022 『決闘』
「それでは、最終戦はここであなた達の力を直接競ってもらいます」
そうレイアの母が告げる。案内された場所は、武道場とでも言うような畳敷きの広い空間。今度は何をするか明白だ。つまり、ここで戦えということなんだろう。
「相手に降参をさせるか、意識を奪ったほうの勝ち。相手の命を奪うこと以外ならなにをしても構いません。ただし、観戦者の手助けはその場で失格よ」
「ちょっとママ、そんな勝負酷いわよ! 彰は人間なのよ、魔族に勝てるわけないじゃない!」
「あらレイアちゃん、あなたの選んだ恋人はそんな程度なのかしら? それなら勝負するまでもなく、交際を認めるわけにはいかないわね。そもそも、私は魔族とか人間で差別なんてするつもりはないの。その相手が相応しいかを判断したいだけなのよ」
「けどッ……!」
なおも食い下がろうとするレイアの肩に手を置く。いくら言ったところで勝負の内容を変えさせることなんてできないだろう。下手をすれば、その機嫌を損ねて失格にすらなりかねない。
「心配するなって、命を奪うのは禁止ってルールなんだから死んだりはしないさ。それに、負けると決まったわけじゃないしな。さっきだって、ちゃんと勝っただろ?」
「でも、彰……」
「お前が不安なのも分かるさ。俺が負けたら、好きでもないやつと見合いなんてさせられるんだからな。けど、ここまできたら俺を信じて、応援してくれないか?」
恥ずかしいセリフな上に、必ず勝つと言えないのが我ながら悲しいところだ。けれど、最初から負ける気で挑んで勝てるわけがない。この勝負は俺だけのことじゃないのだから。
「分かったわよ。でも、負けたら承知しないんだからね! 絶対勝ってきなさいよ……!」
「まったく、責任重大だな。なんにせよ、負けるわけにはいかないか」
レイアの激励(?)を受け、部屋の中心に向かう。そして準備万端な様子の白蛇と相対する。
「先ほどは少し油断しましたが、今度はそのようなことはありませんよ。これから魔族と人間の格の違いというものを思い知らせてあげましょう、それはもう嫌というぐらいに」
なんて気取って言っているが、額には青筋が浮かび笑顔が引きつっている。先ほどあれだけ大口叩いて惨敗したのだから、こいつにとっては大恥をかかされたというところだろう。
「はっ、そんなこと言っていいのか? また恥ずかしい思いをすることになるぜ? なに、誰もお前を責めやしないさ、魔族と人間とかじゃなくて単にお前が弱いだからな」
「なんだとっ……!」
単純な挑発に案の定乗ってくれる白蛇。やはり、こういった言葉には慣れてないらしい。
「それでは、始め」
そしてレイアの母が開始を告げて、戦いが始まる。
まずは先手必勝、――ではない。
「己の言葉を後悔しろ……!」
そう言って激昂した白蛇が殴りかかってきた。けれど、それは狙い通り。
「後悔なんてするわけない、むしろ逆に褒めてやりたいぐらいだね!」
挑発に乗せて単調な攻撃を誘うことができたのだから。
怒りに任せた白蛇の拳をかわし、無防備なその背中に回し蹴りを食らわせる。
「ぐっ、貴様……!」
「あー、悪いな、俺は足癖が悪くて、なッ!」
言いながら、体勢を崩した白蛇の横腹を思い切り蹴り飛ばす。
身構える間もなく、謎の遺伝の脚力を全力で使った吹っ飛ぶぐらいに強い蹴り。普通なら胃の中を戻すどころか、下手したら救急車が必要なぐらいの威力のはず、だが……。
「はははっ、僕としたことがあんな簡単な挑発に乗ってしまうとは。うん、足蹴にされたのは気分が良くないが、戒めとして甘んじて受けておくべきだな」
なんて言葉とともに、全く堪えたつもりもなく立ち上がる白蛇。蹴られた痛みより、蹴られたという事実のほうに不愉快そうな様子だ。流石は魔族と言ったところか、恐ろしくタフだ。
「そう簡単にはいってくれねぇのな……」
やはり人間と同じような考えでいっては駄目のようだ。見た目は変わらなくても、中身は別物ということだろう。人間と魔族の差か、地力が違いすぎる。
「さて、今度は僕からいかせてもらうよ」
そんな言葉と共に白蛇が迫る。最初と同じように避けようとするが、突然その拳が蛇のように軌道を変え、がら空きの俺の腹部に突き刺さった。
「ぐっ」
「彰っ……!」
くの字に折れ曲がる俺の身体。それを見て、レイアが悲鳴を上げる。彼女のために勝たなきゃいけないのに、逆に心配をかけていたら世話もない。
「所詮君は人間、冷静に戦えば力の差は歴然なんだよ。もう立っているのも辛いんじゃないのかい? 声ぐらいは出せるだろう、さぁ早く負けを認めるん――がっ!?」
勝ち誇った様子の白蛇の顔に蹴りを喰らわせる。俺がもう戦えないと思って油断してくれていたので、気持ち良いぐらいに綺麗に決まった。
「ぐっ、ぼっ、僕の顔をッ……! それに何故、平気でいられるんだ!? さっきの一撃は、人間が耐えられるものじゃないはずなのに……!」
白蛇がふらつく。流石に顔面への一撃は効いてくれたらしく、口から血が滲んでいる。
けれど、それ以上に顔に攻撃されたこと、そして俺がまだ戦えていることに驚愕しているようだ。勝ち誇っていたのから一転したその様子は、なかなかにいい気味である。
「負けを認めるなんて、御免だな。それと悪いが、質問は受け付けてないんだ……!」
そのまま追撃、もう一発頭に蹴りを入れようとする。が、今度は腕で防がれてしまう。流石にそう何回も喰らってはくれないか。そのまま固まったままでいてくれればよかったのだが。
「だったら、やはり君には一度、気を失ってもらうしかないようだね。どうやって耐えたかの種も分からないし、こうなったら僕も脚を使おうか……!」
強く蹴ろうと思えばどうしても大振りになってしまう。その為、俺は今まで攻撃を避けたときや、油断していた無防備な時を狙ってくりだしていたのだ。
「ハッ、足技はこっちの専売特許なんだよ……!」
そう、だからこちらに向けて放たれた蹴りを避けるのは難しいことではない。そして、無防備なその頭に向けて渾身の蹴りをお見舞いする……!
