144 『銀世界』

 ――一面の銀世界。目の前に広がるのは真白い雪原と、透き通るように澄んだ氷。


 まるで御伽噺のように幻想的で美しく、そして凄まじく寒そうな凍てついた世界。


「……いや、なんでだよ」


 そんな非日常的な空間に俺はいた。

 本気で意味が分からない。目が醒めたら訳の分からないところにいることはこれまでもあったが、今回はそのなかでも一番に意味不明だ。……そのうち朝起きたら異世界にでも飛ばされそうな気がする。


「にしても、マジでどこだ、ここ?」


 あたりは一面何もない。視界に映るのは広がる氷と積もる雪のみ。建物どころか、山なんかの自然物すら見当たらない。雪と氷の地平線が三百六十度広がっているだけだ。


「おーい、空亡―!」


 と、呼びかけるもなんの返答もない。そもそも、あいつがいるときにはなんとなく気配のようなものが感じられるのに、今はそれが全く感じられない。


「よし、とにかく考えてみよう。どうしてこんなところにいるのか、筋道立てて思い返せば分かる筈だ」


 言い聞かせるように呟いて、意識を失う前のことを思い出す。


 そう俺は、大蛇に飲み込まれながら、空亡の助けを受けてそこに埋もれていたレイアを助け出したのだ。そして、そのまま倒れこんで意識を失ったのである。


  ――以上、回想終わり。


「うん、それがどうしてこんなところに来ることに繋がるんだよ……」


 まるで意味が分からない。

どこをどうすれば大蛇の中からこんな場所に移動するというのか。


例えば、病院のベッドなんかだったら誰かが運んでくれたのだと分かる。もしくは何処かの島や海の上とかなら、レイアが目覚めたことであの大蛇が消えて落下したのだと納得できる。


 けれど、この場はそのどれでもない。海とは全く関わりのなさそうな銀世界である。おまけに、俺を連れてきたような相手は何処にもいない。あたり一面広がるのは地平線のみなのだから。


「いや、そもそもこんなところにいたら凍え死ぬような気がするんだけど」


 吹雪いては無いが雪山と遜色ないほどに雪と氷で埋め尽くされた世界である。そんなところにいたら、まず何より凍傷でどうにかなる筈だ。


「けど、寒くは無いんだよなぁ」


 そう、なぜか寒くないのだ。寒地対応どころか、コートの一つも羽織っていないごくごく普通のシャツとズボンだというのに、まったく寒さを感じないのだ。


「ん、あれ、なんでだ?」


 自分の服装を改めてみておかしなことに気付く。


 俺は今日、ここにくるまでに、白蛇の試練を受けた後にその分家からの襲撃を受け、更にその後大蛇に襲われ海上で空中戦をした上で、その内部に飲み込まれてきた。


 我ながら色々波乱万丈すぎる一日だが、とりあえずそこは置いておく。


 まぁそれだけ色々やれば体力は減るのは勿論、服装だって綺麗なままなわけが無い。ここまで大変すぎて特に気にしてはいなかったが、汗や土などでかなり汚れていた筈だ。


 だというのに、いまの俺の服装はまるで洗いたてを着たかのように汚れ一つ無い。冷静に考えればありえないことだ。誰もいないのだから、着替えや洗濯をさせられたということは無いのだから。


「考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくるな……」


 探ろうにも探れるようなものが一切ないというのが、また酷い。何をしようにも指針の一つも立てられない状況である。


「……もしかしなくても、これ詰んでないか?」


 帰り道は不明。人の気配どころか雪と氷以外全く何も見当たらない。食料になりそうな自然も一切なし。おまけに、頼みの綱の空亡[チートキャラ]も不在。これなんて無理ゲー?



「あらあら、お客様なんてどれだけぶりかしら」



「えっ?」


 突然の声に振り向けば先ほどまで何もなかった筈の場所に、テーブルと椅子、そしてティーセットが現われて、一人の少女が腰掛けていた。


「よろしければ、一緒にお茶でもいかがかしら?」


 黒いゴシックドレスを纏う美しい少女は、そう言って優雅に微笑み招きかける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る