034 『一人で無理でも三人ならば』
「まったく、いくらなんでも軽率すぎます、彰さん……!」
「えぇ流石にこれはこの蜘蛛と同意見よ! あたし達が来なかったら、どうなってたか分かってるの……!」
「あー、その、すまん、つい焦りすぎて……」
怒る二人、窮地を救ってくれた依織とレイアに平謝りする俺。
奈々が心配で一人先走ってしまったが、二人が言うようにもしあそこで彼女たちの助けが無かったなら、俺はあえなく空亡に捕らえられていただろう。
「さっきは助かった、二人ともありがとな。それにしても、俺を引っ張ってくれたのは依織の糸なんだろうが、あの炎はなんなんだ? なにもない所がいきなり燃え上がるなんて」
助かったのだ、と思い一息ついたところで疑問が浮かぶ。
見えない何かに引っ張られたのは、依織が受け止めてくれたことから彼女の糸と分かったが、いきなりあがった炎は全く見当がつかない。
「ふふん、あれはあたしの魔術よ。感謝しなさい、本来は人間なんかには見せない高貴な魔族の嗜みを、このあたしがあんたの為に使ってやったんだから」
そう得意げに語るレイア。居丈高な物言いだが、実際彼女のおかげで助かったのだから文句はない。というより、久しぶりに聞くせいで彼女のこの自慢が懐かしくて嬉しくなる。
が、そう思ったのは俺だけだった。この場にいるもう一人、依織はレイアの言葉が気に入らなかったらしい。
「嗜みというには、慎みが足りない気もしますね。あのような炎の何処に高貴さなどあるのでしょうか? まぁ私が彰さんを助ける目晦まし程度には役に立ちましたが」
「目晦まし程度ですって! あんた、あたしがいなかったら彰がどうなってたか分かってんの? ほら、彰もこいつにあたしにどれだけ感謝してるかハッキリ言いなさい」
「そちらこそ、こうして彰さんをここまでお連れして助けたのが誰か、よく考えてから口を開いたらどうですか? 勿論、彰さんも分かってくれていますよね?」
言い争いながら、矛先が俺のほうに回ってきた。しかし、俺はどちらに賛同も出来ない。
レイアのあの炎は獣を食い止め、襲われる寸前だったところを助けてくれた。断じて、ただの目晦ましなんて思ってないし、とても感謝している。
そして、依織の糸のお陰で俺はこうして空亡から逃れ、五体満足な姿で生き延びることが出来たのだ。彼女の助けがなかったら、あそこから逃げるのは無理だっただろう。
「さっきも言ったかもしれないが、俺が助かったのは二人のお陰だ。どちらが欠けても、俺はここにいなかったと思う。だから、二人共に同じぐらい感謝してる。この答えじゃ駄目か?」
これが俺の正直な気持ちだ。どちらのほうにより助けられて感謝してる、というのではなく、彼女達二人共に同じくらい強く感謝している。
「はぁ、あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ。けど、それもそうね。考えてみれば終わったことで張り合うより、これからのことでもっと分からせればいいんだし」
「そうですね。それにどちらが、なんて些細なことです。彰さんが無事だった、それだけで充分ですから。今は言い争うより、あなたが言うようにこれからどうするかを考えるべきですね」
どっちつかずと怒られても仕方ない答えだったので、二人があっさりと受け入れてくれてほっとする。依織はともかく、レイアは納得してくれるか少し不安だったので良かった。
そう、今は俺達で言い争ってるような場合じゃないのだから。
「それじゃあ、これからのことだが、まず一つ聞きたいことがある。こうやって助けてもらった俺が言うのもなんだが、俺達が今ここにいるのは空亡にはバレてないって考えていいのか?」
「はい、そこは大丈夫だと思います。一応糸で隠形の式をこの辺りに張っていますし、彰さんをお連れするときも炎に紛らせたり、他の位置の木々を糸で揺らせたりもしていましたから」
「けど、探そうと思ったらすぐに見つけられるんじゃない? ちょっと見たけど、あの空亡って娘の魔力、化け物かって思うぐらいに相当強いわ。あんなのが本気で探したら、狭いこの敷地なんてあっという間に更地にして見つけてくるわよ」
「それは……」
レイアの指摘に依織が言葉に詰まる。
確かにもし見つかっていなかったとしても、手当たり次第に探しされれば簡単に見つかってしまうだろう。そして、空亡にはそれを行う実力は確実にあるし、躊躇う必要も無い。
隠れるなんて無駄、つまりは手詰まり。そんな風に思いかけたとき、声が響いた。
『どこかに隠れておる霜神の末裔達よ、先ほどの動き見事であった。気を抜いておったとはいえ、我がこうも完全に見失うとはの。全くもって、してやられた気分であるぞ』
先ほどまで戦っていた空亡の声が、頭に直接響くようにして聞こえてくる。
けれど、その声はその内容とは裏腹に、悔しそうな雰囲気は無い。寧ろ、面白がっているような、喜悦が滲んでいる気がする。
『そこで我をこうも出し抜いたお主らに褒美をやろうと思う』
「褒美?」
なんでそうなるんだ? そもそも、一体何をくれるというのか。
そう思いながらも、俺たちは空亡の声に耳を傾ける。
『褒美としてお主らに、時を与える。ここらを全て潰せばお主らを見つけるのはたやすいが、それではつまらぬからの。今からしばらく我はここの場を動かぬことを約束しよう。そのうちに我への策などを考えるなりするがよい。勿論、逃げるのも構わぬぞ』
「完全に、舐められてるわね……」
不愉快そうにレイアが漏らす。
気位の高い彼女が、こんな風に下に見られて怒るのは当然だ。しかし、そのまま激昂して動かれるわけにもいかない。
「気持ちは分かるが抑えてくれ。ムカつきはするが、おかげで作戦が練れるんだからな。あいつの望みどおりに策を練って、後で倍返しにしてやろうぜ?」
この空亡の言葉は俺達にとって渡りに船、何よりもありがたいものだ。俺達をいつでも見つけられる空亡が、わざわざ動かないことを明言してくれたのだから。
「はい、気持ち的にはどうあれ、落ち着いて話せるのは大きいです。それにあそこを動かないということは、こちらから仕掛けることもやりやすいということですから」
「分かってはいるわよ、あたしだってそのぐらい。けど、気に入らないわ。あたしを甘く見たこと、絶対後悔させてやるんだから……!」
「えぇ彰さんに手を出したこと、しっかりと償ってもらいましょう!」
やる気十分な二人が頼もしく思える。俺一人では無理だったが、彼女達となら空亡を倒すことも出来るかもしれない。
「それじゃあ、これからどうするか考えるか」
勿論、逃げるためではなく、空亡と戦うために。
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