俺と彼女達の下半身事情-魔物娘と過ごす日々-

黒箱ハイフン

第一話 『美少女が二人突然家にやってきた……けれど、これは』

001 『(上だけ見れば)これなんてerg?』

――突然女の子がやってくる。


 例えば、異世界の姫(美少女)が助けを求めてきたり、

 例えば、傷ついた天使(当然美少女)が落ちてきたり、

 例えば、魔王の娘(勿論美少女)が押しかけてきたり、


 漫画やゲームではお馴染み、もはやお約束といっていいぐらいのベタな展開。

 だが、これは普通に考えてありえないことである。そして同時に男なら一度は夢見ることだ。

 かく言う俺自身、その一人だった。


 ――そう、『だった』のだ。


「ちょっと、なに固まってるのよ?」

「あの、どうしたんでしょうか?」


 不機嫌そうな声と、心配そうな声がかけられる。

 普段は食事に使われる椅子付きのテーブルセット。そこに着いているのは、俺と二人の少女。


 ――かたや、輝くような金髪と宝石のような碧い瞳をした気の強そうなドレス姿の少女。

 ――かたや、濡れ羽色の黒髪と吸込まれそうな黒い瞳をした淑やかそうな着物姿の少女。


 洋と和。髪色や服装、その雰囲気までもまるで正反対な二人。けれどそれぞれが、その美しさの極致であるかのような、誰もが目を奪われてしまうほどの絶世の美少女である。


 が、それはテーブルの上だけを見た場合の話だ。


 現在、この場においてまともに座っているのは俺だけという異常事態。そしてそれは彼女達が、ただ美しいだけの少女でないことが原因である。


「……どうしてこうなった?」


 まるでわけの分からないこの状況を少しでも整理しようと、このようなことになった経緯を、数分前のことを俺は頭に思い浮かべる――、



 始まりは高校からの帰り道、人通りのあまり多くない住宅街でのこと。

 ふいに、奇妙な音が聞こえてきたのだ。


 ――ズッズッズッ……。


 何かを引きずるような音。そんな音がかすかに、けれど確かに何処かから聞こえてくる。


「なんだ、この音……? こっちのほうか……?」


 何故か無性に気になる。まるで何かに導かれるように、俺は耳を頼りにその音のもとへ近づいていく。そしてそのうちに、住宅街と大通りの間にある人通りの少ない路地に着いた。


「邪魔よ……!」


「はっ? うわっ!?」


 突然の声。

 しかし、音を追うことばかりに気を取られていた俺は、路地から飛び出してきた誰かを避けることはできなかった。間抜けな声を上げてあえなく突き飛ばされてしまう。


「痛つつ、なんなんだいった、……い?」


 文句を言おうと顔を上げたところで固まった。


 ――目の前に花嫁がいた。


 西欧風の整った容姿、二つに結われた煌く金髪、染み一つ無いまっさらな肌。その澄んだ宝石のような碧眼からは、少し釣り目がちなせいか気の強そうな印象を受ける。


 それだけでも十分に人目を惹く美少女であるが、中でもとりわけ目立つのがその服装だ。

 彼女が身に纏うのは幾重もレースや刺繍が施され、地面に裾を引き摺るほどの豪奢な純白のドレス。その中に包まれ見えない脚も、きっとスラリと長く踏まれたいほど魅力的だろう。

 ヘッドドレスとブーケが無く、代わりに大きなトランクを持っているのが少し場違いだが、まるで式場から逃げ出してきたようないでたちだ。


「……夢か?」


 青い妄想と願望の入り混じった、ドリーミングな白昼夢か?

 しかし俺はこの国ではまだ結婚できない年齢である。そもそも結婚願望というものはない。なにが悲しくてわざわざ負担増・余暇減な上に破棄するにも慰謝料[膨大なペナルティ]があることをせねばならないのか。


「痛い」


 だが、頬をつねると痛みがあった。つまりこれは現実ということである。

 では、この光景は何なのだろうか? こんな人気のない寂れた路地に、彼女のようなドレス姿の美少女なんて場違いもいいところである。


「ちょっと、いきなり飛び出してきてなんなのよ! 急いでるっていうのに……!」


 その怒った声は当然、目の前の少女のものだ。後ろを気にして、まるで何かから追われるように焦った様子である。

 しかし、飛び出してきたのは彼女のほうだ。こういうのも当り屋というのだろうか?


