132 『割れる空』

「――そこだっ!」


「ぐはっ!?」


 振り向きざまに飛び上がり、脚で頭を薙ぎ払う。流石に人外といえど、頭を蹴り飛ばされればただではすまない。多分死んではいないだろう、というか殺しに来ている奴らにそこまで情けはかけられない。


「さっきから、そっちの木の陰に隠れてるやつらも、バレバレだからな?」


 直接見ていなくても、今の俺には何処に相手がいるのか手に取るように分かるのだ。


「くそっ、ただの人間風情が……!」


「おっと……!」


 飛び出してきた男の攻撃をぐにゃり、と身体を逸らしてかわす。さらに、その体勢のまま後ろに回しこみ、回し蹴りを決める。なんというか、我ながら気持ちの悪い動きだ。


「な、なんなんだ、こいつ、本当に人間なのか……!」


「うーん、確かに、ホント人間離れしてるよなぁ」


 ついには怯えだした男の傍まで飛び、そのまま蹴りを浴びせる。


 冗談みたいな身体の柔らかさと、直接見えない場所にいる相手の居場所が分かる察知――というか熱探知。本来そんなものは備わっていないのだが、今の俺にはそれらがまるであたりまえのように使えていた。


「これがあいつの言ってた加護ってことか」


 着物蛇から受け取った証。どうやらあれの加護というのは、相手の力の一端を使えるようになる、というものらしい。多分、俺が今使っているこの力は白蛇の能力なんだろう。


 と、いうのも、


「ふはははははっ、素晴らしい、素晴らしい力だ、これは……!」


 なんて、『どこの悪役だよ』とツッコミたくなるセリフを吐きながら掌サイズの黒い半球をまるでビットのように展開して、複数の男達と立ち回っている白蛇がいるからである。


 某駄邪神のものよりは小さいながらも、半球達は男達にぶつかり打撃を与えたり、絡まりついて捕らえたり、その攻撃を盾のように防いだりと縦横無尽に、万能な立ち回りをしている。

 俺にはそんなことは出来ないんだが、まぁ中に入ってるアレの力、ってことだろう。


「ひ、卑怯だぞ、なんだ、その力は……!?」


 分家の跡取りが叫んでるが気持ちはよく分かる。

 インチキ能力もいい加減にしろ、と言いたくなる性能である。まぁ本家本元はあんなもの比べ物にならないほどに頭がおかしいわけだが……。


「はははっ、決まっているだろう、これこそが、僕が試練を乗り越え手に入れた力だ!」


「なっ、なんだとぅ……!?」


 なんとも得意げな様子で白蛇が相手を追い詰めている。見ればあちらにいた男達は、跡取りを除いて全員倒れ伏していた。完全に圧勝している様子である。


「もう少し、手間取るかと思ってたんだがなぁ、っと」


 なんて言いながらも、俺のほうも、最後の相手を蹴り落とす。


 こっちもこっちでなんだかんだで危なげなく、楽々制圧できたわけだ。もう辺りに何かが居る様子もないし、これで、あの分家の男の手勢は全員と倒したと思っていいだろう。

 このまま遠巻きに見ているのもあれなので、一度合流するとしよう。


 そう、思ったとき――それがきた。


「……は?」


 唐突に、空に広がる円い穴。


 そこから、ぎょろりと、空を覆いつくさんばかりに巨大な瞳がこちらを覗き込む。そして、その瞳と眼があったと思った瞬間。


『Aaaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhアアアアアアアア嗚呼嗚呼あああアアアアアアアアアああアアアアアアアアアああああああ亜ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああアアアアアアアアああアアアアアアアア嗚呼嗚呼ああああああああああ亜アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 絶叫が、響く。まるで天を割らんばかりの、耳が割れるほどに、巨大な叫びが。


 そして、次の瞬間、本当に、空が割れた。ひび割れた空から、瞳の持ち主が現われる。


 ――山すらも丸呑みに出来るような、強大な黄金の蛇が空を割って、這い出してきた。


 そして、蛇はその巨大なあぎとを開き、この場に居る存在全て、山ごと大地に喰らいついた。

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