第二部 二話 『我家と交流……えぇ、我家と』

075 『なんだってやる、働かない為ならば』

 夏休み。


 其れは、学校という頚木から開放され、連休という名の自由を満喫することの出来る、一年で最も開放的な期間。


 つまるところ、とてもとても素晴らしい日々である、



 ――と、思っていた時期が俺にもありました。


 そう、現実の、今年の夏休みは、そんな輝いたものではなかったのだから。


 ――きゅるるるるうるる……。


 気の抜ける音が響く。隣で寝そべる幼女のお腹から。


「腹が、減ったのだ……」


「あぁ、そうだな……」


 夏休に入って一週間、我家では深刻な事態が発生していた。


 食糧難である。


「我はもう、素材そのままの味は嫌なのである」


「それは俺もだ。生焼けの肉とか、もう食いたくない……」


 食糧難、とは言えど、実際のところ食料はあるのだ。


 ……ただ、それを調理できる人間がいないというだけで。

失って分かる、そのありがたさ。


 料理だけではない。整理整頓された部屋や、洗濯され綺麗に畳まれた洗濯物。


 ――そんな理想的な我家はもはや遠い過去のもの。


 部屋の隅には買い食いや店屋物のゴミ袋が、衣類は洗濯されてないものが溜まった上に、かろうじて洗濯されたものも丸めたようにぐちゃぐちゃな畳み方。


 たった一人で、彼女が日々どれだけのことをしてきてくれたのか、身に染みて分かる。


「いつになったら帰ってくるんだろうな、あいつら……」


 そう、夏休みとなった今、この家にいるのは俺と空亡の二人だけなのである。


「というか、つくづく思うがレイアのほうは碌なことをせぬな、うむ」


「……言わないようにしていたことを言うな」


 そう、依織はレイアに誘われるまま、どこかに連れられていってしまったのだ。


 ある意味、この状態を作った原因はレイアにあると言える。……自分達のダメさ加減を棚に上げれば、だが。


「依織も納得して行ったみたいだし、おかしなことじゃないと思うが、いったい何をしに何処へ行ったのやら……? 多分、レイアの家が関係してることなんだろうけど」


 実家から届いた手紙を見たレイアが、依織にそれを見せると二人して目の色を変えたのである。そしてそのまま、すぐにやってきた迎えの車に乗り込んで何処かへ行ってしまったのだ。


 それが、夏休み初日の出来事である。


 そしてそれから六日経ったいまも二人は帰ってきていないのだ。


「一応、電話は毎回あるから心配はしてないんだけどなぁ」


 毎日夜には依織とレイアの二人から電話がかかってくるのである。


 「今日も勝ったわ!」とか「お土産、楽しみにしてくださいね」など、何処で何をやっているのか、具体的なことは教えてくれないわりに、よく分からない情報だけが増えていく。まぁ二人が元気ということが分かるので、電話はありがたくはあるのだけれど。


「しかし、そろそろ冷蔵庫の中も怪しくなってきてるんだよな」


 夏休み初日の朝、依織主導のもと、皆で特売セールで大量に買出しを行ったのだ。なので、食材はある。が、期限が怖い。


 かといって調理せずに食べれるソーセージや、買い置きのカップ麺なんかはもう全て食い尽くしたあとだ。そして、なけなしの俺の小遣いももはや底をついている。


 だから、冷蔵庫の野菜や肉などの食材を使わなければいけないのに、料理のできる人間が誰もいないという詰んだ状況なのだ。


「そうだ、我が巫女を呼べばいいのではないか!」


「……残念ながら、奈々の家は一昨日から旅行に行って、一週間は帰ってこない」


「なら、こないだのあの馬の娘を呼び出して!」


「どうやってだ? みーくんがどこにいるか、わかるのか?」


「えぇい、先ほどから否定ばかりでは話が進まぬぞ! 何かお主も案はないのか! もういっそ、どこかでメイドの妖でもひっかけてくればいいのではないか!」


 痺れを切らしたように、空亡が叫ぶ。だが、無茶振りもいいところである。この日本で、メイドの妖、つまることろの妖怪とか怪異とか言われる存在なんてどこにいるというのだ。


「無茶言うなよ。レイアのとこだったら屋敷がメイドになったりしてるらしいが、うちじゃあそんなことは無理だから。少しは付喪神のようになってるみたいだけど、実体化してメイドになんてなるには、まだまだ先ってたしいからな」


 水周りなんかが劣化しかったり、温泉が湧き出たりと、色々暮らしやすい空間を保ってくれているらしいが、流石に実体化して動けるようになるにはまだまだ年数が、魔力が足りてないとレイアから教わった。


 家がメイドになるという話に、『メイドとか、絶対領域の極地の一つじゃないか!』とそのニーソの太股を夢想した俺の憧れは実現不能と、既に粉々に砕かれているのだった。


 ――だというのに、


「それだ……!」


 空亡は俺の言葉に天啓を得た、とでも言うように顔を輝かせた。


 そして、寝そべったままだった彼女は床に両手を押し付け、闇を生み出し力を込めだす。


「えっ、いきなり何をするんだよ? 魔力が無いんだから、結局無理だって話なんだだぞ?」


「魔力が足らない? ふん、我を誰だと思っているのだ! 衰えたといえど、これでも人の邪念の化身、魔力などどれだけでもあるわ! そして、半妖と化した相手にそれを与えることなど、造作も無い!」


 そう言った後、彼女は高らかに宣言する。己の存在を、世に知らしめるかのように――、


「そう、我は働かぬ為ならば、なんだってやってやるのだ――!」


 まるで侵食するように床に染みゆく闇が、ひときわ溢れて視界を埋め尽くす。


 そして闇が晴れた後、そこにいたのは――、


「始めまして、主さま!」


 なんて言う、笑顔の可愛い時代錯誤な割烹着姿の幼女だった。



―――――――――――――――――――――――――――

ょぅι゛ょです。


えぇ、幼女回です。

幼女の、幼女による、幼女の為の話です、第二話は。

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