082 『愛が重い』

「そういえば、今って何処に向かってるんだ?」


 行きたい場所がある、と霜が言ったため、今回は彼女の案内で移動しているのだ。けれど、今歩いているのはごく普通の住宅街、色々遊ぶところのある繁華街とは完全に逆方向である。


「ふふっ、着いてからのお楽しみ、です。もう少し歩けば着くはずですから。主さまに満足していただけるよう、うち、頑張ります!」


「ん、じゃあまぁ、何処に行くのか楽しみにするか。というか、頑張るって、今日は霜へのお礼なんだから、俺のことをそんなに考えなくていいぞ」


「そうれはそう、なんですけど。やっぱり、うちは主さまに楽しんでもらうのが、喜んでもらうのが何より嬉しいんです。そもそも、うちも主さまとお出かけできるだけで充分に幸せですから!」


「霜……」


 健気過ぎて、色々もう泣けてくる。


 どこかの外道幼女は当然として、我侭蛇娘や腹黒蜘蛛娘と比べても全然違う。なんというか、完全に裏が無くただ一心に、無垢な好意しかない、というのは本当に心が癒される。


「うん、依織やレイアも、好意からってのは分かるんだが……」


 背中を流すといって風呂場に乱入してきたり。朝、目が冷めると身体に巻きついていたり。果ては、『既成事実を!』といった目つきで、下着もつけず薄着で布団に押し入ってきたりと。


 もはやギャルゲー的な状態だが、けれど、そこでもし流されればその場で婚約が確定するという状況なのである。……現に、依織は勿論、レイアまでも何処からか魔族用の婚姻届――人間が使うものとは違い、強制力のある契約効果までもある、に自分の名前を書いて絶えず持っているのを俺は知っているのだから。


「……愛が重い」


 二人のことは好きだけれど、いきなり婚姻届を記入して結婚までいくのは、いくらなんでも重すぎる、と思って躊躇いがあるのだ。ゆくゆくは、二人のうちのどちらかを決めて、そういう関係になりたいとは思いわするのだけれども。


「どうしたですか、主さま? なんだか、浮かない表情をしていますけど? もしかして、今日出かけられるのは嫌だったのでしょうか……?」


「いや、そんなことはない。むしろ、今日はホントありがたいって思ってる。うん、そうだ、今日は霜と一緒に楽しむんだから、他の事なんて考えてちゃダメだよな!」


 心配そうにこちらを見る霜にはっとさせられる。そんな彼女に心配をさせるなんていいわけがない。それに、今は依織もレイアも、空亡だっていないのだ。彼女をねぎらうと共に、俺も存分に楽しんで癒されよう。


「はいです、今日は一緒に楽しみましょう――あっ、見えてきました、主さま!」


 そう言って、霜が前を指し示す。話している間に、目的地に到着したらしい。そして、俺はそれを見て、どうして霜が住宅街へと向かったのか、そしてそこに来たがったのかを理解する。


「まさか、住宅展示場とは……」


 完全に予想外だった。けれど、家の付喪神である霜のことを考えると、とても納得のできる場所である。


「さっ、主さま、早く行きましょう!」


「おう、それじゃあ、色々見て回るか!」


 はしゃぐ霜に手を引かれ展示場の中へと入っていく。まだ学生の俺には縁の無い場所だけれど、霜と一緒に回るなら、なかなか楽しいかもしれない、なんて思いながら。

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