108 『手の込んだ嫌がらせ』
「まぐ、まぁ、お主らがおらぬから暇で、もぐもぐ、だから、――ごくん」
腹が減った、という空亡の要望を受け、豪華な昼職が展開されていた。それを嬉しそうに空亡が口に入れながら説明をはじめようとする。
「食べるか話すかどちらかにしてくださいよ……」
「ふぁっ、ふぁく、ふぉのふぉおりひょへ、むぐむぐ」
「いや、レイアさんも口に物入れたまま喋らないでくださいよ……」
「んぐっ。仕方ないじゃない、ここ最近こういうの食べてなかったんだから」
何気に毎回料理はどれも代わり映えして美味しいものばかりなのよね。普段の依織の料理も美味しいけど、久々に質の高い食材を使った料理を食べるのも悪くない。
「はぁ……。埒が明きませんし、まずは食べてからにしますか……」
なんか疲れたように依織が溜息をつく。けど、美味しいんだから仕方ない。
そんなわけで、それから数十分ほどかけて食事を済ませたあたし達は改めて、空亡に問いかける。場所はあたしの部屋で、そこにいるのはあたしと依織と空亡だけだ。
「で、結局なんで来たのよ?」
「む、最初に言ったであろう、暇だったからだ、と。うむ、しかし洋風料理は良いな。ここ最近和風ばかりであったからな。霜の料理も悪くは無いのだがの……」
「暇だったからって……。そんな簡単にこれるものなの? そもそも、どうやって来たのよ?」
一応、ここって異界なんだけれど。それも、埒外な実力を持つジェーンの本体という、相当な代物だというのに。
「はは、異界だろうと関係ないぞ。レイアの魔力はもう覚えておるからの。転移の標としてはおあつらえ向きであるぞ、――ほら?」
「えっ、はぁんっ!?」
瞬きをした間に、正面にいたはずの空亡があたしの後ろから声をかけてくる。それだけならいいんだけど、耳に息を吹きかけるのは勘弁してほしかった。
「説明してくれたのはいいけど、いきなり変なことしないでよ……」
「くくく、すまんすまん、そのほうが面白そうだったのでな」
まったく悪びれもなく笑う空亡。反省の色は皆無ね、これは。まぁそこまで怒るわけじゃないんだけど。
「あ、空亡それよりさっきの転移の軸って、やっぱり彰にもついてるの?」
それよりも、あの転移を見てひとつ思いついたことがあるのだ。もし、思ったとおりなら、色々と捗ることになるんだけれど。
「うむ、もちろんだ。お主とは共になりかけたことがあるし、彰には色々と加護を与えたりもしたからの。あぁ、あと霜のやつも、繋がりがあるからいけるな」
「だったら――」
「残念だが、お主を連れて彰の元に行くのは出来ぬぞ?」
「えぇー、なによそれ……」
ずるい。もし空亡が彰のとこまでいけるんだったら、一緒についていって久々にあいつの顔を見ようと思ったのに……。
「流石に、遠い距離をゆくには色々と消費が激しいからの。我なら闇に姿を変えて楽になれるが、お主らはそうも行かぬだろう?」
「むぅ、仕方ないわね……」
「では、そろそろ我は帰るとしよう。彰と霜を二人で置いとくのもあれだからの……」
なんて言って、闇を作り出し帰ろうとした空亡の腕をがしりと強く引きとめる手。
「む、なんだ依織?」
これまで、あたし達の会話をただ聞いていただけだった依織が、笑顔を――ただし、それも怖い威圧感のあるそれをうかべて、空亡の手を取っていた。
「ねぇ空亡さん、先ほどから出ていた『霜』、というのはどなたなんでしょうか?」
いっそう笑みを強くして依織が問いかける。子供なら泣く顔だ、これは確実に。
けど、そういえばさっきから話に出ていた『霜』という相手のことは、あたしも知りたい。空亡の転移のことばかり考えててぬけてたけど、よくよく考えれば感化できない問題だ。
「そうね、あたしも聞きたいわ」
依織と同様に、あたしも空亡の腕を掴む。これはしっかり問い詰めておくべきことだ。
けれど、結局あたし達の実力では空亡には適わない、という悲しい現実。
「くくくっ、面倒なので我は消えるとしよう。その話は、また戻ってから彰に聞くと良いさ」
なんて笑いながら、掴まれた腕を闇と変えて空亡が虚空に消えゆく。結局、あたし達に残るのはもやもやとした、『霜』という相手に対しての形に出来ない思い。そして彰に対してのいらつきだけだ。
「あー、空亡さんの狙いは、これだったんですね……」
「あぁ、なるほど、相変わらず性質が悪いわね……」
依織の言葉で、ようやく理解する。空亡の暇つぶしの目的を。
あいつはあたし達に中途半端に情報を与えて、帰ってきてから愉しむつもりなんだろう。きっと修羅場染みたことになるだろう光景を作らせるために。
「本当に、手の込んだ嫌がらせ――というか、暇潰しね……」
無駄なことを、けれど悪意をもってやるのはあいつらしいけれども。
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