028 『病んだ幼馴染と窮地の助け』

「ほら、痛くなかったでしょ? 神様がやったんだもん、心配なんて要らないわ」


「うむ、我が巫女の言うとおりだ。血など流れぬし、死ぬことも無いぞ。少し生活は不便になるかも知れぬが、そこはその娘が世話を焼いてくれるであろうしの」


 その言葉のとおり、その切断面には黒い靄のようなものがかかっており、血は一滴も流れておらず痛みも無い。ただ、腰から下の感覚がなくなっているだけだ。


「勿論です、神様! 彰の世話は、勿論わたしがみます!」


 上機嫌に話す奈々と空亡。奈々に抱きかかえられた俺はどうすることも出来ず途方にくれる。


「では、我はそろそろ力を取り出しにいくとするかの。忌々しい場所ではあるが神域に変わりはない故、祀られていた場に戻るとしよう。霜神とはいえ、そやつの方はもうなにもできまい。約束どおり、お主の好きにするがよいぞ」


「はい、神様ありがとうございます!」


 そう奈々に声をかけると、空亡は地面に落ちた俺の下半身を片手で軽々と持ち上げ、この神社の御神体がある社へと向かっていった。


「ふふっ、やっと二人きりになれたわね、彰」


 空亡を見送ると、奈々は抱きかかえた俺にそう嬉しそうに言ってきた。


「いや、二人きりって、お前は一体何を……?」


「何って、何もかもよ。今日から彰はわたしと一緒にここで暮らすの。ご飯も、トイレも、お風呂も、どんなことでもわたしがやってあげるわ。もし邪魔するような人が来ても、神様がやっつけてくれるんだから。あぁ、考えただけで幸せになってくるわ……!」


 ……明らかに、ヤバイ。


 会った時点で普段と違う、何かおかしいとは感じていた。だが、あの空亡を神様扱いして心酔しているうえ、ヤンデレ染みた発言をしだすなんて完全に予想外すぎる。


「そうだ色々と疲れちゃったから、ちょっと早いけどまずはお風呂に入ってさっぱりしよっか。しっかりわたしが綺麗に洗ってあげるから、心配しないでね」


「ちょっ、風呂って……!? そもそも、俺はまだなんにも納得なんか――」


「恥ずかしがったりなんかしなくてもいいのよ。これからは、ずっとこんな風に暮らしていくんだから。ほら、連れていってあげるから行きましょ」


 戸惑ったままの俺を、奈々は抱いたまま何処かへ、彼女の言葉から考えるには、どうやら風呂場へと連れて行こうとする。当然ながら、俺の意思など無視したままで。


「いや、お前本気でそんなことするつもりかよ、正気にもどれよ……!?」


「そういえば、彰って確か脚が好きだったわよね。わたしの脚、運動してるから少し硬いけど、それなりに引き締まってるのよ? 勿論彰なら好きに触ってくれてもいいよ、こんな風にさ」


 俺の言葉を無視したままで、奈々は俺の手を取ると自らの脚を触らせようとする。


彼女の言うとおり、確かに俺は軽く脚フェチ的なところはあるし、健康的に引き締まった奈々の脚は揉んで柔らかくしてみたいと思えるような、触り心地の良さそうな脚ではある。


「だからお前は何を考えてるんだよ!? しかも、なんでいきなりこんなことを!?」


普段なら、こちらから頼みたいと思えるようなことだが、今はそんな場合ではないのだ。


けれど、抗議も虚しく奈々に掴まれた俺の手が、その脚に触れようとしたとき――、


「ちょっと彰、あたしってものがありながら何浮気してるのよ!」


 そんな聞き覚えのある怒声と共に、奈々に抱かれた俺は弾き飛ばされた。更にそのまま地面に落ちる前、これまた馴染みのある鱗に覆われた尾に巻きつかれ一気に引き寄せられる。


「ちょっと目を離すとこれなんだから、あんたってホント節操無いわね……!」


 不満げな声を漏らすのは、上だけ見れば金髪碧眼ツインテールのドレス姿の美少女。けれどそのドレスの裾から伸びるのは二本の脚ではなく、艶やかな翠の鱗に覆われた長大な蛇の尾。


 そんな知り合いは、俺には一人しかいない。


「どうしてお前がいるんだよ、――レイア!?」


 突然俺を弾き飛ばし、そしてその尾で絡めて引き寄せたのは、数日前に異国の実家に帰ったはずのラミアの少女、レイアだった。


「どうしてって、ママが転移魔術で送ってくれたからだけど? そしたらいきなりあんたの浮気現場に遭遇するんだもの、驚いたわよまったく」


「いや、どうやってじゃなくて、なんでお前がここにいるのかを聞いてるんだが。家に連れ戻されたんじゃないのか、お前……?」


 突然ここに飛んできた転移魔術というのも確かに疑問だが、聞きたいのはそこではない。


 彼女は偽の恋人だとばれて、怒った母親に連れ戻されてしまったはずだ。なのに、どうしてレイアがここにいるんだ? しかも、連れ戻した張本人である母親に送られて……?


