080 『少女の願い』
「ふぅ、美味かった、ごちそうさま」
「お粗末様なのです。喜んでもらえたようで何よりです」
俺が食べ終えた器を、嬉しそうに霜が持っていく。いつもながら、働くのが楽しい嬉しいというように、とても健気な娘である。
彼女が来てから今日で三日目。いまだ依織とレイアは帰らないが、もはや先日までの苦しい生活とは一変している。当然のことながら、霜の働きのおかげで。
「ホント、いつもありがとな。ここ最近は、霜のおかげで暮らせてるみたいなもんだ」
料理、洗濯、掃除に加え、この家の化身ということを生かして家の整備といったことまでもやってくれる霜のおかげで、毎日を快適に過ごさせてもらっているのだ。一応、手伝ったりはするものの、結局小さな霜にほとんど世話になっていることに変わりは無い。
「いえ、うちは、主さまに喜んでもらえるだけで、嬉しいんです」
「はぁ、お前って、ほんと欲が無いな。どっかの幼女とは大違いだ……」
できることなら、爪の垢を煎じて飲ませでもして、少しでも性格改善を行ってやりたい。
「というか、空亡さまは何処へ行かれたのです? 先ほどまで、主さまと一緒にお昼を食べていたと思うのですが……」
「あー、あいつならなんかさっきいきなり用事があるって言って消えていった。何処へ行ったかは俺にも全くさっぱりだ」
そもそも、どうやって消えたのか、すらも。
いきなり「急用が出来た」とか言って黒い渦を生み出すと、そこに沈み込んでどこかへ消えていったのだ。目的どころか原理も不明だが、空亡に関しては考えるだけ無駄である。
「そういえば霜、お前ってなにかやりたいこととかってないか? なんか、明日か明後日には依織とレイアも帰って来るみたいだし、それまでに世話になった分、何かお礼したいって思うんだが。勿論、俺に出来る範囲でだけど」
二人が、というか依織が帰ってくれば、家事を霜一人に任せるということは無くなって負担は減らせるだろう。けれど、彼女達がいる状態では、霜に礼をするのはなかなかに面倒なことになりそうな気がするのだ。……あの二人の性格を考えると。
まぁそれはさておき、霜へのお礼である。なにかしら、彼女にだって望みはある、と思うのだけれど。
「なぁ、なにかやってほしいこととかってあるか?」
「やりたいこと、やってほしいこと、ですか。そもそも、うちは、こうして主さまに仕えられること、主さまのために働けているだけでも、充分に幸せなんですが……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃ、結局俺のほうが助けてもらってるだけだからなぁ。何か無いか、ちょっとした興味とか些細なことでもいいから、霜のやりたいことって?」
なかば押し売り染みてるとは自分でも思うけれど、こうでもしないと霜は自分のやりたいことなんか、たとえあったとしても遠慮して言わないだろう。まだ三日しか経っていないが、彼女のそういう遠慮しがちな性格はもう分かっている。
「あの、それでは、ひとつ、我侭を言わせて貰ってもいいですか?」
「勿論。遠慮せずに、霜のやりたいことを言ってくれ。そのほうが俺も嬉しい」
そう、遠慮なんてされるよりも、霜の望みを叶えて喜んで欲しいのだ。小さな身体で健気に働いてくれた彼女へのお礼なのだから。
「だったら、うち、外に出てみたいです。主さまに手を取ってもらって、この家の外の世界を、見てみたい、です」
恐る恐ると切り出されたのは、そんな他愛も無い願い。けれど、それは彼女が本当に望んでいることだと、その真剣な顔から伺える。
ならば、俺の答えは当然決まっている、
「勿論、それじゃあ、デートに行こうか、霜?」
なんて、冗談めかしながら、彼女の手を俺は取るのだった。
真っ赤に頬を染める彼女が、微笑ましくて愛らしい。
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