023 『戦いの結果』

「ん……? ここは……?」


 目を開けると、見知らぬ天井が映った。状況を確認しようとする前に、大きな声が響く。


「彰っ、目が覚めたのね!」


「ちょっ、レイア……!?」


 身体を起こしたところに、レイアがいきなり抱きついてきた。なにがなんだか分からないうえ、彼女の顔が近かったり大きな胸が当たったりで焦ってしまう。


「あっ、ごめん、つい……」


「いや、それはいいんだが。それより、その、すまん、負けちまった……」


 焦って一度頭が空になったお陰で、逆に冷静になれた。俺がここにいるのは、気を失ったから。そう、つまりは白蛇に負けたということだ。そしてそれは、彼女の婚約を意味してしまう。


「いいわよ、そんなの。それより、さっきは本当に心配したんだから! あんたは無茶しすぎなのよ、さっさと降参すればこんなことにもならなかったのに……!」


「心配かけて悪かった。けど、反省はしてない。お前が懸かってるのに、降参なんてできる筈ないだろ。それで負けてるんだから、言い訳に過ぎないがな……」


「ばっ、何を言い出すのよ、いきなり!」


 何故か顔を赤らめて叫ぶレイア。何も変なことは言ったつもりはないのだが。俺は彼女をかけて、白蛇と競っていたのだから。


「仲良くしているところ申し訳ないけれど、彰さんの意識も戻ったようですし、そろそろ結果の発表をしてもいいかしら?」


 そう言って、部屋に入ってくるレイアの母。その後ろからは、レイアの父や、白蛇達もついてくる。そんな彼女達を睨みつけ、レイアは言い放つ。


「ママ、あたしは絶対嫌だからね、こんなやつと婚約だなんて……!」


「そんなに毛嫌いをしなくてもいいじゃないですか。これから長い付き合いになるんですから」


 嫌悪感を隠しもせず嫌がるレイアに、気にせず話しかける白蛇。けれど、その言葉の通りなのだろう。レイアの意思がどうであれ、彼女の母が全ての決定権を握っているのならば。


「わざわざ焦らすのも面倒だし、結論から言うわ」


 ついに結果が言い渡される。それをレイアは悔しそうに、白蛇は勝ち誇った様子で聞き入る。


「この勝負、二勝一敗であなたの勝ちよ、――彰さん」


その言葉に、その場にいたレイアの母以外の全員が唖然とする。当然ながら勝ちを言い渡された俺自身、信じられない気持ちだ。


「えっとママ、それは、どういう……?」


「だから、言葉の通りの意味よ。レイアちゃんの連れてきた彰さんの勝ち、二人の交際をルムガンド家として正式に認めるわ」


 しかし、その結果に納得がいかないのは白蛇だ。余裕だった表情は消え、必死の形相でレイアの母に詰め寄る。


「ちょっと、どういうことですか!? もしかして最終戦で僕が毒を使ったから負けとでも言うんですか!? あれだって、れっきとした僕ら白蛇一族の能力なんですよ!」


「いいえ、そんなことないわ。確かに綺麗な戦いではなかったけれど、ルールに則っていたのだからあの試合は君の勝ちよ」


「だったら何故!? それなら二戦目は僕の負けでも、一戦目と三戦目は僕の勝ちなのだから、二勝一敗は僕の方でしょう!」


 なおも食い下がる白蛇に、レイアの母は二枚の紙を突きつけ言い放つ。


「何か勘違いしているようだけど、誰が一戦目をあなたの勝ちとしたのかしら? ほら、この答案を見たら分かるでしょう。まったく、この結果で何故そんな勘違いをしていたのかしらね」


 彼女が出したのは俺と白蛇が第一戦で行った筆記の答案だった。

赤インクで採点がなされているのだが、白蛇のほうは全ての問いに正解の丸が付けられ、俺のほうは半分しか丸はない。けれど、その上に書かれた点数がおかしかった。


「そんな!? どうして全問正解の僕より、半分しか解けてないこいつの点数が高いんですか!?」


 俺―百五点。白蛇――十点。答案の右上には、そう得点が記されていた。


「どうしてって、そんなの配点の差に決まってるじゃない。ほら、答案の裏を良く見なさい。それに私はちゃんと言った筈よ、『アンケートも採点に含める』ってね」


 答案を受け取り裏のアンケートの方を見ると、俺の答えには全て二重丸が、逆に白蛇の方は全てに×が付けられていた。それがこの点差の理由ということらしい。


「そんな、僕の考えのどこが間違って……」


「確かに、あなたは知識面や家柄は良いのかもしれないわ。けど、そんなことより私は魔族と人間であれ、種族が違っても偏見を持たないことを重要視しているのよ」


 答案を見ると、レイアや依織と会ったせいで種族の優劣などないという考えで答えを選んだ俺に対して、白蛇は人間よりも魔族が、また他の魔族よりも蛇種の魔族こそが優越しているといった、典型的な選民思考の回答をしたようだ。