「まぁいいわ。あたしは心が広いから許してあげる。そのかわり、どこか隠れて休める場所に案内しなさい」


「唐突にそんなことを言われても……」


「なによ、あたしの言うことに文句でもあるの?」


 なんという横暴。まるで自分に従うのは当然といった具合である。どのような育て方をされればこんな性格になるのだろうか、と微妙に興味がわくほどだ。


「いや、そういうわけではないんだが……」


 さて、少女の言うことを聞くべきか、断るべきか。

 判断材料は二つ。


・どう見ても厄介ごとである。

・超がつくほどの美少女である。


 このような選択肢、どちらを選ぶかなんて決まっている。


「モタモタしてないで、早く案内しなさいよ! こっちは追われてるんだから!」


「分かったから、そんな騒ぐなって。とりあえず、俺の家でいいか?」


 折角の美少女とお近づきになる機会、逃すはずがないだろう。多少の厄介ごとは寧ろ親交を深める為のイベントとでも考えておけばいい……!


「この際だからどこでもかまわないわ、だからさっさと案内して頂戴」


「分かりましたよ、花嫁様。まぁすぐそこだからついてこい」


 名前が分からないのでとりあえず服装から適当に名づけて呼んでおく。見たまま、一番印象が強いのはやはりその服装だ。


「なによ、花嫁様って。あたしだって別に好きでこんな服を着てるんじゃなのよ!」


「なら金髪ツインテールとでも呼ぶか?」


「そんなおかしな呼び方許さないわ。あたしには、レイアミリス=ルムガンドという高貴な名前があるのよ。畏敬をこめてレイアミリス様、と呼びなさい」


 この状態でどうやって畏敬を持てというのだろう。現段階では言動及び服装のイタい外国人の美少女というだけだ。まぁ、その見た目だけで他が帳消しになるレベルの可愛さではあるが。


「ふむ、長いな。レイアって呼んでいいか」


 いくら美少女だとしても、様などつけるつもりは毛頭ない。そしていちいちレイアミリスなんて長ったるい名前を呼ぶのは面倒である。


「勝手に略すな! というかあたしが名乗ったんだから、あんたも名乗りなさいよ!」


「あぁ、それもそうだな。俺は霜神彰[モガミ アキラ]、まぁ好きに呼んでくれ」


「そう、なら愚民と呼ぶわ」


「……すいません、彰でお願いします」


 愚民呼ばわりは流石に勘弁して欲しい。

 彼女からの罵倒が、少し気持ちいいかもしれないとも思ってしまったのは秘密だ。こういう高圧的な美少女に罵られながら踏まれるというのは、中々にそそられる状況である。


「というか、あれってお前の音だったんだな」


 ズッズッズッ、という俺があの路地に行くきっかけとなった音。その先に彼女がいたのだから当然なのかもしれないが、その音はレイアの動きに合わせて今も鳴っている。多分、服の裾を引きずる音か何かなのだろう。


「音? 一体何のことよ?」


「あぁいや、なんか引きずるような音のことだ。何の音かと思って見に行ったんだが、お前が出してた音みたいだな」


 こうして聞くと、そんなに気になるような音でもないのだが、これに気づいたお陰でレイアと知り合えたのだ。我ながら、なかなか冴えた直感というやつである。


「話はさておき、着いたぞ」


 そうこう話している間に到着したのは木造平屋の一戸建て。やたらに部屋が多く、庭や池、蔵まであって、もはや屋敷と言って違和感が無いほどに、広いことだけが自慢の我が家である。


「ふぅん、やっぱり国が狭いと家も狭いものなのね」


「いや、十分大きいほうだと思うぞ」


 これで狭いとは、どんな家に住んでるんだ? そもそも出身地どころか名前以外はなにも知らないわけだが、やはり単なる外国人というわけではないのだろう。


「まぁいいわ。とりあえずさっさと入るわよ」


「はいはい、分かりましたよ。しかし、どう説明したもんかねぇ……」


 学校帰りに花嫁を見つけたので連れてきました、なんてどうやって説明したものか?

 両親共にどこかずれているところがあるが、流石にこれはごまかしきれるとは思えない。


「けどまぁ、考えるだけ無駄か」


 今更あれこれ考えても仕方ないし、下手な説明をしてごまかすよりかは事実を話したほうがいいだろう。それで信じてもらえるかどうかはまた別の問題だ。


「ん? 鍵が開いてる? ってことは、親父か母さんが帰ってるのか。ただい、……え?」


 無用心だなと思いつつも、扉を開けたところで俺は固まった。

 先ほども同じようなことがあったが、この場合は仕方ないだろう。自分の家の玄関を開けたらこんな相手がいるなんて誰が想像できようか。


 ――我が家の玄関に姫がいた。


 古文の挿絵や時代劇でしか見たことのない、幾重にも羽織を重ねた華美な着物。それを身に纏うのは、長く艶のある黒髪と黒曜石のような黒い瞳が印象的な美少女。

 そんな彼女を一言で表すのならば、姫という言葉が何よりも相応しいだろう。


「……えーと、どちらさまで?」


「依織[イオリ]、と申します」


 その仰々しい衣装に反して、柔らかな態度で答える姫。

 なんというか着物姿で黒髪黒眼という純和風な格好もあいまって、お淑やかな大和撫子という言葉がとても似合う。ただレイアと同じくその衣装のせいで、その手と同じく白磁のようであろう御御足を拝見できないのが悲しいところだ。


