146 『勘違い』

「いやいやいやいや、死者の国って、えっ、ちょっと、どういうことだよ!?」


「どう、と申されても、ここが死者の国、死したものが在るべき世界なのは純然たる事実ですわ。貴方も、ここが普通の場所でないことくらいは気付いているのでなくて?」


「それは……」


 言われ、思い至るのは寒さを感じないことと、ボロボロになった服装がも元通りになっていたこと。まるで意味の分からないことだったが、もし、ここが死後の世界だというのならどちらも説明がついてしまう。


「そう、か。俺は、死んだのか……」


 つまるところ、あの大蛇からレイアを救い出した際に意識が消えたとき。あのときに俺が失ったのは、いつものように意識ではなく、命だったということなのだろう。


「……あれ、これヤバくないか」


 俺が死んだのはいい。いや、実際はよくないけど、今は置いておこう。それ以上にマズいのは、残されたやつらだ。


まず、レイア。ものすごい悲しまれるだろう。なんだかんだいって彼女に好かれている自覚ぐらいはある。それに、今回のことできっと彼女は責任を感じてしまうだろう。彼女を助けるために、俺が死んだ、なんて勝手に自分のせいにして。


次に依織。彼女も嘆くだろう。若干病み気味の彼女は、レイアのせいで俺が死んだとレイアに報復をするか、はたまた俺がいないならと自ら命を絶ってしまう気がする。


そして、一番危ないのが空亡だ。こいつはレイアと依織とは違って、俺の死をそこまで悲しみはしないかもしれない。だが、俺との契約がなくなればどうなるか? もし、俺が死んだことで、封印されているらしいその半身が解放されてしまえばどうなるか……。


 他にも親父や母さん、奈々やみーくん、霜と、俺を悼んでくれるひとが頭をよぎる。


「軽々しく、命を賭けすぎてた、ってことか……」


 大切なものはなくして分かるというが、なくしたのが命じゃどうしようもない。


 まぁ命を懸けて助けにいったことは、間違いだなんて全く思ってないが。


「あら、ようやく命の大切さが分かりましたの?」


「まぁな。ギリギリで何とかなる、なんて楽観的な考えだったことは認めるさ。だが、あのときの選択を後悔はしていないよ」


 結果としてレイアを助けることは出来たのだから。だから、あそこは命を張ってでもあいつを助けるために全力で懸けるしかなかった。


「それで、俺はこれからどうなるんだ? できるなら、夢の中でも構わないから、あいつらにいくつか伝えたいんだが、どうにかできないか?」


「潔いですわね。ですが、大きな勘違いをしていますわ」


「勘違い?」


「私、一度でも貴方が死んだなんて言ったかしら?」


「それって……!?」


 食い入るように問いかける。

 そう、確かに、彼女が言ったのはここが死者の国であるということだけ。一度として、俺が死んだなんて口にしていない。


「まぁ、死んでいるんですけれど」


「は?」


「少し説明しづらいのですけれど、貴方は死んでる、けれど完全には死んでいないのですわ。そう、仮死状態、というのが一番近いのかしら」


「えーと、つまり、どういうことだ……?」


「簡単に言えば、死んではいるけれど生き返られる、ということですわ」


「おぉ……!」


 ――生き返られる。

 遺してしまった彼女達の涙を止められる。後、駄邪神を大人しくできる。

 希望が胸に湧きあがる。生きて、再び皆に会うことが出来るという希望が……!


「ただ、残念ながら、貴方にはどうすることもできません。生き返られるかどうか、それは貴方が遺した方々の働き次第となりますわ。ですから、それまでの慰みに、もう少し、私とお話していただけないかしら?」


「成程な。何も出来ないのは歯がゆいが、それでもそれなら安心だ」


 彼女達ならきっと俺を生き返らせてくれるだろう。

 ……後、俺を助けるという目標があれば、いがみ合ったりとかはしないはずだ。


 二重の意味で安堵して、カップに注がれたお茶を飲み一息つく。

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