143 『三分間』
『『『うむ、では、三分だ』』』
「何がだ?」
『『『決まっておろう、お主がこの場で動くことのできる時間だ。それ、行くがいい』』』
「あっ、おいっ!」
唐突に空亡に言われたかと思うと、俺に纏わりついていた、護っていた暗闇がいきなり消え去る。そして、外に投げ出された俺の目の前に移ったのは光り輝く壁だった。
通路を塞ぐかのように一面に広がる壁。金色に輝きながらも、まるで生き物のように蠕動する肉の壁とでも言うような不気味なその中心に、一際大きく輝きを放つ一点があった。
「レイア……!」
――肉壁の中央には、見知った蛇娘の顔があった。
まるで動力源とでも言うかのように強い光を放つレイアの顔。彼女の肩から下は全て、肉壁に飲み込まれている。まるで精巧な胸像が壁にかけられているかのような状態だ。
「おい、レイア、起きろ……!」
どれだけ声をかけるも、その瞳は焦点を合わさず虚ろなまま。頬や髪を引っ張ったりしても、全く反応は無い。
「くそっ、あいつ、どこが声をかけたりひっぱたくなりで、だ!」
『まぁこうまで深く根付いておればそうじゃろう。目を醒まさせたければ、まずはこやつをこの蛇より切り離さねばならぬだろうの』
「いや、切り離すってどうやってだよ……! 身体が丸々埋もれてるんだぞ!」
『む、そんなものお主の力を使えば簡単であろう? ようはいつものように、こやつの手を掴み、その半身を人のものに変えてしまえばよかろう』
「なるほど……って」
空亡の言葉に頷きかけるが、眼前の光景を見てそれが不可能だと気付いてしまう。
「いや、どうやって手を握るんだよ……!」
目の前のレイアの身体は壁に埋もれているのだ。そう、勿論その手も含めて。
『……うむ、頑張れ』
「あぁ、もういい! やってやるさ、こんな壁、削りきってやるよ!」
悪態をついて壁に蹴りを入れる。
硬い。が、外で弾き返されたときとは違い、脚を突き入れることは出来る。
「っらあああああ!」
蹴る。蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
――ひたすらに、蹴りを浴びせる。
『ふむ、流石は神断ノ腱、といったところかのう』
俺の生命維持に力を割いている空亡の助力は無い。けれど、かつて空亡を二つに断った俺の脚に宿る力はこの肉壁に対しても効いてくれているらしい。徐々にながらも、確実に削れていっている。
「これで、どうだっ……!」
一際力を込めて、削れていく壁の一部を強く蹴りいれる。
そして、大きく抉れた肉壁の中に僅かに見えた細い腕。
「いい加減、起きろ、この駄蛇……!」
その手を強く握る。肉壁に包まれ見えないが、いつもの感覚があったということはその身体は人間のものに変わったはずだ。
「そぉい……!」
そんな掛け声を共に引っ張れば、すぽん、という音が聞こえそうな程、綺麗にレイアが肉壁から引っこ抜けた。眩く輝いていたその身体は、いつもの白い彼女の肌に戻っている。人間に変化したその脚は、いつも通りいい肉付きで健康的で魅力的だ。
「……ん、んう?」
肉壁から引き抜いたからだろう。虚ろで全く感情のなかったレイアは、声を出す。そして、ぱちくりと瞬きをすると、焦点の合った瞳で俺を見る。
「えっ、彰……? どこ、ここ? って、えっ、なに、あたし、裸……!?」
「はぁ、やっと、目が醒めたか。お前、どれだけ寝てんだよ……」
もう大丈夫だろう。安堵と共に、これまで無視し続けてきた身体の重さに耐え切れなくなる。張り詰めたものが切れたからか、とても眠くなってくる。
「あぁ、悪い。俺も、ちょっと寝るわ……」
三分なんて、とうに通り越していただろう。それでも、成し遂げた自分の身体を我ながら褒めてあげたい。だから、その身体が望むとおり、衝動のまま、少し眠ろう。
「彰……!? ちょっと彰、なによ、あんた!? 息して、えっ、待って、待ちなさいよ……!」
レイアの声が聞こえた。――これだけ騒げるのなら、もう大丈夫だろう。
そして、俺はレイアを助けることが出来た満足感と共に意識を落とした。
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