089 『どんな大きさも思いのまま』

「……舞闘会の知らせ?」


 手紙には、そう書いてあった。


 一緒に入っていた案内によると、魔族の年頃の令嬢達に競わせて、その能力を切磋琢磨すると共に、交流を深めるのが目的であるらしい。ただ、それだけならまだいいのだけれど、手紙には一つ、ひどいことが記されていた。


「強制参加ってどういうことよ!?」


 ママ曰く、『主催者がうちなので、レイアちゃんは強制参加なのでよろしくね♪』、と言うことだ。確かに、主催者側から出すのは当然って気もするけど、何の相談もなしにこんなことを開いて、いきなり出場しろとか、やることがいきなりすぎる……!


「ふぅん、大変そうですねぇ。まぁ頑張ってきてください。あなたがいない間に、私は彰さんとの夫婦水入らずの生活を謳歌いたしますので」


「はぁっ、そんなの許すわけ無いじゃない! というか、夫婦って何よ、夫婦って!?」


 何もかも気に食わないことを言う娘だ。あたしが途方にくれているというのに、それを気にしないばかりか喜んだ上に、彰と夫婦水入らずとか羨ま……じゃなくて、納得いかない!


「とはいえ、私は部外者ですから。申し訳ありませんが、貴族の貴女と違って、私にはそんなややこしくて面倒な身分なんてものもありませんから、その舞闘会とやらにでることもできませんね。残念です、もしも出れたなら、あなたのその無駄な自信を粉々に砕いてあげましたのに」


「……その言葉、本気で言ってるのね?」


 相変わらずの嫌味……、だが、この場面では、それがよい方向へと転んでくれた。


「はい、怒るなり何なりとご自由にどうぞ? 何を言ったところで、貴女がそれに出なければいけないのは変わりませんし、身分の無い私が関係ないのも変えようがありませんから。えぇ本当に残念ですとも、協力できるなら、してあげたいとは思ってるんですよ?」


 私の態度を、ただ悔しがってると思ってか、更に続けて依織は言葉を続けてくれる。普段ならこんなミスはしないやつだけど、やっぱり夏休みに、彰と一日中二人きり(正確には空亡もいるが)、ということに舞い上がっているんだろう、きっと。


 だから、あたしはそんな依織にニヤリと微笑を向ける。


「実はこれ、二人一組での戦いらしいのよ? しかも、もう一人は身分フリーな」


 そう言って、大会の参加要綱を見せ付ける。


 確かに、貴族令嬢が参加者には必須だけれど、その相方になる相手は、年頃の魔族女性なら身分は関係なく選んでもいい、と要綱には記されていた。本来なら、メイドや使用人を参加させる為の仕様なのかもしれないが、あたしにとって都合がいい限りだ。……ママが依織を巻き込ませる為に用意しただけな気もするけれど。


「さっき言ったわよね、協力できるならしてくれる、って?」


 そう、しっかり先ほど言質は取った。嫌味で言ったつもりの、迂闊な発言から。


「そっ、それは、確かにいましたが、あんなのはただの言葉の綾で……!?」


「死なばもろとも、道連れよ。というか、抜け駆けなんて、絶対させてやるもんですか!」


「横暴ですっ! 私には、彰さんのお世話をするという崇高なお仕事が!?」


 似合わない涙目になる依織を見て、若干溜飲が下がる。


 けれど、無理やり引っ張っていっただけでは、結局はダメだ、というのも分かっているのだ。多分、これを見越して、ママも用意したんだろう。


「というか、これ見てなさい。どう思う?」


 そう言って、依織に商品の項目を見せてやる。


「こっ、これは、本当なんですか……!?」


「えぇ、ママのことだから偽者とかは無いはずよ。嘘偽り無く、その効果の品物が、景品として配られるはず。勿論、上位になることができれば、だけれど」


 記された景品は、女なら誰もが望むものばかり。それを上位から選んでいくのだという。


 例えば至高の肌艶を約束するクリーム、魅惑の魔力の込められた美しい宝石のついたネックレス、意中の相手を虜に出来る惚れ薬など、様々なもの、そして――、



「私が言ったことです、責任をとって貴女共に、その舞闘会に参加しましょう」



 そう答える依織の瞳は一点、どんな大きさも思いのままという魅惑の豊胸剤へと注がれていた。……うん、やっぱり、気にしてたんだ、小さいの。


「今回は私も全力でお手伝いさせていただきます。目指すは優勝、唯一つ」


「勿論、やるからには絶対に勝つわよ!」


 こうして、あたしは依織と組んで、舞闘会へと参加することとなったのだった。


 ……なんか、完全にママの掌の上な気がするが、ここはもう気にしたら負けだと思う。

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