129 『儀式と手順と不穏な予感』

『……ゴホン。まぁおぬしらの事情は分かった。妾としては本意では無いが、証を授けることに異論は無い』


「あ、あぁ、ありがとう、助かる」


「その寛大な心遣い感謝します、始祖様……! この身を癒やしてくださっただけでなく、誤った目的でここにきた望みまでも叶えてくれるなんて……!」


 ようやく嘆きから戻ってきた着物蛇と、その変わりように若干引き気味な俺。そして、身体を治したこととかを伝えたせいで、奇行など気にならないほどに心酔した様子の白蛇である。


『うむうむ、そなたはよく物事が分かっておるな。当主に足る器じゃと、妾が認めてやろう!』


「し、始祖様……!」


 俺から見るとなかなか残念な感じが漂っていたんだが、まぁ白蛇がいいのならいいだろう。着物蛇も喜んでいることだし、ここにきた目的である証とやらが貰えるのなら無駄足にもならないし、いいこと尽くめだ。


『ただ、何もなしに渡す、というわけにはいかぬぞ。しかと儀式を果たさねば、証を渡すことはできぬ。此処はそのための場なのじゃからな』


「はい、勿論です、始祖様! 先ほどの儀式の続きをすればいい、ということですね! 祖祖様のお陰で身体も治していただき、寧ろ以前より力が漲るくらいですから、もう途中で中断するようなことはありません」


『うむ、よい返事じゃ。そなたの身体は治癒というより、妾の力を分け与えたことによる変化じゃからな。力も上がっておるから、当主を務める際の役に立つじゃろう』


「いや、ちょっと待て、儀式って、さっきの儀式のことか……?」


 上機嫌な二人には悪いが、流石にここは口を挟ませてもらう。あの儀式をもう一度行うというのは、流石に勘弁して欲しい。


 儀式を最後まで行うということは、即ち白蛇とキスしないといけないんだから。別に、白蛇が嫌いとかいう話ではないが、俺にはレイアと依織がいるのだ……!


『ふむ、そういえば、先ほどは最後のくちづけの際に固まっておったな。もしや、この娘といたすのが嫌だというのか? 見た限りじゃと器量は良いし、そこまで性根も悪くはなかろう。意味を間違えながらとはいえ、この最奥へ共に来たというのなら、悪くは思っておらぬのではないのか?』


「いや、さっきも言ったが、ここに来たのはただの成り行きなんだよ。そもそも、俺には心に決めた相手がいるんだ。だから、儀式とはいえ俺から他の相手にそんなことをするわけには……」


 依織とレイアのことがある状態で、自分からそんな不誠実なことは出来ない。最後のそれさえなければ、形だけの儀式をやること自体はいいんだけど。


『なるほどのぅ、それでは確かに仕方が無い、か。じゃが、そうなると証を渡せぬな。別に嫌がらせをするというわけではなく、あの儀式を為した二人に対し証が出来上がるのじゃよ。故に、全ての手順を為さねば証は与えられぬのじゃ』


「なん、だと……」


「ふむ、君は僕にくちづけはできない、というわけか。だが、儀式をするには……、と、そうだ!」


 俺の話を聞いた白蛇は少し考えるそぶりをすると、ハッとしたように着物蛇に駆け寄りその耳元(?)で何かを伝える。当然ながら、こちらにはその内容は分からない。


『よし、お主の決意はよく分かった。ならば妾もくちづけをせよとは言わぬ。ただ、それ以外、くちづけ以外の、先ほど行ったところまでの儀式をするぶんには問題ないのじゃな?』


 白蛇との話を終えて、向き直った着物蛇が聞いてくる。その提案は、俺にはありがたい限りだが、一体何を話したというのだろうか?


「あ、あぁ、それなら別に俺は構わないけど」


 あの儀式自体結婚式のようなものだから、二人に知られたら色々言われそうだが、そこは流石に必要な儀式なのだから、と割り切ろう。最後のくちづけ以外ならセーフというのが俺としての判断である。


『では、今度こそ、儀式を始めるとしようか!』


 着物蛇のその言葉で、俺たちは再び儀式をすることとなったのだった。


 ……なんだか不穏で嫌な予感はするが、きっと気のせいだと信じたい。

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