131 『今更ながら』
「っあ~、やーっと、外か……!」
試練を終えた俺と白蛇は、ようやく数時間ぶりの外へと出る事が出来た。
流石に日は沈みかけて入るものの、それでも薄暗い洞穴の中とは大違いである。暗さは明かりがあるから何とかなったが、流石に狭苦しさと空気の悪さはどうにも辛かった。お陰で外へ出た開放感がすごい。何というか走り回りたくなる気分だ。
「ん、どうした、そんな辛気臭い顔をして?」
目的を果たし、無事出てこられたというのに、共に出てきた白蛇は険しい表所をしている。達成感や喜びとは真逆の、警戒や不快感というような雰囲気だ。
「ただの人間の、君には感じられないか、この気配が……」
「はぁ、気配……?」
一体何を言い出すんだ?
――そう、口に出しかけたとき、パチパチ、と手を叩く音が響く。
「くっ、はっはっ、いやはや、よくわかるものだねぇ! 落ち目とはいえ、一応本家の血筋を受け継いでるだけはある!」
そう言って、出てきたのは青い着物を着た軽薄そうな男。何というか、とてもウザそうな雰囲気が凄まじい。けれど、その髪型だけは、どうにも眼を惹かれてしまう。
「ちょっ、ちょんまげとか、まじかよ!? ぷっ!?」
時代錯誤にも程がある! しかも、チャラい雰囲気と全くあっていない! なんというか、壊滅的に似合っていないのだ。見た目は何処にでもいそうな大学生くらいの男がちょんまげをしてるとか流石に吹かずにはいられない。
「って、その着物も、よくみたらなんだよ、それ……!」
よくよく見れば、ただの青い着物と思っていたが、それは大きな間違いだった。青い着物、ではなく青い花の柄の着物である。もはやおしゃれとかそういう次元じゃない、壊滅的に酷いセンスである。もはや立っていられず、地面に座り込んでむせてしまう。
「……おい、その人間は、なんだ?」
余裕のある声は何処へやら、一気に低い声で男が言い放つ。けれど、その格好は一切変わってないので、俺の腹筋にはいまだ継続ダメージが続いていく。
「……すまん。だが、僕としては、お前にも原因はあると思うんだが」
どうやら、白蛇としてもその格好は無い、とは思っているらしい。まぁ当然だろうな、流石に。いくらなんでもそのセンスはおかしいし。
「ふん、低俗なものにはこの私の素晴らしさが理解できん、ということか。まぁいい、こうしてお前達が無事にここにいる以上、試練を超えた、ということなんだろう?」
「その通り。さぁ君ら分家が僕に出した条件、試練の突破はここに果たした! ほら、これこそがその証拠、試練を超えた証だ!」
そう言って白蛇が白く輝く鱗を取り出し掲げる。
着物蛇から貰った鱗だ。試練を超えた証、と着物蛇自身が言ったものなのだからなにひとつ間違っていない。だが、そこで今更ながら一つのことを思い出す。
「はぁ、なんだそれは? それのどこが牙なのだ? はっ、警戒してみれば、なんてことはない、結局ただの法螺だったのか。やはり、お前には当首の座は荷が重いとみえるな!」
嘲るようにちょんまげ男が嗤う。だが、実際それも仕方が無いことだと分かってしまう。
さっきまで、実際の試練を受けていたときは気付かなかったが、よくよく思い出せば最初に白蛇が言った説明はこうだった。
――白蛇の社という祠の奥に棲む大蛇と戦い、その『牙』を証として持ち帰る。
それが、試練だったはずだ。
けれど、実際の試練の証とはいえ白蛇が掲げているのは『鱗』である。
「なっ、これは実際に始祖様より頂いた試練突破の証だ! そもそもが、伝えられていたことが間違っていただけだ! それに大蛇とも実際に僕は戦いそれを乗り越えたんだ!」
……まぁ嘘は言ってない。試練の目的が違ってたり、大蛇は振り切っただけだけど。
「なんとまぁ、そこまで妄想に取り付かれているとは。嘆かわしい、もはやお前など当首どころか、一族にすら相応しくない。そう、お前には試練をしくじりその命を落としたという結末がお似合いだ!」
「もとよりそのつもりだったのだろう! 僕を亡き者にして、当主の座に着く。下種な君の考えそうなことだ。全く分家どもも、もう少し担ぐ神輿を選べという話だ!」
「言ったな、貴様! もう加減など必要ない、さぁやれ、ものども! あの愚か者どもに相応の報いを与えてやれ! 慈悲など要らないし加減など不要だ、何があろうと、当主となる私が法となるのだからな……!」
ちょんまげがそう叫ぶと、何処に隠れていたのか、十人の着物姿の男達が現われる。その手には時代錯誤な刀が握られており、最初から襲撃する気満々だった、って感じだ。まぁちょんまげはしてないし着物も普通のものなので腹筋にはそこまで響かないが。
「うっわ~……」
なんというかコテコテな悪役である。在りし日の白蛇以上に小物で性質の悪い悪役だ。
白蛇も嫌味でいけ好かないやつだったが、アレよりはマシだった。見た目も整ってはいたし、一応は命まで狙うということはなかったし。
「……一応聞くが、アレなんだ?」
「恥ずかしい限りだが、アレが僕の代わりに当主となろうとしている分家の息子だ。だが、あんな男だが、力はそこそこある。それに、ヤツが連れてきた男達は、どれも腕利きだ。全員が一族のものである以上、人間の君には――」
「いや、ここまで巻き込んどいてそんなこと言うのか? まぁちょっと外に出てスッキリして、身体を動かしたいと思ってたし、ちょっと付き合ってやるよ。いくらなんでもこの状況は、真っ当とは思えないからな」
「……ふん、礼は言わないぞ」
「そうだな、じゃあ、礼の代わりに今度膝枕でもしてもらうかね?」
「はぁっ、お前ッ、いきなりなにを!?」
「冗談だよ。ほら、気負いすぎるなってことだ。お前一人じゃなくて俺もいるんだ、ちょっとは頼ってくれていいってことさ、っと!」
いつの間にか後ろから近づいていた男を蹴り飛ばす。
何も知らないと気付けなかったが、いると分かって注意すれば気付けないほどじゃない。最初十人登場させておいて、こっそり更に仕込んでおくとか、本当にセコいやつだ。
そんなやつに結末を汚されるなんてあっていいわけがない。
そんな憤りを抱きながら、俺は脚へと力を込めていくのだった。
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