066 『正々堂々と勝負――ただし、景品である』
「……うん、どこだここ?」
まずは状況を確認しようとテントからでると、辺りは平原だった。いくつかテントが建っているが、それ以外は見渡す限り一面の緑。普通に地平線とか見えているぐらいである。
「どこって、ケイロン一族の集落だぞ。彰も昔来たことあるだろ?」
「いや、そんな昔のこと覚えてるわけが無いからな。というか、どうやってこんなとこに連れて来たんだよ?」
どう見ても、ここは日本ではない。百歩譲って日本だとしても、気絶している間に俺の家から連れてこられるような場所じゃないはずだ。
「決まってるじゃない、転移よ転移。どうやったのか知らないけど、そこのそいつが彰をこんなとこに転移で連れ去ったのよ。全く、なに考えてるのよこいつは?」
「そうです。何も言わず連れ去るなんて、一体何を考えてるんですか。勿論、何か理由があったとしても、許すつもりはありませんでしたが」
守るように二人で俺の前に位置取り、敵意をあらわに眼前を睨むレイアと依織。人外のままのその蛇尾と蜘蛛脚は牽制するように、みーくんに向けられている。
「何を考えているか? そんなの決まってる、オレが考えているのは彰のことだけだ!」
悪びれも、そして恥ずかしがることも無く、堂々とみーくんは言い切った。
依織も常々好意を隠さず伝えてくるが、こうも漢らしく伝えられたのは始めてだ。言われたこっちが恥ずかしくなってくる。
「そっ、そんなこと、いきなり何を言ってんのよ! そもそも、あんたは彰のなんなのよ!どうせ、初対面でしょ? そんな一目惚れなんて安いもので、あたしの彰に手を出すなんて許さないわ!」
「はい、『あなたの』ということ以外は、レイアさんの意見に私も同意です。そもそも、彰さんには貴女方のようなガサツなかたは似合いません。やはり、常日頃から支えることの出来るしとやかな女性ではないと」
……うん、ぶれないな、このふたりはやっぱ。特に依織のディスりっぷりは流石である。
「一目惚れなんかじゃない、オレと彰は従姉妹で幼馴染なんだからな!」
「なん」「ですって」
「「――なんて、そんなもので驚くと思ってるの(ですか)!」」
一瞬驚いたような表情の後、そんなもの関係ないとばかりに声を上げる二人。
仲が良いのか悪いのか――ただ確実に無駄なリアクションが無駄に上手くなっているな。
「まぁあやつらも今更、幼馴染程度じゃあなんとも思わぬであろうよ。そもそもが、昼に幼馴染である我が巫女と言いあったばかりであるしの」
内心を読んだかのような、後ろからの声に振り向く。
「そうか。で、お前は何をしているんだ?」
「それは勿論、修羅場を見て愉しんでおるのだ。当然であろう?」
悪びれもせずそう答える空亡は、いつもの闇で背もたれ付きの椅子を生み出して、心地よさそうにこちらを眺めている。……一番ぶれないのはこいつだったか。
残念幼女に構うだけ徒労と割り切って、言い争う三人のほうへ向き直る。
「ふん、ただの幼馴染じゃない、オレと彰は結婚を約束してるんだからな!」
そう自信満々に言い放つみーくんだが、当然ながら俺はそんな約束は覚えていない。
「あたしだって、彰と婚約してるわよ! だから彰はあたしのよ!」
「私なんて、もう母様に挨拶までしてもらっています! つまり私が彰さんの妻です!」
言い返す二人だが、それも彼女達が勝手に言っているだけのことである。
「はぁ、場所が違っても結局こうなるのか……。お前ら、俺が誰ものもかなんて決まっているだろ、俺は――」
「彰はオレのものだよな?」
いつもの二人の言い合いに、みーくんまでも加わって、より収拾の付かない言い争いになる――という俺の予想と行動は覆されてしまう、みーくんからの問いかけと、
「あぁ、俺はみーくんのものだ、って、何だ……!?」
――自分自身の口から出た言葉によって。
「は、何言ってるの、彰?」
「こんなときに冗談なんて、らしくないですよ?」
驚いたような表情で、振り向いてこちらを見つめるレイアと依織。
戸惑いの声を上げる二人だが、俺のほうが教えて欲しい。俺の口は、どうしてあんなことを言ったのか。
「くくくっ、なるほどな。これは存外面白そうであるの」
こちらを見て、愉しそうに理解を示す空亡。
「うん、『約束』は、絶対だからな、彰。特に、この場所では」
そして、俺の反応が当然というように、みーくんは満足そうに笑っていた。