「そんな、こんなことって……」


「つまり、問題は十点満点、アンケートは百点満点だったっていうことか……」


「えぇ、そのとおり。君みたいな考えを持った人間が増えてくれれば、私たち魔族との交流もより良く進むと思うのだけれど、どちら側にも偏見はあるから難しいのよね」


 茫然自失の白蛇を無視して、俺に微笑み話しかけるレイアの母。どうやら俺の考えが彼女の理想と合致していたおかげか、いたく気に入られたような気がする。


「というか、これって彰が最終戦で頑張ってくれた意味は、全くないんじゃ……」


「いいえ、そんなことはないわ。あなたの為に、種族の差に怯まず立ち向かう彰さんはとっても素敵だったもの。私もそんな彼ならレイアちゃんを任せられると思ったのよ。もし、あそこで軽々しく負けを認めるようなら、たとえ三本戦で勝っても交際なんて認めなかったわ」


「それ、三本戦の意味ないじゃない。そりゃ確かに彰があたしの為に頑張ってくれたのは格好良かったし嬉しかったけど……、って何を言ってるのよ、あたしは……!?」


 何か納得いかない様子で頭を振るレイア。そんな彼女を落ち着かせようと肩に手を置く。


「まぁいいじゃないか、終わりよければ全てよしってことで。こんなどんでん返しになるとは思いもよらなかったけどよかったぜ。絶対お前を守るって約束、破らずにすんだんだから」


「馬鹿っ、いきなりなにを言いだすのよ……!?」


「あら、なんのことかしら? 私にもそれ、教えてくれないかしら?」


 俺の言葉にレイアが怒って声を荒げ、さらに興味津々と言った様子でレイアの母が聞き出そうとしてくる。


――そんな中、膝を付いて崩れていた白蛇が唐突に立ち上がった。


「……認めない。僕は、こんな結果認めないぞ……!」


「あなたが認めるかどうかなんて関係ないわ。そう、最初にあなたも言ったとおり、所詮は当て馬なのよ。それに機会を与えただけ十分でしょう、なのになにが不服かしら?」


 何か問題があるのかと、見下しきった様子で返答するレイアの母。自分が正しいと信じきっている、当然というような言い方である。


「ッ! こっちが下手に出ていれば調子にのって!」


「待てッ……!」


 付き添っていた父親の静止も聞かず、白蛇がレイアの母に掴みかかろうとした。


「――あなた程度が、私に楯突くというの?」


 レイアの母が放った一言。まるで興味のないもの対するような、底冷えするような声。けれど、もし掴みかかろうものなら命の保障はない、そう感じさせられる気配が広がる。


「ヒッ……!?」と短く悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる白蛇。その顔は血の気が失せ、怒りや反抗心など跡形もなく怯えきった表情を浮かべている。


「息子が大変失礼を働きました……! しかし、道理の分からぬ若輩のこと、私はどのようになってもかまいませんから、どうかお慈悲を……!」


 息子の頭を地面に叩きつけるように伏せさせ、自らも土下座で許しを請う白蛇の父。そんな彼の様子に毒気を抜かれたか、レイアの母も先ほどの剣呑な雰囲気を解く。


「気にしないでいいわ、子供のやったことですもの。それでは試合も終わったし、私たちは帰らせてもらいますね。本日は場の提供の方、感謝しますわ」


 そう元通り、和やかな雰囲気で答えると部屋から出て行くレイアの母。


「ほら、レイアちゃんと彰さんも、行きますよ」


固まっていた俺とレイアも、その声に慌てて後を追う。

なんというか、お前の母親って、本気ですごいな……」


「うん、ママには誰も逆らえないのよ……」


 そんなことを話し、冷や汗を流して屋敷から出て行く俺達だった。

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