら、その刀を見れば更に何か思いだすかと考えて持ってきたわけだが、何か確証があるわけではない。結局何も思い出せないという可能性もあるのだ。
記憶が戻ることを、けれどそれで彼女が落ち込みすぎないことを心配しながら見守っていると、ずっと刀に視線を向けていた依織が唐突に顔を上げた。
「ここ、は……」
感嘆とした、しかしどこか憂いを帯びた声を漏らす依織。それと同時に、効果が切れたのかその身体が彼女本来の八本の脚と丸い腹部を備えた蜘蛛のものとなる。
「何か思い出せたのか?」
問いかけるも、依織はこちらを見ようともしない。しかも、何故か床をその蜘蛛の脚で踏み抜いた。その先には、何故か地面ではなく石造りの床が広がっている。
「なっ、お前、一体なにを……!? それに、これは何だ……?」
「ちょっと、あたし達を無視して、いきなりなにをしてんのよ!」
いらだったレイアが手を伸ばすが、その手を一瞥もせずに依織は脚で払いのける。そして俺達を無視して踏み抜いた穴を広げると、彼女はその中へと飛び降りた。
「あっ、おい待て……! あぁもうっ、何だってんだ、くそっ!?」
俺も依織に続いて、穴へと飛び降りる。
脚が痺れはしたものの、何とか無事床に着地することが出来た。中の様子も、上穴から漏れる蔵の明かりのお陰でなんとか見渡せる。
「依織……!」
石造りの部屋の中、降りてすぐの場所で依織は立ち尽くし、何かを呟いていた。
その様子は、明らかにおかしい。流石にもう記憶を取り戻すとかそんなことは言ってられない、すぐに彼女を正気に戻さないと。
「一体どうしたんだよ……! 夢を見てるってんなら、早く醒めて元に戻ってくれ……!」
「私は、ここで、この刀で……」
肩を掴んで声をかけるも、やはり反応はない。
まるで何かに取り付かれたかのように、虚ろな瞳で淡々と言葉を漏らしていく依織。それは俺達が望んだように、確かに記憶を取り戻しているようにも見える。
「そうだ、――私はここで、殺された」
そう言葉を言った瞬間、彼女の瞳に光が灯りこちらに向けられる。その視線は、もう虚空を見つめるのではなく、しっかりと俺を捕らえていた。
「おい、殺されたって、お前……」
「あなたは、霜神の……。そうだ、憎き、あの男の、末裔……」
「いや、だから、何を言ってるんだ……? それに、何を……?」
夢から醒めはしたようだが、依織の様子は依然としておかしいまま。そして、こちらを見つめる依織は、おもむろにその脚を掲げると振り下ろした。
戸惑い、固まったままの俺へと向けて。
「なっ!?」
ガツッ、という硬い音が狭い部屋に響く。それは蜘蛛脚が、床を穿った音。
「外、した……」
不服そうに漏らす依織。
間一髪、俺の身体の一歩分前の床に、その脚は振り下ろされていた。石床にひびを入れるような一撃、もし身体に直撃していれば唯ではすまなかっただろう。
「た、助かったぜ、レイア……」
振り下ろされた脚から俺を救ったのは、上の穴から伸びる鱗に包まれた長い尾。間一髪というところで、レイアが俺の身体を引っ張ってくれたのだ。
「口を閉じてなさい、じゃないと舌を噛むわよ!」
「んなっ……!?」
身体に巻きついた尾に引っ張られ、俺は石部屋から蔵の中へと引き戻された。穴の先では、床を穿ったままで固まった依織がこちらを睨みつけている。
「とりあえず何が起きたのか分からないけど、まずはここを離れるべきだわ。心配なのは分かるけど、今のあいつは普通じゃないわ、あんただって分かるでしょ」
「だが、依織は……」
今の依織はおかしい。それは対峙した俺が一番分かっている。けれど、そんな彼女をひとり残していくことは、やはり躊躇ってしまう。
「ごちゃごちゃ考えるのはあとにしなさい! さっき死に掛けたの忘れたの……!? このままここにいたら今度こそ殺られるわよ……!」
「そう、だな。分かった、お前の言うとおりだ。依織を正気に戻すにしても、それまでにやられちゃどうにもならないからな……」
レイアの言葉で少し冷静さを取り戻す。依織を助けようにも、ここでやられたらどうしようもない。だから彼女の言うとおり、まずはここを離れて体勢を立て直すべきだ。
けれど、二人で蔵から飛び出した俺達は、その先で固まってしまう。
暗い夜であるはずなのに、敷地を埋め尽し一面に広がる白。
「なんだ、これは……!?」
蔵から出た俺達を待っていたのは、子供ほどの大きさの無数の白い蜘蛛。
『逃がさない……』
そんな冷たい声が響くと共に、蜘蛛達が一斉に糸を俺達に吐き出す。
そして、無尽の白い糸に飲まれ俺は意識を失った。
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