「ちょっと、あたし達がいない間に、彰に一体何したのよ!」
「別に、さっきは何もしてないぞ。今日は彰をここに連れてきただけだからな」
激昂するレイアと、それをさらりと流すみーくん。
けれど、その言葉でも依織には十分なヒントとなったようだ。
「つまり、今日より前、貴女の話を信じるなら、幼い彰さんと会っていた時期に何かをした、ということですか。そんな昔から、準備を行うなんて、なんとも性質の悪い女ですね」
「あぁ、そっちのあんたは分かったみたいだな。その通り、彰との賭けで買った後約束したんだ『彰はオレのものになる』ってな! だから、彰はオレと結婚するんだ!」
「……文の前後で都合のいいように内容が飛んでますが、まぁ言いたいことは分かりました。ですが、それがどうして彰さんがおかしなことを口走ったのにつながるのです?」
依織の言うとおりである。たとえ約束をしていたとしても、それを俺が覚えてない以上、守るはずも無い。なのに、先ほど俺の口から出たのみーくんの望みどおりの言葉だった。
明らかにおかしい、俺の意思が全く反映されてないのだから。
「なに、簡単な仕掛けであろう。見たところ、そこそこ強力な術式を感じるし、この場に何か施されているのであろうよ。大方、『約束を守らせる』といった類の呪詛でも込められておるのでないかの?」
「あぁ、ここは、『誓いの平原』。この場で交わした約束は絶対となる一族の特別な場所、昔オレ達はここで約束をしたんだ。そして、これからもう一度、今度は結婚を誓うんだ。そうすれば、ずっと仲良く円満な家庭が築けるんだ、さぁ行くぞ!」
「なんて酷い場所だよ……けど、あぁっ、くそっ、身体が勝手に!?」
手招くみーくんから離れたいが、思いと裏腹に身体は彼女の望むまま、その傍へと寄っていく。止めようにも止められない、まるで自分の身体が言うことを聞いてくれない。
「そんな勝手なこと、させると思う?」
「えぇ、私がいる限り、そんなことは許しません」
歩みが止まる。というか、足一本も動かせなくなる。
――レイアの尾に巻きつかれ、依織の糸に絡まれて。
「……なるほど、どうあってもオレの邪魔をするつもりなんだな」
「当然じゃない、幼馴染だかなんだか知らないけど、後から来た奴に大きな顔なんてさせないわ!」
「はい、そんな昔の約束なんて無効です、無効! そもそも、子供の約束を術式で縛るとか、どれだけ性悪な子供だったんですか?」
「いや、誓いの平原を使うように言ったのは彰の母様だぞ? あの時はオレもよく分からなかったけど、このおかげで彰と結婚できるんだからよかったけどな!」
「んなっ!? 母さん何やってくれてんだよ!?」
何処の世界に、実の息子を勝手に先物売する親がいるというのか……!
まさかの身内の裏切りに俺が驚愕している間にも、事態は進行していく。
「くっ、まさかのお母様の公認とは。流石幼馴染、と言ったところですか……」
「ちょっと、そんなんで怖気づくなんてあんたらしくないわよ? たとえ公認があろうと、そんなのはあたしが来るよりずっと前の話、大事なのは今よ!」
「まさか、あなたに励まされることになるとは。ですが、その通りです。昔なんて関係ない、そんなこと当然のことでしたね……! そもそも、幼馴染なんて負けフラグですよ!」
「ふふん、往生際が悪いな――だが、そういうのは嫌いじゃないぜ! オレだって、たとえ約束があっても彰が簡単にオレのものになってくれるとは思ってなかったからな!」
とか言ってるけど、最初は俺を勝手に拉致って結婚しようとしてなかったか、みーくん?
「こうなったら、ここは彰を賭けて、正々堂々勝負だ!」
「面白いじゃない、望むところよ!」
「その思い上がり、しっかり後悔させてあげますよ!」
こうして、みーくんと、レイアと依織によって行われることとなるのだった。
――俺の身柄を景品とした戦いが。
「……はぁ、どうしていつもこうなるんだ?」
「まぁ、お主はもうそういう運命の下に生まれたと思うしかないんじゃないかの?」
俺のぼやきを聞いたのは、隣でくつろぐ駄邪神だけ。
ある意味『そういう運命の下に生まれた』というのは的を得てると思いつつ、当事者の俺を差し置いて目の前で着々と決まっていく事態に、色々諦めていく俺だった。
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