第三話 『恋人として……たとえ、それが偽りだとしても』

018 『黒尽くめの襲来と蛇の事情』

 ――ピーン、ポーン。


 色々と疲れた土曜から一夜明け、日曜。昼食を食べていると、唐突にチャイムが響いた。正直だるいし、このまま食事を続けていたいのだが出ないわけにもいかない。


「仕方ない、ちょっといってくるか。お前らは来ないで、そのまま食べててくれ」


「はい分かりました。確かに、私達が出るわけにもいきませんね。けど、もし何かありましたら、遠慮なく呼んでください。すぐに駆けつけて、お助けいたしますので」


「悪いな。まぁどうせ町内の連絡かセールスだろうし、さっさと戻ってくるさ。それと、流石にお前を呼ぶようなことは無いと思うぞ」


 いくら性質の悪いセールスがきたとしても、流石に依織を呼んでどうこうしてもらうことは無いだろう。そもそも彼女やレイアの姿を一般人に見せるわけにはいかないのだから。そんなことをすれば逆に大騒ぎになって、更に面倒なことになるに決まっている。


――ピーン、ポーン。


 話しているうちにまたチャイムが鳴らされる。どうやら諦めて帰ってくれるような相手でもないようだ。少し申し訳なさそうな依織と、料理に夢中でチャイムにすら気づいてない様子のレイアを残し俺は玄関へと向かう。


「はいはい、今行きます、どうしましたかー、っと」


 そう言いながら開けた玄関の先にいたのは、黒いスーツにサングラスの男達。


「えーっと、どちらさまで……?」


 当然ながら、こんなMIBな風味漂う知り合いはいない。しかし、戸惑う俺を無視して、男達は勝手に玄関の中に入ってくる。しかも靴を脱いだりもせず、土足のままで。


「おい、なんだよ、あんた達!? 勝手に人の家の中はいって、ぐっ……!」


 抗議しようにも多勢に無勢。男達を阻もうとした俺は突き飛ばされて、そのまま侵入を許してしまう。その先には依織とレイアがいるというのに。


「くそっ、なんなんだよ! 二人とも大丈夫か、って本当にどうなってんだ、これ……!?」


二人の下に戻った俺が見た光景は、部屋の入り口付近で浮かび上がり、宙吊りになってもがく男達の姿だった。……まるで意味が分からない。


「あっ、彰さん。あの、この方達は一体何なんでしょう……?」


「いや、俺もよく分からないんだが、というかこいつらは何をやってるんだ……?」


「あぁこれは私が。見たところお客様ではないようでしたので、とりあえず絡めておきました」


 そう語る依織の手からはよく見ると細い糸が伸びており、それが男達を絡め取っているのが分かった。さながら蜘蛛の巣にかかった虫という雰囲気である。


「しかし、こいつら本当に何なんだ? わざわざうちに来ても別に金目のものなんか無いんだが? どっか別の家とでも間違えたってわけでもなさそうだし……」


「あ、そういえばこの方達が部屋に入ろうとしたとき、レイアさんの方を見ていた気がします」


 その言葉でレイアと始めてあったときのことを思い出す。あの日の彼女は何かから追われている様子だった。もしこの男達がその追っ手なのだとしたら、この家にやってきたのも分かる。


「あー、昨日町に出たせいで見つかってしまった、ってことか……」


 昨日何か忘れてると思ったのは、これだ。レイアに追っ手がいることを完全に失念していた。


「何か知っているのなら教えてください。あなただけのことならまだしも、もう私や彰さんにもかかわってくるようなことなんですから」


「あぁできれば俺も聞きたい。あんまり頼りにならないかもしれないが、話してくれれば俺にも何か出来ることがあると思うからな」


「……分かったわよ。けど、あんた達の想像しているようなものとは違うと思うわよ」


 俺達の言葉に、しぶしぶといった様子ながらレイアは口を開く。そのまま彼女が説明を始めようというとき、その人物は現れた。


「――おおぉ、ようやく見つけたぞ、レイア!」


 糸で吊られた男達とは明らかに違う、高級そうなスーツに身を包む紳士然とした金髪の男。彼はレイアの姿を見つけるなりその名を呼ぶと、そのまま彼女に近づき話しかける。


「さぁもう十分だろう、一緒に帰ろう、レイア?」


「絶対に嫌よ! あたしは戻るつもりなんて、一切ないわ!」


「そんな我侭を言わないでおくれ。全く、何が不満なんだい?」


「何がって、全部に決まってるじゃない! 勝手に決められたうえに、騙してつれてこられて、そのまま従うわけ無いじゃない! 第一、あたしはそんなこと興味ないもの!」


「けれどもう、先方とは話が付いてるんだ。後はお前が納得すれば、全て収まるんだよ」


「だから、そんなのあたしには関係ないわ! 先方なんて、知らないわよ!」


 何とか説得しようとする紳士と、声を荒げるレイア。俺や依織、釣り上げられた男もお構いなしに言い争いは続く。けれど、お互いに譲る様子は無く完全に平行線をたどっている。


