008 『インスタントとお嬢様』
「だから、さっきのはいったい何のつもりよ!」
「何のつもり、とはどういうことでしょうか?」
気がつくと、レイアと依織が言い争っていた。どうやら、あまり時間は経ってないらしい。
「決まってるでしょ、あの蛙のことよ……!」
「あら、蛇というものはカエルを食べるものと思ったのですが。まさか、喜ばれるどころか、逆に怖がられるのは私としても予想外でした」
想定外、というように残念そうに首を振る依織。その態度がますますレイアを苛立たせせる。
「こいつは……! あんたのせいで、あたしは……!」
「それよりも、折角あんなことをしてくださった、彰さんになんてことをするんですか……! 私からすれば、寧ろお礼をして当然ということをしていただきながら、あんな態度を!」
悪びれない依織にレイアが尾を出そうとする。当然、依織もその脚で応戦の構えをしだす。
「あー、もうレイアが怒るのもよく分かるが、とりあえず落ち着かないか」
「あっ彰、目を覚ましたのね。けど、今はちょっと黙ってて……!」
「だから、落ち着いてくれって、俺も悪かったのは謝るし、頼むからさ」
飛び掛らんとするレイアを何とか手で制して宥める。
「とりあえず依織、扉のことも含めて、今後はこんな嫌がらせしないように。流石にやりすぎだ。こういうのが続くようなら、俺はお前を追い出さないといけなくなる」
いくら料理がうまく家庭的だとしてもこんなことを毎回されたら、とてもじゃないが一緒に生活はできない。中が悪いのはいいとしても、あのような嫌がらせまでは許容できない。
「……はい、分かりました。……もうしません」
俺の言葉にうなだれる依織。こうやってるとちゃんとしているように見えるのに、どうしてレイアが絡むとあんなことになるんだか。
「とりあえず、まずはレイアの飯か。流石に、俺の食い掛けを渡すわけにもいかないし、もたれるかもしれないが、とりあえずはこれで我慢してくれ」
「ちょっと、まだあたしは納得してないんだけど。というか、なによこれ?」
俺が渡したカップ麺を持ったまま、不思議そうに呟くレイア。
「そんなことも分からないのですか? これだから――」
「……依織?」
「はぅ、すみません」
とりあえず、毒を吐こうとする依織を嗜めておく。
「しかし、カップ麺を知らないとは」
流石にお嬢様というだけのことはある。それがどうしたという話だが。
「だから何なのよこれ? カップ麺、っていうの?」
「あぁ、そうだ。湯を入れて三分待てば完成する、お手軽な料理だ」
まぁ湯を入れるだけを料理と呼ぶかどうかは微妙なところである。
「へぇ、そんな凄いものがあるのね!」
「いや、ごくごく普通のものなんだがな」
感心した風にまじまじとカップ麺を眺めるレイア。しかし、そんなにたいしたものではない。
「説明するより実際見たほうが早いだろ。こうやってふたを開けて、湯を入れる。そして上に重しを乗せてふたをして、後は数分待つだけだ」
「ちょっと、そんなので本当に料理ができるの? あんな硬そうなもの、食べたくないわよ。そもそも、麺料理って粉を打って作るんじゃないの?」
「まぁ待てって。お前の口に合うかは分からないが、少なくとも硬いってことはないから」
そう言ってレイアをなだめ、仕掛けたタイマーで三分経つのを待つ。
「ほら、完成だ」
ふたを開けると、ふわりと湯気が立ち昇るとともに、カップ麺特有のあのなんともいえないチープな匂いが漂ってくる。身体に悪いのは分かっていながら、ついつい食べたくなる香りだ。
「本当にあれだけでできるなんて。それに、この香り、なかなか美味しそうじゃない……」
「ほら麺類なら、使い慣れてない箸よりこっちのほうがいいだろ」
興味津々と眺めるレイアにフォークを渡してやる。
そのままフォークを受け取るとレイアは、恐る恐る麺を口に運び、目を見開いた。
「これは……! 辛くてしょっぱくて、そして変な後味! こんなの、今まで食べたことの無い、けどなんか癖になる味だわ……!」
「そんな大げさに言わなくても。まぁ口に合わなくはなかったみたいだな」
そのまま美味しそうにちゅるちゅる麺をすするレイアに安心しつつ、中断していた自分の食事に戻る。少し冷めてしまってはいたが、それでもやはり十分に依織の料理は美味しい。
「むぅ、レイアさんにばかり構って。本当なら、二人での優雅な食事でしたのに……」
恨みがましそうに依織が呟きはしたものの、以降は何も問題なく朝食の時間は過ぎていった。
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