151 『失った日々と、初対面の再会』

「ふんっ、じゃあ、僕はもう行く。言っておくが、これで済んだと思うなよ! 僕が頭首となったのは君のお陰なんだ。また何か困ったことがあったら、すぐに連絡するんだぞ!」


「何かあればいつでも助けるから連絡しろ、ってことなのです」


「なっ、そんな、勘違いするな、僕はただ恩を返し終わってないだけで……!」


「はい、そうですね。白蛇殿は律儀ですものね。あ、いつでもうちには来ていただいても構いませんので、またなにかありましたらいらっしゃってください」


 霜とそんなやりとりをして、白蛇は去っていった。

 一応の説明と釈明はしたが、依織とレイアの視線が痛い。


「まさか、白蛇さんが女性だったなんて。やはり、早急に手を打ちませんと……」


「男じゃなかったのはいいけど、また、ライバルが。やっぱり、もっと攻めるべきかしら」


 ……同性愛の誤解は解けたが、今後が更に激しくなりそうである。……なんか色々と。


「はぁ、とりあえず、戻るか」


 ずっと玄関にいるのもあれなので、居間に戻ろうとしたところで、ピーンポーンと、再びチャイムが鳴り響いた。


「ん、今度は誰だ……? あ、お前らは下がってろよ」


 依織とレイアと霜を下がらせて、扉を開ける。そして、そこには見知った少女がいた。



「彰ッ、あんた、どこいってたのよ……!」



 そう言って怒鳴る奈々。

 だが、どこにと言われても困る。流石にちょっと死んでた、とか言えるはずもない。


「あー、色々な。それで、どうしたんだ? あ、もしかして、土産でも持って来てくれたのか?」


「ハァ? あんた馬鹿じゃないの。休みが続きすぎてボケたんじゃない。わたしの格好見て、何か思うところは無いの?」


「お前の格好って、それのどこに何を思えって言うんだよ?」


 目の前にいる奈々はごくごく普通である。十二単みたいな着物だったり、フリル満載のドレスだったりはしない。見慣れたツートンカラーの制服姿だ。


「本気で言ってるみたいね。あんた、今日が何日か分かってる……?」


「何日がって……あー、そういや、まだ確認してなかったな」


 色々とありすぎていまだに日時の確認すらしてないことに今更気づく。

 ただ、夏休みが始まってまだ一週間と少し、八月にも入ってなかったのだ。数日仮死状態だったとしても、まだまだ夏休みに終わりは――、


「これ、なんて見える?」


「……九月、一日?」


 奈々が見せ付けてきた携帯の画面には、そう日付が表示されていた。

 だが、そんなこと、あるわけがない。そう、これは何かの間違いに決まっている。


「あ、あはは、冗談きついぜ、奈々。いくらずっと家を空けてたからって、こんな嘘は演技でもないって。ほら、あれだ、新手のドッキリかなんかなんだろ? なぁ?」


「いや、独活でもドッキリでも冗談でもなく、純然たる事実よ。そもそも、わたしが今日来たのだって、あんたにプリント届けるのが目的だし。ほら、これ」


 そう無慈悲に言うと、奈々は数枚の紙を俺に手渡す。

 そこに書かれていたのは、新学期についての色々な連絡など、始業式で配られる類のプリント達だ。奈々の言っていることが事実だと、証明するようなものである。


「いい加減理解した? もう夏休みは終わりって。あ、それと話は変わるけど、なんか季節外れの転校生が来たわよ」


「……マジなのか。というか、転校生?」


「えぇ、聞いて驚きなさい、なんとハーフの銀髪美少女よ! すらっとして、なんか神秘的で、すっごく綺麗なんだから。今日だけでもうファンクラブとかが出来そうな勢いよ」


「はぁー、そりゃすごいな。そこまで言われると、ちょっと見てみたくはあるな。ま、明日登校すりゃすぐに会えるんだろうけどさ」


 夏休み終了、という現実と向き合うことさえできれば、だが。


「ところがなんと、今日はその転校生が一緒に来てたりするわけなのよ」


「はぁ? いや、なんでだよ? 無関係な俺のところに、どうしてわざわざ……」



「あら、無関係だなんて、寂しいことを仰いますわ」



 透き通るように響く、流麗な声。奈々の後ろに、一人の少女が佇んでいた。


 鮮血やルビーのように真っ赤な瞳。軽くウェーブのかかった、氷のように輝く銀の髪。そして雪のように青白い肌。


 まるで御伽噺から出てきたかと見まごうかのような美しい少女。けれど、そんな彼女が纏うのはドレスではなく、白黒の見慣れた何の変哲もないセーラーな制服。


「あんたは……」


 何故だろうか。初対面のはずなのに、どこかで出会ったことがあるように感じられる。けれど、こんな少女と接点があるわけが無い。みーくんのときとは違って、幼い頃の記憶というわけでもない。俺の頭に朧げに浮かぶのは、今目の前にいる彼女の姿なのだから。


「またお会いしたときはよろしくと、言いましたのに。――あぁ貴方なら、これを見れば思い出してくれるかしら?」


 そう言うと、少女はおもむろにたくし上げる。その、スカートの裾を。


「ハァ!? あんた、いったい何を……!?」


「あぁ、ここまでの案内ありがとうございます。もう、お帰りいただいて構いませんわ。折角の再会ですもの、横槍は野暮というものでしょう」


「……えぇ、わかったわ」


 いきなりの行動に驚き止めようとした奈々だったが、少女が耳に囁くとそれまでの態度が嘘のように大人しくなり、虚ろな目をしてあっさりと去っていく。


 そして、止めるもののいなくなったこの場で、ゆっくりと、少女のスカートが上がっていく。――けれど、そこにあったのは、肌色ではなかった。


「その脚、は……」


 先程までスカートから覗いていた脚は確かにごく普通の脚だったはずなのに、今眼前に露わになった少女の脚はそれとは全く違っていた。


 ――それは、腐り、爛れ、変色していた。


 まるで形を保っているのが奇跡と思えるような状態の二本の脚。


 人としてはありえない、そんな状態の脚。けれども、どれだけ傷んでいようとも、俺にはわかる、その脚がこの世の何よりも美しく素晴らしいものであると。


 初対面の筈の目の前の少女。けれど、俺は彼女のことを知っていた。そう、俺は知っているのだ。彼女の脚の心地よさを。


「――ッ」


 目の前の光景から、一気に記憶が引き出される。本来ならありえないはずの邂逅を。まるで、魂にでも刻まれているかのように、頭ではなくどこか別のところから目の前の少女のことを思い出す。


「……絶対に忘れない、なんて言っておきながら、悪かったな」


「全く、今の今まで忘れていたなんて、薄情な方。ですが、ちゃんと思い出してくれたのですから、許して差し上げますわ。ふふっ、元気そうで何よりです」


 冗談めかして笑うのは俺が臨死体験をしていたときに出会った少女、冥府の女王だと名乗ったヘルだった。

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