「そっ、それは、今はどうでもいいじゃない! また後で説明するから……!」


「わ、分かった、お前がそういうならいいさ。だからお願いだ、とりあえず緩めてくれ……。じゃないと、マジで死ぬ……!」


俺の質問に何故か声を荒げて焦ったように答えたレイア。しかし彼女の焦りに呼応してか、俺を絡める尾の締め付けがギリギリと強くなっているのだ。


「あっ、ごめん、つい。というか、あんたどうしたのよ、その身体? どっかに落としてきたの、下半身? 人間って、あたしが思ってたよりも頑丈なのね」


「落とさねえよ、流石そんなもん。てか、今更さらそこにツッコむのか――って、今はそんなこと話してる場合じゃなかった!?」


 レイアの登場の方ばかりに意識を傾けてしまっていたが、今の状況は落ち着いて話していられるようなものじゃない。


奈々に呼び出されたと思ったら、空亡とかいうよく分からないやつに襲われて下半身を奪われ、更に奈々に監禁されそうになっていたという状況なのだから。


そんなことに俺が思い至ったとき、突然のことに放心していた奈々も状況を把握したらしい。


――無論、正気ではないようだが。


「なんなのよ、この化け物は……! いきなり出てきてわたしの彰を奪ったと思ったら、そのまま親しげに話し出すなんて……! あんたも、わたしの邪魔をするの……!?」


「ちょっと、化け物ってもしかしてあたしのこと? それに、彰があんたのってどういうことよ? 何勘違いしてるのか知らないけど、こいつはあたしのよ」


「いや、お前のものでもないんだが……。つーかレイア、また締まってるから……!」

 憎憎しげに叫ぶ奈々と、その言葉に反応し言い返すレイアには俺の意見など無視される。しかも言い合いに興奮してか、巻きついている尾の締りがさらに強くなり苦しい。


「許さない、絶対そんなの許さない……! 彰は渡さない、わたしから彰を奪うやつなんて、みんな消えちゃえばいいんだ……! そうよ、どんな化け物だって、誰も神様に敵うわけないんだから、私が神様を呼べばあんたなんてす、……ぐ……にッ……」


 物騒なことを言っていた奈々が、ばたん、といきなり倒れた。


「はっ? おいどうしたんだよ奈々、またいきなり? 今度はなにがあったんだよ……?」


 呼び出されてから今まで、訳の分からないこと、唐突なことのオンパレードだが、またもそれが起きたらしい。一体どうして、奈々はいきなり倒れたのか?


 しかし、その疑問はすぐに晴らされることとなる、上から降ってきた彼女の一言で。


「すいません、彰さん。流石にアレを呼ばれるとまずいので、少し眠ってもらいました。ご心配なく、ちょっと糸で絞めて失神してもらっただけですので」



「いや、なんで依織まで来てるんだよ……!? しかも失神って……!」


 飛び降りてきたのは我が家で帰りを待っているはずの蜘蛛娘、依織だった。

 しかも、口ぶりから察するに奈々を倒れさせたのは依織のようである。そもそも、連絡もしていないのにどうして彼女がここにいるのだろうか。


「勝手に外に出ないという約束を破ってしまい申し訳ありません。ですが彰さんの帰りが遅く、しかもとても厭な気配を感じてしまい、この糸を辿ってきたのです」


 そう言って右手を見せる依織。その小指に赤い糸が結ばれており、その先は俺の小指に結ばれていた。当然そんなもの俺はつけた覚えもないし、そもそも今まで気がつきもしなかった。


「あ、これは霊力で出来た糸なので絡まったりひっかかることもありませんし、気がつかないのも当然です。ほら、こういう風に普段は消していますから」


 すう、と糸が薄れて消えていく。依織の言葉通り、確かに見えないし結ばれている感覚も無い。しかし、認識できないだけで今も繋がってはいるということか。


 だが、邪魔にならないとはいえこんな風に居場所を知られ続けるというのは微妙な気分になる。依織からすれば悪気は無く、単に心配からつけたものなのかもしれないが。


「ストーカーって言うんだったっけ、そういうの?」


「ちょっとレイアさん、おかしな言い方をしないでください! 私はただ彰さんがいつ何処にいるか、お帰りの時間は何時ごろか、私に嘘をつき他の女性のところへ行っていないかなどが知りたいだけなのですから……!」


 レイアの率直な感想に声を上げて抗議する依織。

けれど正直なところ、十分にストーカーと言って問題ない理由だ。前々から感じていたが、基本的に依織はいい娘なのだが、なんだか少しヤンデレ染みてる気がする……。


「とりあえず色々言いたいことはあるが、二人ともまずはここから離れようぜ」


 分からないことだらけだが、このまま外で話し続けるわけにもいかない。今はいないが、また空亡がきたらどうなるか分かったものじゃない。


「そうですね、またさっきのアレがきたらどうにもなりませんでしょうから。彰さんの言うとおり、話は後にしたほうが良さそうです」


「えぇなんだか分からないけど、あたしも確かに早く家に帰ってゆっくりしたいわ」


 俺の言葉に二人とも賛同してくれる。とりあえず、まずは家に帰るのが先決だ


「それとすまん、見てのとおり俺は歩けないんでどっちかが運んでくれ。あと、ここで倒れてる奈々も頼む」


 気絶させて家まで運ぶというのは犯罪的な行為だが仕方ない。何かを知っているであろう奈々からは、絶対に話を聞かなくてはいけないのだから。


「分かりました。では、彰さんは私が連れて行きますので、あなたはその方をお願いしますね」


「あたしの方が先にこいつは持ってたんだから、あんたがその娘を連れてきなさいよ!」


「……いや、どっちでもいいから早くしてくれ」


 今はそんなことを争ってる場合じゃないんだから。


 そんな俺の思いが聞き届けられることはなく、結局言い争いの末、途中で交代するという結論が出るまでに更に数分の時間を要することになるのだった。

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