「はっ、やはりそうやって逃げるんだな……! だが、これでもう終わりだ……!」
「ッ!? ぐっ、一体、なん、だ……!?」
白蛇の頭に蹴りが届くと思った瞬間、突然身体が締め付けられた。胴から腰、そして脚にかけて、まるで極太の綱を巻きつけられたかのような感覚。
「なっ、これは……!?」
「本当に、まさかここまでてこずらされるとは思ってもみなかったよ。おかげで、人間などにこんなに密着しなくてはいけないなんてね。本当に、不愉快だし屈辱だよ」
その言葉通り、俺の身体には白蛇が密着していた。袴から伸びていた脚がいつの間にか、巨大な白い尾に変わり、俺に巻き付いて拘束しているのだ。
「くそっ、名前で予想しとくべきだったな……!」
白蛇という名前どおり、その正体は蛇の特徴を持っているだろうということを。
おかげで避けたと思った脚を変化させられ、こうして捕らえられてしまったのだから。
「ふん、なるほど。さっき僕の攻撃を防いだのは、この服か。どうやら、かなり強い力の込められた霊装みたいだね。けど、こうなったらそれも意味はないだろう?」
「はっ、一体何のことだ? こんなの、全然苦しくもないぜ……?」
そう答えはしたものの、完全に白蛇の言うとおりだった。
俺が白蛇の一撃を耐えたのは、もっと言えば二戦目であそこまで圧倒的に勝てたことや、この試合で白蛇と渡り合えたのもこの服の助けが少なからずある。
――一見普通のシャツとズボンに見えるが、実はこれは依織が織ってくれたものなのだ。
一日程度しか持たないものの、物理的な衝撃や呪術などの魔的なものへの耐性、更に身体能力向上の効果までついている優れものだ。レイアの手前、表立って協力するようには見せなかった彼女だが、部屋に戻るなり徹夜でこれを織りあげて朝家を出る前に渡してくれたのである。
「へぇ、これでもまだ、そんなことを言えるのかい?」
「ぐっ、がっ……!?」
白蛇が、更に強く俺を締め上げる。たとえ物理耐性があるといっても、流石にこのような締め付けまでは防げない。それを分かって、白蛇もこうしていたぶっているのだろう。
「ほら、早く降参を告げてくれないか。気を失ってもらうにも、これだと加減が難しいからね。君だって、手違いで死にたくはないだろう?」
「はっ……、だれが、降参なんて、するかよ……!」
ここで降参を認めたら、レイアはこいつと婚約をさせられてしまう。それに俺の為に徹夜で準備をしてくれた依織に顔向けできない。だから、負けられないのだ。
そう、この戦いは俺だけのものではないのだ。降参なんて、絶対にできない……!
「全く、強情だね。けど、文字通り手も足も出ないように拘束されて、なにか手はあるのかい? どうやったってもう君は僕に勝てないんだよ。だから、素直に諦めてくれないかい? そうすれば、こうやって苦しむこともなく開放してあげよう」
「ぐっ……、何度も、言わせる、な……! 俺は、絶対に、降参なんて、しない……!」
「もういいわ、彰! 降参しなさいよ! もう無理でしょ! あんたはもう十分頑張ってくれたわ! なんで、なんで、あたしの為にそんな無理するのよ……!」
耐え切れなくなったように、レイアが叫んだ。そして白蛇が更にその言葉に追従する。
「ほら、彼女の言うとおりさ。もういいだろう、人間しては君も十分に善戦したさ」
「ありがとな、レイア……!」
レイアに礼を言う。だが勿論、降参を認めてくれたことにじゃない。
寧ろ、勝機に気づかせてくれたことに、だ……!
「ふっ、やっと降参する気になったかい。あぁ彼女だって認めてくれているし、誰も責めはしないさ。さぁ、早く宣言するといい」
「それじゃあ、手を借りるぜ……!」
締め付けられた中から服を破る勢いで無理やり腕を抜き出し、白蛇の手を掴む。
瞬間、御馴染みの感覚と共に拘束が消え失せる。俺に巻きついていた白蛇の尾が、最初と同じ普通の人間の足へと変化したのだ。巻きついていた尾が変わったせいで、白蛇の脚は空中に投げ出される。
「なっ、なんだ、これは!? 僕の身体が、どうして……!?」
突然の変化で空中に投げ出された白蛇を床に倒す。そして手を離し、その無防備な顔面に向けて思い切り脚を振り下ろし、踵落としを放つ――!
「これで終わり――」
この一撃を決めれば勝てる。体力も気力も限界で、力なんてほとんど残っていないはずなのに何故かそう確信できた。これさえ入れればもう白蛇は立ち上がることは出来ないはずだ、と。
「だ――、ぁっ……」
けれど踵が白蛇に当たる寸前、唐突に力が抜けた。立っていられず、そのまま床に崩れ落ちてしまう。更に、何故だか意識がどんどん薄れていく。
――一体、何が……?
「ははっ、ようやく、毒が回ったか……」
偶然だろうが俺の疑問に答えるように、白蛇の嬉しそうな声が最後に聞こえた。
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