087 『空亡のモノに』
「それで、一体なにがあったんだ? もう霜は人の姿を取れなくなってしまったんじゃないのか?」
再開をひとしきり喜んだ後、俺は城の中――だというのに、何故か内装は見慣れた居間、に入り、事情を聞くことにした。
「うちがこうしてまた主さまと会えたのは、空亡さまのおかげなのです」
「あー、やっぱりそうか。まぁ確かに空亡が魔力を与えてそうなったんだから、また空亡から魔力を貰えば、その姿に戻ることもできるよな。なんにせよ、霜が元に戻ってよかった」
あの時は霜がいなくなることに動転して気付けなかったが、やった当人である空亡ならば霜を元に戻すことなんて容易いことなのだ。
……そのことを考えるとなんだか、あの別れの涙や悲しさ全てが茶番劇染みて思えてしまうが。
「あの、元通りというわけではないんです。いまのうちは、この御家の化身であることは同じでも、かなり変わっておりまして……」
「元通りじゃないって、何が変わったんだ? 見た感じには、同じように見えるが」
霜の姿は出かける前、家にいた頃と同じように見える。その身体が床から生えていることも含め、全く代わりが無いように見えるのだが。
「うち、空亡さまのモノになってしまいました……」
「はぁっ!?」
想定外の発言。空亡のモノって、一体何をされたというんだ!?
まさか、あいつ俺がいない間に、霜にそういうことをやりやがったのか!?
「かっ、勘違いしないでください!? うちの主さまは主さまだけです! それに、まだ身体は清いままです! 主さまに貰っていただけるまでは、霜は純潔を貫き続けます!」
「おっ、おぅ。なら、どういうことなんだ、その、空亡のモノっていうのは……?」
なんだか、予想外に霜が声を張り上げてきたせいで驚いてしまう。というか、後半のセリフは色々危なすぎる。俺はロリコンではないのだから。
「簡単に言いますと、うち、空亡さまの眷属となったのです」
「眷属? 眷属って、なんなんだ?」
「眷属というのは配下のようなもの、と考えていただければ。魔力を絶えず供給される身となり、その代わりうちをかいしてですが、空亡さまが自由にうちの能力を使えるようになったり、という感じなのです」
「なるほど、そう考えると霜にとってメリットが大きい感じだな」
「本来、眷属はその主が弱ると、それに応じて影響を受けてしまうのが大きな欠点らしいのですが、空亡さまですから、そういう心配はありませんからね」
確かに、何をやっても倒れないような空亡である。そういう意味では、その危険はほとんど無いといってもいいだろう。ぶっちゃけた話、チートといって過言ない存在だし。
「けど、どうして空亡はそんなことをしてくれたんだ? あいつは基本的に人が喜ぶようなことはまずしないと思うんだが……」
「それが、空亡さまが帰ってきたとき、食事の用意も何も無かったとのことで……」
「あぁ、なるほど」
つまるところ、楽をしたかったということである。そういう理由なら納得が出来る、というか簡単にその光景が想像できる。
「眷属になればもう魔力切れでうちが消えることもありませんし、念話で要望を伝えることができるので便利だから、という理由らしいです。そんなわけで、うちは気がついたら再び人の身を頂いたうえに、空亡さまのモノ――眷属となっていたのです」
少し後ろめたそうに、言い辛そうに話す霜だが、何か問題があるというのだろうか? 話を聞いた限りだと、理由は残念ながら、俺や霜にとっては手放しで喜べる結果だと思うのだけれど。
「本来なら、主さまだけのものでなければいけないんです。なのに、うちは気がついたときには空亡さまの眷属になって。しかもうち自身、その後ろめたさより、主さまとまたお話できることが嬉しいなんて……」
「んなこと気にしなくていいって、俺だって霜に会えて嬉しいからさ。寧ろ、そんな風にまた会えて喜んでくれる、同じ気持ちって言うことのほうが嬉しいよ」
「主さま……!」
感極まったかのように抱きついてくる霜を抱きしめ、その小さな頭を軽く撫でてやる。なんというか、霜は色々抑えすぎてる感があって、放っておけないのだ。
「あー、それで、話を変えるが、この城は一体なんなんだ?」
霜の頭を撫でながら、なんとなく気恥ずかしい雰囲気を変えるためにも話を降ってみる。なんとなく、これまでの話から想像はついてはいるのだけれど。
「あっ、これはですね、空亡さまがお戯れになって……」
「はぁ、やっぱりか……」
霜が言うには、彼女を通して空亡が面白がって家を改変した結果がこれなのだという。無駄に有り余る魔力をつかって、物理法則や空間を捻じ曲げて一軒屋を城へと変えてしまったらしい。一応、塀の外からは今までどおりの姿に見えるように結界は張ってあるのが救いである。
「碌でもないな……」
まぁある意味そのぶれなさには安心するが。
「それで、これは元に戻せないのか? いくらなんでも、これじゃあ色々不都合があると思うんだが……」
一応この居間等の見知った部屋も中にはあるとはいえ、流石に城で暮らすのはつらい。出来ることなら、もとの家へと戻して欲しいのだけれども。
「あの、うちにはここまで大きな改変はできなくて……。これは、空亡さまが、うちを通しておこなったことですから……」
申し訳なさそうに霜が言うが、彼女は何も悪くない。悪いのは空亡ただ一人なのだから。
「はぁ、それで、その原因の空亡は何処にいるんだ……?」
「空亡さまは、創った城で遊んでくるといって、城のどこかへと」
「それじゃあ、さっさとあの馬鹿を見つけて叱って、無理やりにでも元に戻させるか」
そう意気込んで扉を開けて、部屋を出ようとしたときの事――、
「はぁっ!?」
目の前に、巨大な丸太が迫ってきていた。まるで漫画やアニメでよくある罠のように。
そして勿論、そんなものを予想もしていなかった俺に避けられるはずもない。
ぽーん、といっそ清清しいくらいの勢いで、俺は吹き飛ばされてしまう。
それを見てか、青い顔をして霜が言葉をこぼす。
「そっ、そうえば空亡さまが沢山罠を仕掛けていたの伝え忘れておりました!?」
……できれば、それは早く教えて欲しかったなぁ。
そんなことを思いながら、勢いよく俺は壁へと激突していく。
城という名の迷宮と化した我家。
それを攻略し、空亡の元まで辿り着くのはこれから更に数時間の激闘が始まるのだが、其れはまた別の話である。
「流石に、罠だらけの我家との交流はもうしたくないな……」
「がーん、です」
「いや、霜のことを悪く言ってるわけじゃないからな?」
落ち込む霜の頭を撫でてなだめてやる。彼女は色々気を張りすぎだ。
なんというか、毎度のことながらもう色々と疲れた。ホント、空亡は碌なことしやがらない。あいつを家に引き込んだこと、なんか軽く後悔しそうになってくるな……。
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これにて、二部2話終了となります。
えぇはい、家だからうちっ娘という安直さです
なんだかんだで空亡さんに継ぐ人気があった娘です、霜ちゃんは。
次回も近いうちに更新いたします。
次は一方その頃、という感じです。
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