044 『二人のことを』

「うーむ、やっぱり好かれてる、ってことかねぇ……?」


 埒が明かないと言い出し、俺の手を離しそれぞれ服を探しに行った二人のことを考える。


 いくら俺でも自分が好意を持たれていることぐらい一応は気づいている。本気かどうかは分からないが、そもそも依織にいたっては最初から公言していたし。


もしかして、レイアの態度が戻ってきてから軟化したのも、それに起因するのだろうか? そうすると、どうしてそんな風に思われるようになったのか、きっかけが不明になるのだが。


「けど、これ勘違いだったら痛いよなぁ」


 好意といっても、それがどの程度かは分かっていない。異性的な意味で好意を持ってくれていると俺が思っていても、単なる友人としての好意だったら自意識過剰すぎる痛いヤツだろう。


「かといって、直接聞くわけにもいかないし」


 自分のことを異性として好きか、なんてどうやって聞けというのだ。そんなこと言えば、一気に引かれる。それこそ痛すぎて、好意を持たれていてもそれを打ち消してしまうぐらいに。


「そもそも、俺はあいつらのことをどう思ってるんだ?」


 知り合ってまだ一月足らず。けれど、俺にとって彼女達の存在はとても大きなものとなっていた。そんな彼女達を、どう思っているのか改めて考えてみる。


 まず、レイア――、元々はただ美少女というだけで事情も知らず、うちに匿おうと連れ帰ったのが始まりだ。あの花嫁のような純白のドレス姿の彼女との出会いは、彼女の西欧風の整った容姿もあいまってとても印象深く残っている。


その後、実はラミアだったり魔族の貴族だったりといったことが分かり、見合い騒動で分かれることになった。そして空亡に襲われていた際に、転移魔法とやらでまた戻ってきてくれて、そのまま今もうちにいてくれている。


きっかけはその見た目に惹かれたことが大きかったが、一緒に暮らしていくうちに、彼女自身の性格や雰囲気がとても好ましく、騒がしいことも寧ろ心地いいと感じられるほどになっていった。彼女がいなくなった数日はどうにも落ち着かなくなってしまうぐらいに。 


最近はその鱗に覆われた尾の艶やかさが美しく思えてきたし、巻き付かれた際の締め付けなどまで心地よく感じられるほどである。


最初は我侭放題だったが、戻ってきてからは少し柔らかくなって、同時にスキンシップが激しくなったりもした。気が強くて騒がしい、けれど一緒に居るとこっちまで楽しくなってくるような憎めない少女だ。


 そして、依織――、レイアを連れ帰った際、何故かうちに居た彼女から、そのまま請われて家で一緒に暮らすことになった記憶喪失の女郎蜘蛛。動きづらそうなほどに豪奢な着物と長い黒髪を見て、まず第一にお姫様を連想した記憶がある。


 姫のような容姿をしながらも彼女の料理は絶品だった。もはや家事全般において、両親が居ない今の我家を彼女が支えてくれているといって過言ではない。


また家のことだけでなく空亡との戦いなどでは糸を使って色々と助け、レイアが居なくなり落ち込んでいたときは励ましてくれた。


その蜘蛛の脚は、最初はいくら脚フェチな俺といえども守備範囲外であったが、今では寧ろ八本も脚があるなんて素晴らしいと思えているし、その細く尖った脚で足踏みマッサージをお願いしたいぐらいだ。


 けれど、彼女は空亡の一件後なぜだか様子がおかしくなり、得意のはずの家事も失敗を頻発している。だが、俺としては家事のことよりも何かに悩んでいるのか、相談してくれないことが心苦しい。


いつも俺のことを考えて支えてくれた依織。たまに黒かったりもするが、それを置いて余りあるほどに気が利くうえに優しい、居てくれるだけで安心できる大和撫子とでも言うべき少女。



レイアと依織。二人の人外少女は、もはや俺にとって無くてはならない大切な存在だ。



ならば、どう思っているかなんて、おのずと答えが出る。


「……好き、なんだよな、やっぱり」


レイアの明るさが、依織の優しさが、容姿や性格、そして蛇の尾と蜘蛛脚という人外部分も含めて、俺は彼女達のことが好きなのだ。人間だとか魔族だとか関係ない、彼女達が彼女達だからこそ、自分の嗜好を変化させられるほどに俺は惹かれたんだろう。


「短くても、濃かったからな」


一月にも満たない短い期間でも、その内容は濃密だった。朝から晩まで、学校などはあったが、それでも一日をほとんど共に過ごしてきたのだ。そしてその相手が魅力的な美少女なのだから、惚れてしまうのも仕方ないだろう


ただ、ここまで結論を出しておいてなんだが、大きな問題が一つ。


「二人とも、じゃ駄目だよなぁ……」


 レイアにはレイアの、依織には依織の魅力があり、どちらがいいなんて優劣は付けられない。二人のことが好きだ、けれど一人には決められない。


不誠実とは自分でも分かっているが、どうしても選べないのだ。


「全く、どこのラブコメの主人公だって話だな……」


 自分で言って嫌になる。けれど、結局それ以上の結論は出せそうもなかった。


「さぁ彰、この服を着てきなさい! あたしが吟味したんだから、絶対に似合うわ!」


「いいえ、彰さんにはこの服こそがいいに決まってます、着てもらえれば分かります!」


 そうこう考えているうちに、どうやら俺に着せるものを決めたらしい二人が戻ってきた。結論の出ない自問自答を打ち切って、俺はされるがままに試着室へと連行される。


「分かったから、そんなに無理やり引っ張るなよ……」


 決められない選択を先送りにし、二人に従っていく。今はまだこうして三人でいるだけで十分だ、なんて思いながら。


 ……ちなみに、結局一着ずつですむはずもなく、何着も着せ替えられてへとへとになったと思ったら、次は彼女達の服選びにつき合わされることとなるのだった。

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