092 『オジョウサマ、現る』
「そして、戦う場所と、その判断を任せる運営に関しては、全てこの方にお願いするわ」
この方、と言いながらママが紹介するように隣に出した手の先には誰もいなかった。
――が、そこから唐突に、生えてきた。
「皆様、始めまして。この場を務めさせて頂きます、ジェーン、と申します」
何もなかった床、そこからいきなりにゅるりと伸びてきたのは一人の少女。
銀色の髪に、緋色の瞳、灰色のドレスを身にまとった、美しい令嬢。それだけならば、ただの人間と見えるかもしれない。
けれど、身体は、まるで茸のように床から生えている。それが意味するところはひとつ。
「この城の、精霊?」
思わずもれた呟き。当然、返答が返ってくるなんて思ってもいない。なのに、
「大体あっていますね。ただ、精霊なんて低く見られるのは心外ですけれど」
「えっ!?」
後ろから、まるで耳元に囁くように言葉が響く。
振り向くと、そこにはママと共に前で話していたはずの、ジェーンと名乗った少女の姿。
「あら、このぐらいは出来て当然でしょう? 精霊程度では無理だとしても、ね」
楽しそうに語る少女から感じる威圧感は、ありえないほどに大きい。
敵意なんて全くなく、まるで世間話のように語っているだけだというのに。
「一体、なんなのよ……?」
ありえないような存在である。ママや空亡といった、常識の埒外である相手と比べてもそん色ない、と思えてしまうほどに。
「「それでは、皆様の疑問に答えさせてもらおうかしら」」
その声は、二箇所から同時に聞こえた。壇上と、そしてあたしのすぐ傍から。
見れば、ママの隣にも少女の姿はいまだあった。だというのに、あたしの隣にも全く同じ姿の少女が立って――否、生えているのだ。
「「ここは、どこにでもあってどこでもない。なんでも、あってなんでもない。見えたとしても、観測できない。ここは、現実と幻想の狭間にある、名も無き虚城」
歌うように、騙るように、少女は言葉を紡ぐ。一言ごとに、声が次々重なっていく。
鈴のように綺麗な声だというのに、聞いているだけでなんだか不安な気持ちになる。
「「「「「「「「「ここは私で、私はここ。その中ならば、何処にでもいて何処にもいない、何人でもいて一人もいない――」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
バシンッ!
そんな音で、少女の語りは中断される。
「前置きはそれぐらいにしたらどうかしら? わざわざ恐れさせることも無いでしょうに」
音の発生源は壇上。そこでは、何処から取り出したのか白いハリセンを持ったママと、それに打たれたのか、痛そうに頭を抑える少女の姿。いつの間に、壇上以外の少女の姿は消えていた。
「もー、ちょっとした冗談くらい許してよ? 久々にお客さんがこんなにいるんだから」
「その性格は、時と場合を弁えてほしいわ。まぁ、どんな存在か、説明する手間が省けたからよしとしましょうか。この娘が運営として判断や、対戦場所の準備をするわ」
「この城の中なら何処でも何人でも出られるから、勝負の申し込みや場所の作成以外にも、みんな気軽に声をかけてね~! ジェーンちゃん、またはお城さま(オジョウサマ)って呼んでくれると嬉しいな♪」
口調も態度も豹変させて、楽しそうに笑うジェーン。底知れない気配はあるけれど、威圧感は綺麗さっぱり消えていた。なんだか、キャラが全くつかめない人物だ。
「なんか、最後に凄いのが来たわね」
「けど、一番すごいのは貴女のお母様の気がしますが……」
「そうね、そもそも一体どうやって知り合ったんだか……」
まるで疲れたかのようにもらす依織に、あたしは心のそこから同意する。
こうして、なんだか異様に疲れた感はあるものの、開会の挨拶は終わりを迎えたのだった。
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