062 『我は空亡である。仕事はまだ(したく)ない』

「というわけで依織よ、お代わりをくれぬか」


 そう言いながら、我は皿を差し出す。


 本日の夕飯はカレーなのである。元々はまろやかなコクのあるルーと、その辛味を引き立てる炊き立ての白御飯が盛られていた皿は、いまや米粒一つ残らず空になっていた。


「なにが、『というわけ』ですか、これで三杯目ですよ。まぁ元より大喰らいがいますし、かなり多めに用意してありますから大丈夫だとは思いますが、明日の分ぐらいは残してくださいね」


 少々呆れた様子ながらも依織は我から皿を受け取ると、またカレーをよそってくれた。


どれほど食べても飽きがこぬ、絶品ともいって過言ではないカレーである。というか、こやつの作る料理は本当になんでも素晴らしく美味い。


かつての我ですら、もしこの味を知ったのなら己の性質を捻じ曲げてでもあの申し出を受け入れたことであろう。こんな料理を食べながら、なにも働かずに過ごせるのだから。


「ちょっと、あんた食べすぎよ! カレーは一晩寝かした方が美味しいって前に彰が言ってたんだから少しは自重しなさい、働かさる者食うべからずってこの国の言葉にも在るでしょ!」


 我が受け取ったカレーにスプーンをさそうとしたとき、そんな文句をつけられる。けれど、その理屈はおかしいと我は思う。そしてそれは料理を作った依織も同じだったらしい。


「その言葉、そっくりそのままあなたに返しますよ、レイアさん。何一つ働いていないのはあなたも全く同じですし、カレーにいたってはもう既に三杯平らげてるあなたが一番自重するべきです。えぇまさしく働かざる者食うべからず、ってやつですね」


「ぐぬぬぬ……! あんたの料理が美味しすぎるのが悪いのよ……! だからあたしは悪くない、さぁ早くあたしにもお代わりをよこしなさい……!」


「はぁ、言うだけ無駄とは分かっていますし、喜んで食べていただけるのは嬉しいのですが、なんだか複雑な気分です……」


 諦めた様子でレイアの皿にもカレーをよそってやる依織。どれだけ言ったところで納得しないと分かっているのであろう。まだこの家にきて一週間の我ですら理解したことであるし。


「まぁそう気を落とすでない、おぬしの料理が美味いのは本当なのであるから。だから我もレイアもおかわりをしたくなる、というものなのだからの」


「まぁそう思うしかない、ということなんですよね……」


 疲れたように肩を落とす依織を慰める。こやつには落ち込まれるのは困る、というかそんな暇などないのである。この家の家事全般を受け持ってもらっているのだから。


「……つーか、馴染みすぎだろ」


 そう半眼で呟いたのは、この食卓につく最後の一人にして、現在の家主である彰である。こやつの誘いに応じて、我がこの家に来て今日で丁度一週間。居心地はとても良い。


「うむ。種族は違えど、話せばなんとでもとかなるものであろう。本当に快適でよい日々である、やはり誘いを受けて正解であったの」


 今日も今日とて、朝昼は惰眠とテレビを嗜み、夕食を食べ終えたらお気に入りのサイトなどネットを適当に見る予定である。勿論、何か働いたりするつもりなんて全くない。



 ――これは、そんな我のぐーたらライフの記録である。



「……とか、書いてるわりに、それだけで終了じゃねえか」


 放り出された日記(?)を見ながら呆れ果てる。


空亡が来て一月。どうやらうちに来てから一週間目に書いたらしいその記録は、最初の分だけで終わっていた。それ以降は完全に白紙のページが続いているだけだ。


「仕方なかろう、飽きたのだから」


 悪びれずそう言うのはこれを書いた張本人、即ち我が家の居候であるところの空亡である。


 日がな一日、悪事はしないが、家事もしない。毎日ぐだぐだ寝て、起きて、遊んで、食べて、また寝る、というぐーたらニートの手本のような生活をしている存在である。


 こいつが働くまともに働く日は来るのだろうか……?


 なんてことを思っていると、その内心を読んだのか、空亡はイラっとくるドヤ顔で、何処かの小説のタイトルのようにこう言った。


「我は空亡である。仕事はまだ(したく)ない」


 そして俺は、無謀な望みは棄てることにする。


 この三日どころか一日坊主の日記が示すように、こいつがまともに動くことはないだろうと。


――――――――――――――――――――――


本編後のおはなし。

ただし、特に意味のないものですが。

つまるところこんなノリで、ただ、本編ないでつかえなかった裏設定や、追加予定だったヒロインとかが大量に出たりするようなものが二部となります。

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