090 『報われないひと』

「なんというか、凄いですね……」


 目の前の建物に、目を丸くする依織。でも、こんなものは元々予想できたことだと思うのだけれど。そもそも、今回の趣旨を考えたら、当たり前と言ってもいいと思う。


「そう、城ぐらい普通じゃない? というか、城じゃなかったら何処でやるのって話よ」


 彰に別れを告げてすぐ、うちの家からの迎えの車に乗り、魔族用の転移ゲートを通って、あたし達がついたのは城だった。


「いや、お城って、そもそもそんなのがあること自体が驚きなんですが……」


「そうなの? まぁ確かに、人間の世界の常識ではそうなのかもしれないわね。けど、魔族側の世界では結構よくあるものよ。古い城なんかは、たいていが高位の精霊化して中の環境の整備や、一般の人間からの隠匿を行ってくれるから重宝されてるし。今回は、令嬢達の交流って名目を考えると、その集まるホールや泊まる場所として格式は必要だしね」


「なんだか、そう言ってることだけ聞くと、貴女が一応貴族の令嬢であるように思えてしまいます」


「失敬ね、実際に正真正銘あたしは貴族の令嬢よ! 何処からどう見てもそうでしょ!」


 まったく、こいつはあたしをなんだと思っているんだ。この滲み出ているだろう、高貴なオーラ的な何かが分からないのだろうか?


「はいはい、そうですね、あなたは令嬢ですよ。えぇはい、ある意味そういう意味で考えたら、テンプレートと言っていいぐらいに貴族令嬢ですね、確かに」


「むぅ、なんだか引っかかる言いかたね。まぁいいわ、ほら、こんなところでいつまでも見てても進まないし、いい加減呆けるのもやめて中に入るわよ。とりあえず、受付を済ませましょ」


「そうですね。私としたことが、ちょっと城というものに驚いてしまいました。まぁ、そういうものだと割り切るべきですね。つまるとことは、会場と考えればいいんでしょう?」


 整理が出来たのか、しゃんとした顔つきに戻る依織。何が引っかかったのかは分からないが、納得できたのならいいだろう。さっきみたいにふぬけた顔で中にいって、周りに舐められるのはあまり気分のいいものじゃないし。


 そして、受付を済ませ、待機場所の役割をかねた城内の交流ホールにきたあたし達だが、入ってすぐに、面倒くさい存在と目が合ってしまう。



「あらあら、レイアさん、ごきげんよう。あなたも、舞闘会に出られるんですか? どこかの田舎に行ったきり戻ってこなくなったと聞いて、今回は主催者権限でも使い欠席されると思っていたのですけれど」



 嫌みったらしいとげのある言葉。


 そこにいたのは、無駄に艶のある緑長い髪を巻き髪にし、品のない紫のドレスを着た少女。あたしと比べれば劣るとはいえ、そこそこ目鼻立ちは整ってるし、その髪型も含めてある意味令嬢らしい令嬢、といえる姿である。顔のある一点、両目を隠すように覆われた横長の眼帯を除けば、だが。


「あぁ残念だったわね、それは。あたしと当れば、あんたなんかすぐに負けて敗退だもの、あたしが出ないよう祈っていたでしょうに悪かったわね、メイディ」


 彼女の名は、メイディ=ルゴーネ。


 あたしにとっては、馴染みのある相手だ。似たような種族なうえに、年齢も近かったせいでなにかと会う機会が多く、幼い頃から突っかかってくる面倒くさい少女なのだ。


「それで、あなたパートナーはいらっしゃるの? 実はこのホールで相手を見つけて即席のペアを作るのも許されてるのよ。ふふっ、もし、いらっしゃらないようでしたら、特別にこのあたくしが――」


「いや、あたしはいるわよ、普通にパートナーくらい」


 なんのために依織をつれてきたというのか。


 確かに、交流会って題目ならいいかもしれないけど、誇りや商品が懸かっている以上勝ちにいくのは当然、その場で出会った実力も分からない相手と組みたいとなんて思わない。


「えっ、そっ、そんな見栄なんて張っていただかなくても大丈夫ですわよ? だって、貴女はわたくし以外に同年代に親しい魔族の知り合いなんていなかったではありませんか?」


「……失礼なヤツね。いるわよ、あたしだって親しい同年代相手ぐらい」


「そっ、そんなことあるはずがありませんわ!? だって、レイアさんはわたくしの――」


「はぁ。なんというか、色々面倒そうなのでお暇したいのですけれど、そういうわけにはいきそうにないですね。始めまして、依織と申します。縁あって、私が今回のレイアさんのペアを務めさせていただくことになりました」


 嫌そうな顔をしながらも、先ほどから一歩後ろで何も言わずに佇んでいた依織が前に出てくる。まぁ親しい相手というか、こいつにかんしては、好敵手――というか恋敵というべき相手ではあるけれど、今回のあたしのパートナーであることには変わりない。


「そっ、そんな、そんな、嘘、嘘です、嘘に決まってます……!」


「いや、だから、あたしのパートナーはこの依織だって」


「分かりました、レイアさんは、この毒婦に騙されているのですね! わかりました、そういうことなら、わたくしがその目を醒まさせていただかなくてはいけません! そうと決まれば、わたくしもこうしてはいられません――!」


「えっ、あっ、ちょっと、メイディ!」


 あたしの静止の言葉など聞こえていないように、まくし立てるように言うとメイディは走り去っていった。いったい、何がどうしたって言うのだろうか?


「なんというか、あの方も色々報われませんね……」


「ん、どういうこと?」


 首を傾げるあたしに、依織は処置なしというように首を振るだけだった。

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