133 『適わない』

「はっ、ここは……!?」


 気がつくと、暗い世界に俺はいた。


 あたり一面真っ暗、というより漆黒というほうがあっているような黒一色の空間。


 何処が地面で何処が天井かも、何処まで広がっているのかすら分からない、何一つ光のない場で、俺は目を醒ましたのだった。


「俺は、あの蛇に食われた……んだよな?」


 意識を失う前、最後に見たのは空を覆いつくさんばかりの巨大な蛇が、その巨大な口で山ごと俺を丸呑みにする光景だった。


 そこから考えるに、俺がいるこの場所は、


「あの蛇の、腹の中ってこと、なのか? けど、その割には、なんというか……」


 床を触るが粘つきのようなものは無い。感触も、硬すぎるわけではないが、どちらかというとゴムのような冷たい感じだ。というか、どうにも生々しさが無いというか、生き物の中って感じがしない。


「そもそも、もしあのまま食われたんだったら、俺だけじゃなくて、白蛇やあの場にいた分家の奴ら、もっといえば山ごとなんだから土とかも入ってきてるはずだよな。いやまぁ食われた経験なんてないんだけどさ」


 さておき、どうしたものか。文字通り、目の前すらも分からないこの現状。謎空間に囚われた現状からどうにか脱出しなければいけないわけだが、何処へ行けばいいのかすらも分からない。


「うぅむ、本格的に詰んだ気がする」


 ここが蛇の中であろうがなかろうが、出れないことに代わりは無い。さて、俺が取れる手段はというと、なにがあるか。強いて言うなら、ダメ元で一つ。



「おーい、空亡―!」



 困ったときの邪神頼み。

多分無駄なことだろうけど、と思いきや、


『ん、呼んだかの?』


「うをっ!?」


 突然耳元で響いた声にびくついてしまう。


 振り向くと、そこには――、


「って、え?」


 ――誰も居なかった。手を伸ばしてもなんの感触もなく、誰も居ない、ということだけが分かってしまう。確かに、聞き覚えのあるあの駄邪神の声が聞こえたと思ったのに。


「幻聴とか、思った以上に参ってるらしいな、こりゃ……」


『あー、と、幻聴では無いぞ。ただ、その場に出るのはちと難しく、声だけじゃがな』


「マジか……、助かった」


『うーむ、少し、それは早計じゃのう。ぶっちゃけ、今、かなりヤバイ状況なんじゃが』


 なんだか困ったような空亡の声。耳元、というか空間全体から聞こえてくるような気がする。そこで、前にも同じようなことがあったことを思い出す。


「あー、ここって、お前の中ってことなのか?」


『うむ、そうじゃ、っと!』


 まるで何か他の事をやっているように、いつもと違って若干余裕のなさそうな空亡の声。先ほどのヤバイ状況、というやつが関わっているということだろうが、何があったのか。


「あー、立て込んでるみたいな中、すまんが、一体何がどうなってるんだ?」


『うむ、一言で言えば逃げておるのじゃ。っと、そういえばそちらには何も見えておらぬのじゃったな。ほれ、これで見えるじゃろう』


 そんな言葉が響くと目の前に円い覗き窓のような感じて、外の景色と思しき光景が映る。が、それがどこかはハッキリしない。ただ、そこに映っている存在を見て、一体何故空亡が余裕が無いのか理解できた。


『なんか、お主が危険っぽいと繋がりから察したので我の中に退避させたはよいのじゃが、な。そうやら、あれはお主を狙っておったみたいなんじゃよなぁ。しかも、我の中に入れたというのにそれすら察知して、我ごと喰らおうとしてくるし、とんだとばっちりじゃ』


 めまぐるしく変わる景色。空、海、森、飛翔するかと思えば、一気に全く違う空間に転移、飛び跳ねるかのように地面や海を駆け抜けるかのよう。けれど、そのどれにも金色に輝く巨大な蛇が映っている。つまり、空亡はあの蛇から逃げているということだ。


「えっと、何で逃げてるんだ、お前なら、アレとだって闘えるんじゃ……」


 そう、俺が知る限り、もっとも強力な存在というのは、空亡である。そんな彼女が、巨大すぎる相手とはいえ、どうしてこうも逃げてばかりなのか。若干期待を込めた問いかけに返ってきたのは、簡潔な返答。


『うん、無理なのじゃ』


「……えっと、何が無理なんだ?」


 恐る恐る、問いかける。



『ぶっちゃけ、アレ、我より強いのじゃ』



「……マジで?」


『うむ、マジじゃ。今の我では、アレには適わぬな』


 そんなもん、どうすればいいというのか。

 空亡の中から外の光景を見ながら、絶望的な状況に俺は凍りつくのだった。

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