069 『理不尽な結末』

「というか、みーくんって、ガスコンロ使えるのか?」


 料理対決が始まってすぐ、まず俺が思ったのはそんなことだった。


 ぱっと見はあまりそういったものに馴染みがなさそうな感じだけれど、みーくんはこの空亡作の特設ガスコンロや調理器具を使うことができるのだろうか? 普通の一般家庭なら問題なくても、使い慣れてなければ火を起こすことさえ出来ないかもしれない。


 ……それも含めて、依織の計画なんだろうけど。ホント、真っ黒だ。


「確かに言われて見ればそうであるの。だが、そんなものはどうでもいい。我にとって重要なのはたった一つ――」


 そう言葉を区切った空亡に対し、レイアがうなずきながら続ける。


「――美味しい料理が食べたい」


「うむ、当然であるの」


 レイアの返答に満足した様子の空亡。なんだかんだで、結構似ている二人である。


 ……主に、ごく潰しいう意味で。


「ホント、ぶれないな、お前らは。そもそも、依織が負けたらおれがどうなるか分かってるのかよ……」


 そう、楽しそうに料理の出来上がりを待っているが、これは勝負なのである。


 しかも、俺を賭けた。


「ああ、そういえばそうだったの」


「えぇ、どんな料理がくるのか楽しみで、完全に忘れてたわ!」


 ……もうやだ、この居候たち。


「というか、お腹すいたんだけど」


「我も同意見である。さっさと美味いものを食べたいの」


「いや、もう少し堪えろよ」


 まだ勝負が始まって五分も経っていない。料理慣れしている依織ですら、まず下準備とかから取り掛かっている段階である。そんな早くに出来るはずがない。


「けど、仕方ないじゃない。もうお昼なんだし、普段ならとっくにご飯食べてる時間よ」


「であるの。そもそも腹がすくのは生理現象であるから、仕方ないことであろうよ」


「んなこと言ったって、そんなに早くできるはずが――」


「よしっ、用意出来たぞ、彰!」


 そんな言葉が平原に響き渡る。


 俺は勿論、対戦相手である依織まで、その言葉の発生源――みーくんの方へと驚きの視線を向けている。……レイアと空亡は、驚き以上に期待が強い様子だが。


「完成したら、出来立てを食べてもらっていいルールだったよな!」


 そうみーくんが言うとおり、先に料理が出来た方から食べて審査してもらう、というルールとなっている。だから、依織が作ってる間に、みーくんの料理を食べるのは何の問題もない。ただ、完成するのが早すぎただけで。


「いや、五分も経ってないんだが、ほんとに、出来たのか……?」


「あぁ、勿論だ! 持参の食材を使ってよかったからな! ほら、彰、早速食べてくれ! 一番最初に、彰に食べて欲しいんだ!」


 みーくんが差し出す大皿には、ホコホコと美味しそうに湯気を上げる、串に刺された肉や野菜が沢山乗っていた。見た目的には串焼きといった感じである。


「なら、まぁ、さっそく」


 そう言って、串を一本とり、口へ運ぶ。


 問いに対する返答になっていないが、嬉しそうなみー君の様子に、これ以上追求して水を差すのもよくない。……というのは建前で、隣の飢えた二人が『さっさと食え、そして自分達にも食べさせろ』と視線で訴えてきているから、というのが一番の理由だが。


「美味いな、これ。ホントに、どうやって作ったんだ、こんなの、あんな短時間で」


 一口齧ると口に肉汁が広がる。串に刺さる程度の硬さがあるはずなのに、口に入れるとサッとほぐれていく絶妙な柔らかさ。更に、甘辛い、けれどくどくない、そんな下味がしっかりついている。付けあわせとして一緒についている野菜もあいまり、何本でも食べていけそうな感じだ。


「彰は昔からコレ大好きだったからな。いつか彰に食べてもらう為に、母様にみっちり教えてもらったんだぞ!


「そっ、そうなのか……。けど、確かに、俺好みの味だなって、もうない!?」


 大皿に大量に載っていたはずの串たちは、今やレイアと空亡の胃袋と、その両手に握られていた。


確かに止まらない味っぽいけど、こいつら食い意地張りすぎだろう!?


「ハハハッ、まだまだあるから、彰の友達も沢山食べてくれて構わないぞ!」


 そう言うとみーくんは、腰につけていた鞄から、大量の串焼きを取り出して更に大皿に追加していく。だが、明らかに鞄と出てきた大きさが違う上に、さらに串全てができた手ほやほやの如く美味しそうな湯気を出しているは一体どういうことなのか?


「ん、この鞄か? これは、彰に合いに行く前に、母様が手料理を大量に持っていくように、ってくれたんだ。出来立てほやほやのまま、いっぱい保存できる凄い魔道具なんだぞ。維持するのに結構魔力消費するから、疲れるんだけどな!」


「なるほど、だからこんなに早くできたわけか」


 その言葉でようやく、疑問が解けた。あの短時間で出来たのは、事前にできたてホヤホヤの作り置きを大量に用意していたから、ということか。


「ふうん、便利なものなのね。まぁ、美味しいからいいわ!」


「うむ、そうであるの、美味いは正義なのだ!」


 なお、レイアは保管道具をつけたまま、つまりは魔力制限があったハンデのような状態で負けたということには気づいてないようだ。気づいても、美味しいんだからどうでもいいとかいいそうであるけれど。


「けど、今回のルールはありがたいな。用意したらすぐ食べてもらえる上に、持参の食材を使っていいし、何品出してもいいんだから!」


 そう言うと、皿にみーくんは鞄から様々な料理を取り出して並べていく。ちなみに、テーブルや食器は、美味い料理の気配を察した空亡が速攻で生み出してた。……流石である。


「フハハハハ、これは天国であるな!」


「えぇ、食べ放題ってやつね!」


「喜んでもらえてるみたいで、オレも嬉しいぞ! まだまだあるぞ!」


 大量の御馳走に大喜びで食べていくレイアと空亡、そしてその二人の食べっぷりに満足そうに皿に次々料理を追加していくみーくん。もはやこの平原は、野外バイキング会場と化している。


 けれど、どれだけ大食漢でも、限界はある。


 好き放題、ひたすら食べまくれば、いつかは食べきれなくなるのは当たり前。


 その結果――


「あー、ごめん、依織、お腹いっぱいで、食べられないわ」


「うむ、我もである。折角、作ってくれたのにすまぬの」


「悪い、俺も、ちょっと今は食えそうに無い……」


 依織が料理を持ってきた頃には、全員満腹で、彼女の料理を食べられない状態となるのは、必然といえよう。


「そんな、理不尽、です……」


 そんな依織の言葉も虚しく、食べられないのならば審査などできるはずもない。


 こうして料理対決は、みーくんの不戦勝という結末を迎えたのだった。

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