142 『簀巻き』

「どこだ、ここ。てか、なんだ、これ。動けん……」


 気がつくと、暗闇の中にいた。しかも、身体を動かそうにも、周りを何かに覆われているのか全く動けない。何も見えないが、身体に伝わる感覚だけで言うなら、簀巻きにされているような感じだ。


……簀巻きにされる感覚とか、自分でもおかしな気もするが、実際何度かされているのだから仕方ない。尾で巻きつかれたり、糸で完全に拘束されたりとか。


「というか、目が醒めたら真っ暗ってこと多すぎないか、ここ最近……?」


 なんか思い返してみると、気がつくと何も見えない暗闇にいることが多い気がする。



『『『おぉ、目が醒めたか』』』



「うぉっ!? いきなり、なんだ!?」


 いきなり全方向から声が響いた。耳元から、足の先まで。俺を拘束する真っ暗闇の何か全てから同時に声がかけられたのだ。流石にびくついてしまう。


『『『む、どうした、そんなに怯えて』』』


「あー、空亡か。すまん、ちょっといきなりだったせいで驚いた。なるほど、つまりこの周りのはお前ってことか」


『『『あぁなるほどな。だが、今回ばかりは我慢してもらおう。我としても、こう声を届けるだけでも手一杯なのでな』』』


「手一杯? どうしたんだ、一体? お前が俺を覆ってるんだよな、この状況って」


 落ち着いて考えてみれば、俺を覆うこの暗闇は空亡のよく使うものだ。

だが、先ほどまで下半身のみに纏わりついていたそれが、今現在は身体全体を覆うに至っている。更に、まるで簀巻にされているかのごとく身動きが出来ない狭い状況となっていた。


『『『まぁ簡単に言えば、ここはあの大蛇の中。して、ここでは人間なぞ数刻で死に絶える空間となって

おるのだ。半ば異界と化しておるここでは、我もお主をこうして被い守るだけでも、力のあらかたを割かねばならなくての、自ら動かすようなことも出来ぬ』』』


「おいおい、あの蛇の中ってのは予想してたが、そこまで酷いのかよ……」


『『『うむ、そこでお主に更に伝えることが二つある。良い情報と、悪い情報だ』』』


「聞きたくない、が聞くしかないんだよな。じゃあ、とりあえず良い情報からで」


 現状身動きが出来ない以上、空亡と話す以外に俺にすることは無い。あまりいい予感はしないが、聞ける情報は手に入れて、それでどうするかを考えないと。


『『『まず、ここは大蛇の中といったが、身動きが取れぬながらも、流されているお陰でそこそこの速度で体内を動いていっておる。目的であった、レイアのいるであろう核の場にも、後数分程度で着くであろうよ』』』


「なるほど、怪我の功名ってやつか。外からでも中からでも、レイアのところにいければいいんだから、問題は無いな。それで、悪い情報ってのは?」


『『『うむ、半ば異界と化しておるといったが、そのせいで我の魔力も限界なのだ。ぶっちゃけ、後数分でお主を守ることもできなくなる』』』


「ちょっ!?」


 後数分でレイアの元に着くのはいいが、それと同時に生命線であった守りが切れるとか、どうしろと!? レイアの元に着いた頃には死体でしたじゃ何の意味もない。


『『『ぶっちゃけ、着くのが先か、魔力切れが先かのチキンレースじゃな、うむ』』』


「いや、お前にとってはそうでも、こっちは死活問題なんだが……!」


 文字通り、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。笑い話ではすまない。


『『『む、心外だな。言っておくが、流石の我も魔力もなしにこの異界と化した場におれば、取り込まれるなりして滅ぶぞ?』』』


「だったらなんで、そんな調子なんだよ、お前は……」


『『『決まっておろう、面白いからだ。人の苦悩や焦り、特にお主のそれは甘露であるからの。それを味わいながら逝くのであれば、それもまた一興よ』』』


 自分の命もかかっているのに楽しげな声音で答える空亡。

 そういえば、そういうやつだった、こいつ。あのときも、最期は楽しげに笑っていたな。


「こっちはそんな風に割り切れないんだよ。おい、速度を上げたりは出来ないのか? もしくは、俺から魔力なり何なりを吸い出すとかさ」


『『『ふむ、やろうと思えばどちらもできるな。よかろう、ではその望みどおりに動いてやるとするか。たどり着けぬまま終わるより、そちらの方が面白そうではあるからの』』』


「おぉ、……ぐっ」


『『『あぁ言い忘れたが、魔力は生命力でもある。人であるお主からは、僅かしかない魔力の変わりに生命力を、吸わせてもらうぞ?』』』


「好きにしろ。ただ、絶対間に合わせてくれよ……」


 高熱に苛まれるかのようにだるさに耐えて声を紡ぐ。何もせずに死ぬくらいなら、生命力でも何でもくれてやる。その代わり、絶対に無駄になんかさせない。

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