021 『知恵と速度』

俺達が案内されたのは、先ほどと同じような畳敷きの和室。ただ、一人用と思しきサイズの机が二つ置かれている。


「今から、あなた達には三本戦で競い合ってもらいます。レイアちゃんに相応しいかどうか、色々な面で確かめたいですからね。競う二人は席について、他の人は部屋から出て行きなさい」


 そう母親に言われレイアたちは追い出され、部屋には俺と白蛇、そしてレイアの母の三人だけとなる。この状況から察するに、筆記テストでもさせるつもりなのだろう。


「では、まずはルムガンド家に相応しいかどうか、教養のほうを確かめさせてもらいます」


 そう言って俺と白蛇に問題用紙と筆記用具を配る。やはり最初は筆記ということらしい。


「制限時間は一時間半、裏にはアンケートもありますので、そちらも採点には入れますから忘れず答えるように。それでは、始めてください」


 どうしてアンケート? と疑問を問う暇もなく、試験が開始されてしまう。戸惑う俺とは違い、白蛇のほうは早速問題を解き始めている。時間も限られているのだから、余計なことは考えずに俺も解くべきだろう。


そう思い、問題に目を向け、――思わず悪態をついた。


「……解けるか、こんなもん」


 無理。これは、無理である。問題用紙に書いてあったのは、次のようなものだった。


 問1――ラミア族において、二十歳における一般的な鱗の総数は何枚か?

 問2――蛇種の魔族において、最古とされる輪廻蛇龍<ウロボロス>の特徴は?

 問3――直径四十㎝、温度百℃、密度五十の火球を一分間構築するのに必要な魔力量は?


 どの問題も万事がこのような、人間には分からない魔族や魔法に関する内容である。唯の人間である俺には、到底答えなど分かるはずもない。


「それでも、絶対に無理ってわけじゃないか」


 一応、問題は全て三つから選ぶ択一式だ。運が良ければ高得点を出す可能性もなくはない。それに明らかに違うような選択肢を除外したりすれば更に確立はあげられるかもしれない。


「なんにせよ、何もせずに諦めるっていうのは性に合わないからな」


 僅かな望みに賭けて、問題を解いていく。けれど、所詮はほぼ勘頼り。そこまで問題数が多くないこともあり、問題を解き終えてもまだかなり時間が余ってしまう。


結局、終了が宣言されたのは、裏のアンケートまで回答し終えてしばらくしてからだった。



「それでは、次の試験はここで行います」


 そうレイアの母が告げた場所は、何故だか屋敷の入り口。試験を終えた俺と白蛇、そしてレイア達も、玄関に集まらされている。


「今から、あなた達の体力を競ってもらいます」


「ママ、体力って、わざわざ玄関まで来てなにをするのよ?」


 その場の意思を代弁するように、レイアが問いかける。先ほどの筆記とは違い、ここで何をさせられるのか全く想像が付かない。


「我が家の一員となるからには、体のほうも頑健でないといけませんからね。お二人には、この屋敷の外周を利用して徒競走をしてもらいます」


「なるほど、徒競走とは分かりやすくて良いですね。走りはそこまで得意ではないですが、精一杯頑張らせてもらいますよ。もっとも、唯の人間なんかに負けるとも思えませんが」


 そう言いながらも、むしろ自信満々といった様子でこちらに目線を送る白蛇。なんともイラっとくるが、言わせておけばいいだろう。結局のところは、勝てばいいだけの話なのだし。


「ちょっと彰、あんた思いっきり舐められてるわよ!」


「別にいいさ、言い返したところで変わらないからな。口で何か言うより、しっかり結果で示したほうが気持ちいいだろ? あいつの言うとおり、さっきと違って分かりやすい内容だしな。なにより、俺は走るのは得意なんだよ」


 いままで走りで負けたことはほとんど無い。幼い頃に数度負けたことはあるが、物心付いてからは一度たりとも。小学校にも通う前の敗北はノーカンとすれば、無敗と言ってもいいはずだ。


「あらあら、二人とも意気込みは十分といった様子ですね」


 そう楽しそうに言った後、レイアの母が説明を始める。


「ルールは単純、この屋敷の外周を先に一周し、先にここに戻ってきたほうを勝者とします。ただし相手への妨害や、外周以外を走るのは禁止です。服装はその場での対応力も考慮するということで、そのままで走ってもらいましょう」


「まぁそのぐらいのハンデは仕方ありませんね。勿論、だからといって勝ちは譲りませんが」


「何とでも言っとけ。そもそも俺はどんな格好でも、お前に負けるつもりはないしな」


 羽織袴に足袋という動きづらい和装の白蛇に対し、俺はシャツとズボンに革靴という洋装である。革靴は少し走りづらいが、それでも白蛇よりはかなり動きやすい。


「それでは二人とも、位置についてください」


 その声に促がされ、黒服が用意したスタート位置へつく。


「それと、先に謝っとくぜ。今日は本気で走らせてもらうから、悪いな」


「はっ、本気と言われましてもね。所詮は人間の――、」


「――それでは、スタート」


 開始の言葉とともに、足を踏み出す。


 白蛇が何か言ったようだが聞こえなかった、多分遠すぎて。俺と白蛇の間には、一瞬でそれほどの差がついたということなのだろう。


 結局、そのまま最初ついた差は広がるのみで、逆転もなくあっさりと勝負はついたのだった。


「ちょっと彰! なんなのよ、さっきのは!?」


 ゴールしてすぐ、レイアがこちらに詰め寄ってきた。しかし、そんなことを聞かれても困る。俺は単に走っただけなのだから。


「なんなのって、普通に走っただけだが。ってうわ、靴が……」


足の違和感から靴底に目を向けると、擦り切れて大きな穴がいていた。革靴はこれしか持っていないというのに。これがあるから、あんまり本気で走りたくないのだ……。


「やっぱ、本気で走ると靴は駄目になるんだよなぁ……」


「いや、いくら本気を出したからって、さっきのアレは人間の動きじゃないわよ!」


「まぁいいだろ、勝ったんだから。なぁレイアの母さん、この勝負は俺の勝ちでいいんだよな?」


「えぇ勿論、この勝負は文句なしに君の勝ちよ。素敵な走りだったわ、できればその秘密を教えてほしいぐらいにね。ふふっ、一体どんな手品を使ったのかしら?」


 とても楽しそうに俺の脚に視線を向けて笑うレイアの母。けれど大した秘密なんてないのだから答えようがない。一応、仕掛けもあるにはあるのだが。


「走るのは得意なんですようちの家系。こんな風に本気で走ると色々面倒になりそうなんで普段は抑えてるんですけど、流石に今日はレイアが懸かってますからね」


 下手に本気で走ると学生記録どころか世界記録とかまで塗り替えかねないから、人前で絶対に本気を出すなとは親父の談である。俺自身こんなおかしな遺伝で競技に出ようとも思わない。


「なるほど家系的に、か。それなら説明できないのも仕方ないのかもしれないわね」


 普通に話しても早々信じてもらえない理由に納得し、ますます面白そうにレイアの母は笑う。こういうところは、流石に魔族といったところか。


 そうこう話をしているうちに息を切らせた白蛇が戻ってきて、第二戦は終了したのだった。

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