「あ、俺は霜神彰。それで依織さんはどうしてうちに? 多分初対面、だと思うんだが……」


生憎と姫の知り合いに心当たりはない。もし、こんな美少女に会ったことがあるならば、絶対に忘れるはずが無いと断言できる。


「初対面、なのですか? この家の方なら私のことを何か知っていると思ったのですが……」


「えーと、どういうことだ?」


「私、記憶喪失みたいなんです」


「はぁ?」


 家に姫がいるだけで驚きなのに、記憶喪失って。もしや、新手のドッキリかなにかだろうか?

 そう思い辺りを見回すがどこにもそれらしいものは見当たらない。


「依織という名前だけは、とても大切なものだって覚えているんです。ですがそれ以外、何も分からず。そして、気がついたら、この家の中にいまして……」


「なんというご都合主義……」


 深刻そうなその様子からは、彼女が嘘を言っている風には見えない。だが、漫画やアニメではおなじみな記憶喪失なんてものを、まさか現実にお目にかかることになろうとは。


「ちょっと、いつまで話してるの? こっちは疲れてるんだから、さっさと案内しなさいよ」


 まったく空気を読まない、そして身勝手すぎる言葉。言ったのは勿論レイアだ。

 しかし言い方はどうあれ、蚊帳の外で話しこまれたら文句を言いたくなるのも分かる。


「それもそうだな。すぐ終わりそうな内容でもないし、とりあえずは中に入って話すか」


「えぇ、そうよ。まったく、気が利かないわね」


 相変わらず横暴な態度である。だがレイアのこういった態度は、正直なところあまり気にならなくならなってきた。なんというか、彼女はこれを嫌味ではなく素でやっているような節があり、そこまで腹が立たないのだ。まぁ出会ったときの印象もあると思うが。


 しかし、そんな俺とは違い、依織のほうはレイアの態度に納得がいかないようだ。

「さっきからいったいなんなのですか、あなたは? 見たところ、この家の方ではなさそうですが、その身勝手な態度はいくらなんでも非常識です」


 何も間違ったことは言っていない。だが、レイアのほうもそれを大人しく聞いて反省するような性格はしていなかった。


「なによ、そんなことあんたに文句言われる筋合いはないわ。そもそも、勝手に上がりこんでるあんたの方が非常識なんじゃない?」


「なにを……!」


「そっちこそ……!」


 互いに睨み合い、一種即発な雰囲気が漂いだす。そして、その間に挟まれた俺としてはたまったものではない。


「このっ!」

「はっ!」


 突然二人の足元、ドレスと着物の裾から何かが翻った。

 それらは俺の目の前でぶつかり合い、バシィッ! という衝撃音と共に空気を震わせる。


「へぇ、なかなかやるじゃない」


「あなたこそ、見た目に似合わずなかなかいい反応です」


 お互いを認めあうような二人。しかし、依然として剣呑な状況は続いている。隙あれば相手をどうにかしようと探っているような雰囲気だ。


「って、いやいやいや……!?」


 そんなことが気にならないぐらい異様な光景が目の前に広がっていた。


 例えば、現代日本で美少女たちが突然拳銃と日本刀を取り出していがみ合う様子を想像してほしい。すさまじく場違いかつ、ありえない光景だと思う。

 だが、今繰り広げられているのは、それすら比べ物にならない荒唐無稽なものだった。


「なんなんだよっ、それ尾と脚は!?」


 ――叫ぶ俺の目の前では、極太の蛇の尾と、巨大な蜘蛛の脚がぶつかりあっていた。


 しかも、それぞれレイアのドレスと、依織の着物の下から伸びているのだ。俺が夢想したスラリとしたモデルのような美脚や、白磁のように華奢な御御足などどこにもない。

 こんな光景、二次元ですら見たことが無い。裾から蛇と蜘蛛なんて、想像の範囲外だ。


「これは、どうしましょう……?」


「あぁ、そういえばあんたがいたのよね」


 困ったように言う依織と、思い出したかのようなレイア。こちらを向いて思案顔をする二人。けれど依織の着物からは蜘蛛脚が、レイアのドレスからは蛇の尾が覗いている。


「「とりあえず、一時休戦よ(です)」」


 そう結論付けた二人に連れられ、訳の分からないまま俺は家の奥へと連行されるのであった。


 ――以上、回想終了。

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