「……なぁ依織、なんか俺、だいたいレイアの事情が分かってきたんだけど」


「……奇遇ですね、彰さん。丁度私も同じようなことを考えていたところです」


 俺達を無視して繰り広げられる口論を前に、微妙な気分になる俺と依織。けれどこれは確かに、レイアがわざわざ説明したくなかった気持ちも少し分かる。



「とにかく、あたしは絶対にお見合いなんかしないから、パパ!」



 言い切るレイア。彼女の事情とは、勝手に決められたお見合いからの逃亡だったようだ。つまり追っ手は彼女の家の者、そしてこの紳士が父親ということらしい。


「これって、私たちはどうしたらいいんでしょうか……?」


「いや、俺に聞かれても困る。というか、あの場にいって何をするんだよ……」


 もはや完全に蚊帳の外な状態でレイアたちを眺める俺と依織。流石に手を出すようなことがあったら止めに入るが、あの言い合いの中に割って入る気にはなれない。


「たかだか見合いじゃないか。そもそもお前には恋人などいないのだから、会って話してみてもいいだろう? 淑女ならば、異性との親交は嗜むものだぞレイア」


 正直、自分には関係の無い話と思っていた。けれど、それは次の一言で一変することになる。


「あたしはもう立派な淑女よ! だから、こっ、恋人ぐらいいるわよ……!」


「ほう、そんなものどこにいるというんだい? もしそれが本当ならば、ぜひ紹介してもらいたいところだ。もし、嘘なら諦めてちゃんと見合いに出てもらうよ」


「ぐっ……」


 とっさに言い返してしまったレイアに、あくまで柔らかに、けれど責めるように聞き返す彼女の父親。しかし当然ながら、この場にレイアの恋人なんているわけも無い。


 ――そう思ったとき、突然身体が強い力で引っ張られた。


「あたしの恋人は、こいつよ!」


「はあっ!? ちょっ、恋人って、お前……!?」


「なっ、何を言い出すんですか……!?」


 戸惑う俺と依織を置き去りに、尾で絡めて引き寄せた俺の肩を掴み、レイアは宣言する。


「あたしの恋人はこいつ、――霜神彰よっ!」


「いや、だからなんで俺が、お前の、むぐッ!」


「もう、照れなくてもいいわよ、彰。あんたはあたしの恋人なんだから。……いいから、黙ってあたしに合わせて。お願い、頼むからここは言うとおりにして頂戴」


 見せ付けるように抱きつき俺の反論を遮ると、そのまま耳元に小声で囁くレイア。どうやら俺を恋人役に仕立て上げるつもりらしいが、流石にこんなのに引っかかりは……。


「なんだと! 貴様、いつの間に娘をたぶらかした!」


「彰さん、どういうことなんです、私というものがありながら、そんな蛇とッ!」


 レイアの宣言に先程までの落ち着いた態度を崩し、声を荒げる父親。そして、同じく声を上げて詰め寄ってくる依織。いや、こんな嘘を真に受けるなよ、二人とも……。


「……すまん、依織。説明は後でするから、ちょっとお前は大人しくしててくれ」


「うぅ、絶対ですよ……! 何かの間違いって、ちゃんと言ってくださいね……!」


 とりあえず、色々ややこしくなるので、詰め寄ってきた依織に小声でそう伝える。恨みがましい視線が刺さるが、一応はこの場は引き下がってくれた。


「なんだ、その女は……? もしや貴様、うちのレイアと二股をかけて――!」


「違うわよパパ、こいつはこの家の住み込みメイドよ。あたしというものがありながら、彰がこんなやつに手を出すはずが無いじゃない。ねぇ、彰?」


 そんなレイアの説明に、依織は額に青筋が浮かべながらなんとか抑えてくれている。大人しくしてくれと頼んだとはいえ、彼女は彼女でいつ爆発するかも分からない……。


「だから、あたしには恋人がいるんだから、見合いなんか行かないわよ!」


「待ちなさい、レイア! 私は認めんぞ、こんな男! おい彰とかいったか! お前、もし娘と付き合いたいというのなら、私を倒してからにしろ!」


 俺を恋人と紹介するレイアに、激昂し掴みかかる父親、恨みがましい瞳でこちらを睨む依織。

いつのまにか騒動の中心が俺になり、収拾も付かないという状況になってきたとき――、


「まったく、貴方達はなにをやっているの?」


 呆れるような声。いつの間にか、部屋の入り口に女性が立っていた。輝くような金髪に、すらりと長い背丈、それでありながらレイア以上に豊満な胸元をもつ、妖艶な女性。


けれど何より目を引くのは、身に纏う黒いドレスの下から伸びる、――尾。


「ママっ!」


 そのレイアの言葉がなければ姉と見えても違和感のない、彼女をそのまま成長させたような半人半蛇の美女、美しいラミアがそこに居た。


「とりあえず、この一件は私が預かることにするわ。何か異論はあるかしら?」


 突然現れ、勝手に話を纏める。そんなこと本来なら到底納得できないことだろうが、彼女の有無を言わせない迫力で、この場の誰一人として反論は出来なかった。


「今日一日、時間をあげるわ。明日の昼にもう一度ここに来るから、それまでにどうするかを纏めておきなさい。レイアちゃんも、そこの彼氏くんも」


「待ってくれ、私はまだ納得したわけじゃ、――ッ!?」


「あら、私の決定に文句があるのかしら? ほら、今日は帰るわよ、あなた達も」


 なおも食い下がろうとした夫を一睨みで黙らせると、手を一振りするレイアの母。それだけで、宙吊りになっていた黒服達が解放され地面に落ちる。


「それじゃあまた明日ね、レイアちゃん」


 そう軽く手を振って帰っていくレイアの母と、それに付き従って出て行く父と黒服達。

俺達に出来たのは、ただ呆然とそれを見送ることだけだった。

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